174 / 200
2043ー2057 高瀬邦彦
84ー(3/3)
しおりを挟む
なんだその隙のない笑い方は。今さらながら、やることがいちいち気に入らない。
「酷い言い草だな。哀れなあなたを助けてやろうという善良な心くらい私にもある」
「あいにく私は人の善意を信じない。常に疑え。仲間こそ疑え。そうやって生きてきた。親族を疑い忘れて死んだおかげで余計に疑り深くなった。お前には常に胡散臭さを感じる。悪意はなさそうだが、情で動くとも思えない。既に一度、情に流されてお前は失敗した。二度はない。お前は常に計算している。違うか?」
高瀬は平然と私を見続ける。
「お前、意識の中に入り込んでいる私にさえ見せないものがたくさんあるだろう? お前の意識の中は、拷問されても絶対開かなそうな鉄壁の倉庫だらけだ。本社でヒミコに会った時も、お前の心は完全に閉ざされた。あんな技をどこで磨いた? ……相馬か? そうか、想いを隠す苦行は相当だったか。ククッ」
私が煽るのも無視して不敵な笑みで返す高瀬は、完全に仕事モードになっていた。NH社絡みか? 照陽から何か依頼されているのか? お前が私欲で私を使わないことだけは確かだな。
「立場をわきまえろ。あなたはずいぶんと偉そうではないか」
「当たり前だ。私は常に自分に有利な状況を探っている。一瞬でもお前の心が揺れて隙ができれば、お前を手玉に取れるかもしれないではないか」
高瀬の呆れ顔から深い溜息が漏れた。心底私を馬鹿だと思ったろう? もっと私を見下して、つまらない人間だと思い知れ。
「なあ、私は哀れか? この世に醜くしがみついてただ生きることを望む私は、お前が情けをかけたくなるほど哀れか?」
伸ばした手で高瀬の頬に触れる。一文字に結ばれた薄い唇に親指を這わす。
ああ、こうして私から触れるのは初めてか。我ながら卑劣で悪趣味だ。
高瀬はその手を強く掴んで止めた。
「鬱陶しい。私に全部吐けと言うなら、あなたも下らない小細工はやめろ。私の中で生きるなら、相応に働いてもらう。それだけだ」
「意図を知らされず駒として使われるのはごめんだ。初めに全て教えろ」
「ずいぶんと必死だな」
「無駄な探り合いをして疑心暗鬼になりたくないだけだ。それが原因でお前を死なせることになったら寝覚めが悪いだろう?」
「私の身体から出たがっているのに、私に死なれるのは嫌か? やはり寂しがりか」
ただの経験則だ。
正義感が強く情に厚い男を死に近づけたことがある。正体を隠し他人を欺き続けてきた私に接触しなければ、きっとその男の未来は違っていただろう。
これは後悔でも懺悔でもない。ただの過去だ。過去は教訓だ。
だからできる限り意思疎通は図っておきたい。今は一蓮托生の身だ。
「お前は危ういのだ。私に余計な気を回して自らを危険に晒しそうで怖い」
「……悪いが、そこまで期待されても困る」
自覚がないだろう? お前は案外世話焼きだ。お前の基準は理解できないが、自分より下だと見れば警戒はしない。むしろ庇護の対象だ。
お前はいつでも私を追い出せる。その余裕が、哀れな私を追い出させない。お前は私を軽蔑し、罵り、そのたびに庇護欲を増していく。
相馬を奪われた憎しみはお前にとって別問題だろう。私への復讐は、それはそれとして大事に取ってあるようだからな。いつか自分の手で私を散々に痛めつけるためにも、私を放り出すことはしないのだ。
利用するのはお互い様だ。悪いが私は既にお前を利用している。
その歪んだ優しさで私を照陽から守りきれ。いつか私がここを出て行く、その時まで。
「酷い言い草だな。哀れなあなたを助けてやろうという善良な心くらい私にもある」
「あいにく私は人の善意を信じない。常に疑え。仲間こそ疑え。そうやって生きてきた。親族を疑い忘れて死んだおかげで余計に疑り深くなった。お前には常に胡散臭さを感じる。悪意はなさそうだが、情で動くとも思えない。既に一度、情に流されてお前は失敗した。二度はない。お前は常に計算している。違うか?」
高瀬は平然と私を見続ける。
「お前、意識の中に入り込んでいる私にさえ見せないものがたくさんあるだろう? お前の意識の中は、拷問されても絶対開かなそうな鉄壁の倉庫だらけだ。本社でヒミコに会った時も、お前の心は完全に閉ざされた。あんな技をどこで磨いた? ……相馬か? そうか、想いを隠す苦行は相当だったか。ククッ」
私が煽るのも無視して不敵な笑みで返す高瀬は、完全に仕事モードになっていた。NH社絡みか? 照陽から何か依頼されているのか? お前が私欲で私を使わないことだけは確かだな。
「立場をわきまえろ。あなたはずいぶんと偉そうではないか」
「当たり前だ。私は常に自分に有利な状況を探っている。一瞬でもお前の心が揺れて隙ができれば、お前を手玉に取れるかもしれないではないか」
高瀬の呆れ顔から深い溜息が漏れた。心底私を馬鹿だと思ったろう? もっと私を見下して、つまらない人間だと思い知れ。
「なあ、私は哀れか? この世に醜くしがみついてただ生きることを望む私は、お前が情けをかけたくなるほど哀れか?」
伸ばした手で高瀬の頬に触れる。一文字に結ばれた薄い唇に親指を這わす。
ああ、こうして私から触れるのは初めてか。我ながら卑劣で悪趣味だ。
高瀬はその手を強く掴んで止めた。
「鬱陶しい。私に全部吐けと言うなら、あなたも下らない小細工はやめろ。私の中で生きるなら、相応に働いてもらう。それだけだ」
「意図を知らされず駒として使われるのはごめんだ。初めに全て教えろ」
「ずいぶんと必死だな」
「無駄な探り合いをして疑心暗鬼になりたくないだけだ。それが原因でお前を死なせることになったら寝覚めが悪いだろう?」
「私の身体から出たがっているのに、私に死なれるのは嫌か? やはり寂しがりか」
ただの経験則だ。
正義感が強く情に厚い男を死に近づけたことがある。正体を隠し他人を欺き続けてきた私に接触しなければ、きっとその男の未来は違っていただろう。
これは後悔でも懺悔でもない。ただの過去だ。過去は教訓だ。
だからできる限り意思疎通は図っておきたい。今は一蓮托生の身だ。
「お前は危ういのだ。私に余計な気を回して自らを危険に晒しそうで怖い」
「……悪いが、そこまで期待されても困る」
自覚がないだろう? お前は案外世話焼きだ。お前の基準は理解できないが、自分より下だと見れば警戒はしない。むしろ庇護の対象だ。
お前はいつでも私を追い出せる。その余裕が、哀れな私を追い出させない。お前は私を軽蔑し、罵り、そのたびに庇護欲を増していく。
相馬を奪われた憎しみはお前にとって別問題だろう。私への復讐は、それはそれとして大事に取ってあるようだからな。いつか自分の手で私を散々に痛めつけるためにも、私を放り出すことはしないのだ。
利用するのはお互い様だ。悪いが私は既にお前を利用している。
その歪んだ優しさで私を照陽から守りきれ。いつか私がここを出て行く、その時まで。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日当たりの良い借家には、花の精が憑いていました⁉︎
山碕田鶴
ライト文芸
大学生になった河西一郎が入居したボロ借家は、日当たり良好、広い庭、縁側が魅力だが、なぜか庭には黒衣のおかっぱ美少女と作業着姿の爽やかお兄さんたちが居ついていた。彼らを花の精だと説明する大家の孫、二宮誠。銀髪長身で綿毛タンポポのような超絶美形の青年は、花の精が現れた経緯を知っているようだが……。
(表紙絵/山碕田鶴)
神スキル【絶対育成】で追放令嬢を餌付けしたら国ができた
黒崎隼人
ファンタジー
過労死した植物研究者が転生したのは、貧しい開拓村の少年アランだった。彼に与えられたのは、あらゆる植物を意のままに操る神スキル【絶対育成】だった。
そんな彼の元に、ある日、王都から追放されてきた「悪役令嬢」セラフィーナがやってくる。
「私があなたの知識となり、盾となりましょう。その代わり、この村を豊かにする力を貸してください」
前世の知識とチートスキルを持つ少年と、気高く理知的な元公爵令嬢。
二人が手を取り合った時、飢えた辺境の村は、やがて世界が羨む豊かで平和な楽園へと姿を変えていく。
辺境から始まる、農業革命ファンタジー&国家創成譚が、ここに開幕する。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
アララギ兄妹の現代怪異事件簿
鳥谷綾斗(とやあやと)
ホラー
「令和のお化け退治って、そんな感じなの?」
2020年、春。世界中が感染症の危機に晒されていた。
日本の高校生の工藤(くどう)直歩(なほ)は、ある日、弟の歩望(あゆむ)と動画を見ていると怪異に取り憑かれてしまった。
『ぱぱぱぱぱぱ』と鳴き続ける怪異は、どうにかして直歩の家に入り込もうとする。
直歩は同級生、塔(あららぎ)桃吾(とうご)にビデオ通話で助けを求める。
彼は高校生でありながら、心霊現象を調査し、怪異と対峙・退治する〈拝み屋〉だった。
どうにか除霊をお願いするが、感染症のせいで外出できない。
そこで桃吾はなんと〈オンライン除霊〉なるものを提案するが――彼の妹、李夢(りゆ)が反対する。
もしかしてこの兄妹、仲が悪い?
黒髪眼鏡の真面目系男子の高校生兄と最強最恐な武士系ガールの小学生妹が
『現代』にアップグレードした怪異と戦う、テンション高めライトホラー!!!
✧
表紙使用イラスト……シルエットメーカーさま、シルエットメーカー2さま
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる