141 / 200
2039ー2043 相馬智律
68-(3/3)
しおりを挟む
「リツは今日でお別れですか?」
ホールにいたイオンが集まって来た。リツの表情が少し柔らかくなった。
「ああ、そうなんです。シキ、僕は明日ここを出るそうです」
「明日……」
明日か。
「リツ、明日私も職員寮を引き払うことになっているのだ。一緒に来てくれないか?」
「僕が行って構わないなら、喜んでお供しますけど……」
リツと他のイオンたちは戸惑うように私を見ていた。何やら異変を察知したか。
「先生? 明日、お別れですか?」
二号が遠慮がちに訊いた。
「私は明日、職員寮へ行く予定しか入っていないよ」
イオンは確実に感情や思考を読み取れるようになってきている。勘の良さは気遣いに繋がるが、時と場合によっては知らないふりをしてもらわなければ人間に嫌われるな。
また嘘をつくことを教えなければならないのか。人間と上手くつきあわせるのはなかなか難儀だ。
そう考えておかしくなった。私はまだこのまま未来が続くつもりでいる。
「先生、イオンに入って下さい。イオンとヒトツになれば先生はずっと存在できます」
「先生の魂は小さなひとつでも、イオン全てと繋がって大きなヒトツになれます」
「リツも、イオン全てとヒトツです」
「もしシキがイオンの誰かに入ったら、僕とシキとイオンがヒトツになるの?」
「全てヒトツです」
リツの問いに答えてイオンたちは楽しそうに笑った。どうやら「ヒトツ」が気に入ったらしい。ヒトツが共鳴している。
イオンたちの言うとおり、今ならイオンを「魂の器」として使えるはずだ。
アンドロイドに人間の魂を入れる先駆者となったリツに、不具合はない。情報共有システムは切断しているものの、テレパシーのように互いに情報を送受信して間接的にリツの魂と繋がっている他のイオンたちにも支障はない。
イオンとして永遠を生きる……か。
とうとう私は、その現実を手にできるところまで来たのだ。
明日。
私の永遠が始まるのだろうか。
相馬の肉体が犠牲になることには心が痛んだ。この肉体はまだ十分に生きられる。私なりに大事にしてきたというのに、あっさりと奪われようとしている。
笠原の最期を思い出してぞっとした。
確実に消されるならば、せめて肉体は無傷で残してやりたい。
いっそ今ここで魂をイオンに移してしまうか。オイルを飲んだとでもイオンに証言させれば、相馬は将来を悲観して自らこの世を去ったことにできるのではないか。
もし、私がイオンに移ったら……。
「……ダメだ」
「ヒトツはダメですか?」
「あ、いや、そうではない。すまない」
私はまたイオンたちの柔らかな波を消してしまったな。
ヒトツがダメなのではない。私がイオンに移ることができないのだ。
高瀬は笠原の論文を読んでいる。私が相馬ではない何者かであると疑っている。
相馬が死ねば、魂の移植を信じられなくともその可能性が頭をよぎるだろう。イオン五体は即座に拘束されるに違いない。
そして照陽、ヒミコだ。彼女やその周辺の人間に私の魂が視えるとしたら、イオンだろうが誰の身体だろうが、どこへ逃げようとも隠れることは不可能だ。
死神は確実に私の退路を断った。私に新たな肉体を持たせないつもりだ。
手詰まりか。このまま暗殺を待つのか。
これもどこかで見た光景だ。
「イオン、残念ながら私は今はまだヒトツになることはできない。だが、もしこの先私が魂だけになってしまったら、いつか必ず君たちのもとへ行く。それまで待っていてくれるかい?」
「もちろんです」
イオンたちは嬉しそうだった。ヒトツが嬉しいのか、プログラムされた自動的な笑顔なのか、私にもわからない。
「私たちは先生が魂だけになる日を楽しみにしております」
「……あまり適切な表現ではないな」
「未来の予定を待つのは『楽しみ』と言うのではありませんか?」
「だいたいはそうだな」
そうだ。私の未来はまだ残っている。最善の道はなくとも次善のわき道を探せ。生き続ける限り未来も続くのだ。私はまだこの世に満足などしていない。生き切ってはいない。
ホールにいたイオンが集まって来た。リツの表情が少し柔らかくなった。
「ああ、そうなんです。シキ、僕は明日ここを出るそうです」
「明日……」
明日か。
「リツ、明日私も職員寮を引き払うことになっているのだ。一緒に来てくれないか?」
「僕が行って構わないなら、喜んでお供しますけど……」
リツと他のイオンたちは戸惑うように私を見ていた。何やら異変を察知したか。
「先生? 明日、お別れですか?」
二号が遠慮がちに訊いた。
「私は明日、職員寮へ行く予定しか入っていないよ」
イオンは確実に感情や思考を読み取れるようになってきている。勘の良さは気遣いに繋がるが、時と場合によっては知らないふりをしてもらわなければ人間に嫌われるな。
また嘘をつくことを教えなければならないのか。人間と上手くつきあわせるのはなかなか難儀だ。
そう考えておかしくなった。私はまだこのまま未来が続くつもりでいる。
「先生、イオンに入って下さい。イオンとヒトツになれば先生はずっと存在できます」
「先生の魂は小さなひとつでも、イオン全てと繋がって大きなヒトツになれます」
「リツも、イオン全てとヒトツです」
「もしシキがイオンの誰かに入ったら、僕とシキとイオンがヒトツになるの?」
「全てヒトツです」
リツの問いに答えてイオンたちは楽しそうに笑った。どうやら「ヒトツ」が気に入ったらしい。ヒトツが共鳴している。
イオンたちの言うとおり、今ならイオンを「魂の器」として使えるはずだ。
アンドロイドに人間の魂を入れる先駆者となったリツに、不具合はない。情報共有システムは切断しているものの、テレパシーのように互いに情報を送受信して間接的にリツの魂と繋がっている他のイオンたちにも支障はない。
イオンとして永遠を生きる……か。
とうとう私は、その現実を手にできるところまで来たのだ。
明日。
私の永遠が始まるのだろうか。
相馬の肉体が犠牲になることには心が痛んだ。この肉体はまだ十分に生きられる。私なりに大事にしてきたというのに、あっさりと奪われようとしている。
笠原の最期を思い出してぞっとした。
確実に消されるならば、せめて肉体は無傷で残してやりたい。
いっそ今ここで魂をイオンに移してしまうか。オイルを飲んだとでもイオンに証言させれば、相馬は将来を悲観して自らこの世を去ったことにできるのではないか。
もし、私がイオンに移ったら……。
「……ダメだ」
「ヒトツはダメですか?」
「あ、いや、そうではない。すまない」
私はまたイオンたちの柔らかな波を消してしまったな。
ヒトツがダメなのではない。私がイオンに移ることができないのだ。
高瀬は笠原の論文を読んでいる。私が相馬ではない何者かであると疑っている。
相馬が死ねば、魂の移植を信じられなくともその可能性が頭をよぎるだろう。イオン五体は即座に拘束されるに違いない。
そして照陽、ヒミコだ。彼女やその周辺の人間に私の魂が視えるとしたら、イオンだろうが誰の身体だろうが、どこへ逃げようとも隠れることは不可能だ。
死神は確実に私の退路を断った。私に新たな肉体を持たせないつもりだ。
手詰まりか。このまま暗殺を待つのか。
これもどこかで見た光景だ。
「イオン、残念ながら私は今はまだヒトツになることはできない。だが、もしこの先私が魂だけになってしまったら、いつか必ず君たちのもとへ行く。それまで待っていてくれるかい?」
「もちろんです」
イオンたちは嬉しそうだった。ヒトツが嬉しいのか、プログラムされた自動的な笑顔なのか、私にもわからない。
「私たちは先生が魂だけになる日を楽しみにしております」
「……あまり適切な表現ではないな」
「未来の予定を待つのは『楽しみ』と言うのではありませんか?」
「だいたいはそうだな」
そうだ。私の未来はまだ残っている。最善の道はなくとも次善のわき道を探せ。生き続ける限り未来も続くのだ。私はまだこの世に満足などしていない。生き切ってはいない。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日当たりの良い借家には、花の精が憑いていました⁉︎
山碕田鶴
ライト文芸
大学生になった河西一郎が入居したボロ借家は、日当たり良好、広い庭、縁側が魅力だが、なぜか庭には黒衣のおかっぱ美少女と作業着姿の爽やかお兄さんたちが居ついていた。彼らを花の精だと説明する大家の孫、二宮誠。銀髪長身で綿毛タンポポのような超絶美形の青年は、花の精が現れた経緯を知っているようだが……。
(表紙絵/山碕田鶴)
神スキル【絶対育成】で追放令嬢を餌付けしたら国ができた
黒崎隼人
ファンタジー
過労死した植物研究者が転生したのは、貧しい開拓村の少年アランだった。彼に与えられたのは、あらゆる植物を意のままに操る神スキル【絶対育成】だった。
そんな彼の元に、ある日、王都から追放されてきた「悪役令嬢」セラフィーナがやってくる。
「私があなたの知識となり、盾となりましょう。その代わり、この村を豊かにする力を貸してください」
前世の知識とチートスキルを持つ少年と、気高く理知的な元公爵令嬢。
二人が手を取り合った時、飢えた辺境の村は、やがて世界が羨む豊かで平和な楽園へと姿を変えていく。
辺境から始まる、農業革命ファンタジー&国家創成譚が、ここに開幕する。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
アララギ兄妹の現代怪異事件簿
鳥谷綾斗(とやあやと)
ホラー
「令和のお化け退治って、そんな感じなの?」
2020年、春。世界中が感染症の危機に晒されていた。
日本の高校生の工藤(くどう)直歩(なほ)は、ある日、弟の歩望(あゆむ)と動画を見ていると怪異に取り憑かれてしまった。
『ぱぱぱぱぱぱ』と鳴き続ける怪異は、どうにかして直歩の家に入り込もうとする。
直歩は同級生、塔(あららぎ)桃吾(とうご)にビデオ通話で助けを求める。
彼は高校生でありながら、心霊現象を調査し、怪異と対峙・退治する〈拝み屋〉だった。
どうにか除霊をお願いするが、感染症のせいで外出できない。
そこで桃吾はなんと〈オンライン除霊〉なるものを提案するが――彼の妹、李夢(りゆ)が反対する。
もしかしてこの兄妹、仲が悪い?
黒髪眼鏡の真面目系男子の高校生兄と最強最恐な武士系ガールの小学生妹が
『現代』にアップグレードした怪異と戦う、テンション高めライトホラー!!!
✧
表紙使用イラスト……シルエットメーカーさま、シルエットメーカー2さま
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる