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2043ー2057 高瀬邦彦
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「高瀬、お前の話は経済か? 軍事か? 国外仕様ということは、中毒性を強めた別バージョンでも作る気か? それを世界中にばらまき、報復、あるいは攻撃でも仕掛けるつもりか?」
「ずいぶんと物騒だな。リアルアバターの国別カスタマイズは、宗教や伝統、価値観に配慮したあくまで利便性を高める商品開発の一環だ」
高瀬はいつもの癖なのか、核心の明言を避けた。
「戦争だと言ったのはお前だ」
「そうだな」
「通達が来たと言ったのもお前だ」
曖昧に笑いながらも私から目を逸らさない高瀬には、迷いも後ろめたさも感じられない。
「……確かに、探り合いは時間の無駄だな。シキの言うとおり、疑心暗鬼になって事が進まないのは不都合だ。どうせあなたは手伝うしかないから、全て伝えておく。これは、経済も軍事も両面だ。NH社の画期的発明品リアルアバターが市場を席巻し、社会を変え世界を豊かにする。これが純粋に経済面の話だ」
「マツカワ電機の精神だ」
「そうだな。まさしく、HCDだ」
高瀬は珍しく嬉しそうに笑った。
「軍事面は、NH社の意思とは関係ない。ただの依頼、要請だ。もちろん、半官半民企業に断ることはできない。NH社の裏部門の研究は軍事転用されている。リアルアバターも例外ではない。もちろんそこにはイオンの技術も入っている。リアルアバターの国外仕様品を作るというのは、経済目的の輸出に軍事用途を上乗せする計画だ。NH社は求められた規格で製品を提供する。それだけだ」
「参戦したも同然だろう」
「報復や攻撃のためではない。終戦のためだ」
言い訳ではなく、方針として高瀬は言っている。
「外国製品に半ば自主的に侵略されているこの国で今やっている対策といえば、適当な理由をつけて中毒性の強過ぎる危険な外国製品を部分的に排除するか、中毒患者の救済がせいぜいだ。対症療法。防災ではなく減災だ」
「後手に回った専守防衛だな」
「しかも、国内には外国製品が強毒と知ってなお積極的に引き入れる外患誘致罪級の連中が大勢いる。敵も一国ではない。多正面作戦だ。だから、一気に反転攻勢に出る。この先輸入制限をかけるにしても安全基準を設けるにしても、有利に交渉を進め、一方的な侵略から脱するために、市場を圧倒的に独占支配するのだ」
「世界中の顧客を人質にして交渉するのか? 破綻しているな。国外仕様品は強毒なのだろう? ならば、商品を手にした顧客は全て絶望的な中毒患者になっている。人質は健康で無傷だから価値がある。……おい、まさか顧客は見せしめか? 中毒患者を大量に作った上で、これ以上被害を拡大させたくなければさっさと交渉しろと脅すのか? そんなことをしたら、NH社が潰れるぞ」
高瀬がやろうとしていることは、結局世界中に中毒患者を増やすだけではないのか。
私の苛立ちを高瀬は呆れるように見ていた。あなたは甘い。そう言いたいのだろう。
ならばお前は納得しているのか?
お前のように組織に属していれば、社の方針に無批判に従うのも良かろう。だが、今の私は大義名分のないフリーランスの悪霊だ。
何を動機に協力できるというのだ?
そもそもこんな計画を一企業だけに押しつけるのか? しかも国と共謀したお前は、国側の担当責任者と同じかそれ以上の任務を負わされているだろう。高瀬に拒否権などあるはずもない。
「……お前は軍人ではないぞ。責任を問われる時は、お前一人が切り捨てられて終わりだ」
言うだけ無駄か。お前はただの社畜だ。
「私が大陸にいた頃と形は変わろうとも、未だこの国で戦争が続いているとはな。人間は争うために生きている。唯一の教訓だ」
私のぼやきを高瀬は無視した。
「シキ、この戦争は互いの勢力をわずかに削り合う程度の消耗戦にしかならない。そんなことは承知だ。たとえ安全基準を設けて過度な刺激を制限する協定が結ばれても、誰もそれ以前の世界に戻ろうとはしないだろう。今以上の快楽と満足を求め続けるに決まっている。常に今が一番刺激の少ない世界だ。徐々に慣れるなら問題ないが、刺激が過剰だから毒になるのだ。このままでは誰もが日々一歩ずつ中毒患者に近づいていく。中毒とは無縁の生活を送る人間たちも、世の中の流れに巻き込まれる。後手に回って対症療法だけやっているのは、何もしないのと同じだ。一日でも早く手を打たなければ、この国は滅びる」
「お前が話しているのは、ほぼ政府のやるべき仕事だろう」
「この国は現在どこの国とも交戦状態にはない。よって交渉のテーブルにつく相手が存在しない。非公式会談を持ちかけても知らぬ存ぜぬだ。だから市場経済の問題として、競合する企業を交渉に引きずり出し叩き潰すしかない。あくまでも商品開発競争の激化による摩擦を解消することが目的だ。いつか大量の中毒患者や死者がマスコミに取り上げられる日が来ても、企業の利益優先姿勢が批判され倫理観が問われて終わりだ。国の侵略など陰謀論だと笑われるだけだ。あなたにもわかるだろう?」
「お前、誰かにそそのかされたのか? ハニートラップは効かないと思っていたがな」
「あなたはつくづく品性下劣だ。なんでもハニトラと結びつけるな」
「それで? 裏部門に国外仕様品開発チームを作るのだな?」
高瀬は、何を今さらという顔をした。
表部門の正規リアルアバターに、裏部門という存在しないはずの部署が手を加えて強毒のバージョンを作る。それを正規品として輸出するのだろう。当然ながら、仕様書や性能検査証は正規品のままだ。
たとえ発覚しても、表部門は携わっていない。NH社は、海賊版だとでも言い募っていっさいの関与を認めないだろう。
「ずいぶんと物騒だな。リアルアバターの国別カスタマイズは、宗教や伝統、価値観に配慮したあくまで利便性を高める商品開発の一環だ」
高瀬はいつもの癖なのか、核心の明言を避けた。
「戦争だと言ったのはお前だ」
「そうだな」
「通達が来たと言ったのもお前だ」
曖昧に笑いながらも私から目を逸らさない高瀬には、迷いも後ろめたさも感じられない。
「……確かに、探り合いは時間の無駄だな。シキの言うとおり、疑心暗鬼になって事が進まないのは不都合だ。どうせあなたは手伝うしかないから、全て伝えておく。これは、経済も軍事も両面だ。NH社の画期的発明品リアルアバターが市場を席巻し、社会を変え世界を豊かにする。これが純粋に経済面の話だ」
「マツカワ電機の精神だ」
「そうだな。まさしく、HCDだ」
高瀬は珍しく嬉しそうに笑った。
「軍事面は、NH社の意思とは関係ない。ただの依頼、要請だ。もちろん、半官半民企業に断ることはできない。NH社の裏部門の研究は軍事転用されている。リアルアバターも例外ではない。もちろんそこにはイオンの技術も入っている。リアルアバターの国外仕様品を作るというのは、経済目的の輸出に軍事用途を上乗せする計画だ。NH社は求められた規格で製品を提供する。それだけだ」
「参戦したも同然だろう」
「報復や攻撃のためではない。終戦のためだ」
言い訳ではなく、方針として高瀬は言っている。
「外国製品に半ば自主的に侵略されているこの国で今やっている対策といえば、適当な理由をつけて中毒性の強過ぎる危険な外国製品を部分的に排除するか、中毒患者の救済がせいぜいだ。対症療法。防災ではなく減災だ」
「後手に回った専守防衛だな」
「しかも、国内には外国製品が強毒と知ってなお積極的に引き入れる外患誘致罪級の連中が大勢いる。敵も一国ではない。多正面作戦だ。だから、一気に反転攻勢に出る。この先輸入制限をかけるにしても安全基準を設けるにしても、有利に交渉を進め、一方的な侵略から脱するために、市場を圧倒的に独占支配するのだ」
「世界中の顧客を人質にして交渉するのか? 破綻しているな。国外仕様品は強毒なのだろう? ならば、商品を手にした顧客は全て絶望的な中毒患者になっている。人質は健康で無傷だから価値がある。……おい、まさか顧客は見せしめか? 中毒患者を大量に作った上で、これ以上被害を拡大させたくなければさっさと交渉しろと脅すのか? そんなことをしたら、NH社が潰れるぞ」
高瀬がやろうとしていることは、結局世界中に中毒患者を増やすだけではないのか。
私の苛立ちを高瀬は呆れるように見ていた。あなたは甘い。そう言いたいのだろう。
ならばお前は納得しているのか?
お前のように組織に属していれば、社の方針に無批判に従うのも良かろう。だが、今の私は大義名分のないフリーランスの悪霊だ。
何を動機に協力できるというのだ?
そもそもこんな計画を一企業だけに押しつけるのか? しかも国と共謀したお前は、国側の担当責任者と同じかそれ以上の任務を負わされているだろう。高瀬に拒否権などあるはずもない。
「……お前は軍人ではないぞ。責任を問われる時は、お前一人が切り捨てられて終わりだ」
言うだけ無駄か。お前はただの社畜だ。
「私が大陸にいた頃と形は変わろうとも、未だこの国で戦争が続いているとはな。人間は争うために生きている。唯一の教訓だ」
私のぼやきを高瀬は無視した。
「シキ、この戦争は互いの勢力をわずかに削り合う程度の消耗戦にしかならない。そんなことは承知だ。たとえ安全基準を設けて過度な刺激を制限する協定が結ばれても、誰もそれ以前の世界に戻ろうとはしないだろう。今以上の快楽と満足を求め続けるに決まっている。常に今が一番刺激の少ない世界だ。徐々に慣れるなら問題ないが、刺激が過剰だから毒になるのだ。このままでは誰もが日々一歩ずつ中毒患者に近づいていく。中毒とは無縁の生活を送る人間たちも、世の中の流れに巻き込まれる。後手に回って対症療法だけやっているのは、何もしないのと同じだ。一日でも早く手を打たなければ、この国は滅びる」
「お前が話しているのは、ほぼ政府のやるべき仕事だろう」
「この国は現在どこの国とも交戦状態にはない。よって交渉のテーブルにつく相手が存在しない。非公式会談を持ちかけても知らぬ存ぜぬだ。だから市場経済の問題として、競合する企業を交渉に引きずり出し叩き潰すしかない。あくまでも商品開発競争の激化による摩擦を解消することが目的だ。いつか大量の中毒患者や死者がマスコミに取り上げられる日が来ても、企業の利益優先姿勢が批判され倫理観が問われて終わりだ。国の侵略など陰謀論だと笑われるだけだ。あなたにもわかるだろう?」
「お前、誰かにそそのかされたのか? ハニートラップは効かないと思っていたがな」
「あなたはつくづく品性下劣だ。なんでもハニトラと結びつけるな」
「それで? 裏部門に国外仕様品開発チームを作るのだな?」
高瀬は、何を今さらという顔をした。
表部門の正規リアルアバターに、裏部門という存在しないはずの部署が手を加えて強毒のバージョンを作る。それを正規品として輸出するのだろう。当然ながら、仕様書や性能検査証は正規品のままだ。
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