182年の人生

山碕田鶴

文字の大きさ
191 / 200
2043ー2057 高瀬邦彦

89-(4/5)

しおりを挟む
「高瀬、痛い……離……せ……」
「離さないのはあなただろう。嫌なら離れろ」
「お前が腕を掴んだままだろうっ」
「そんなに痛かったか? ほら、もう痛くしない。そっと触れるだけだ。じっとしていろ」

 自宅に戻り、眠りについてからが私と高瀬の逢瀬の時間だ。
 高瀬の意識の中の空間で互いが等しく姿を現し、直接言葉を交わし、存在に触れる。
 高瀬にエネルギーを奪われ酷くされるのは相変わらずだが、こうして動けなくなった私の肩を抱き頬に触れる手が、気づけば優しくなっていた。

「お前、昔はもっと遠慮なく酷かったよな」
「……親子ほどの年の差を考えると、な」

 私の見た目は三十代半ばの吉澤識のままである。一方で高瀬は、肉体年齢相応の初老の男になっていた。白髪混じりの短く整えられた髪に意志の強そうな瞳と薄い唇が、貫禄と妙な色気を漂わせて暑苦しい。

「昔はもっと満足させてくれたのにな。これだから年寄りは……」
「あなたは相変わらず品がない。少しは成長しないのか?」
「品性下劣な道楽息子は嫌いか? お前のどんな変態趣味にもつきあってやれるぞ。満足するまで好きにしていいのだぞ?」

 ダガッ!

 高瀬の足と手が思い切り私を突き飛ばす。
 意識の空間の端まで転がされた私を高瀬は軽蔑の目で睨んだ。
 やることはやっておいて心だけは紳士なやつだな。
 溜息は出るが、何をされても本気で怒る気にはならない。
 高瀬はイオンを守ってくれていた。イオンが研究棟を出た後もメンテナンスに気を配り、自身がメカニックに戻ってからは高瀬本人が維持管理を指揮していたのだ。
 私がそれを知らなかったのは、毎夜高瀬にエネルギーを奪われ続けて昼間は意識の中に沈んでいることが多かったからだろう。
 日中、私と高瀬の意識は当然ながら別行動だ。高瀬は外に意識を向けたままで、私を放置している。
 私の方は、覚醒している時には牢獄の中からわずかに見える外の世界の情報を間接的にでも吸収しようと必死になっている。高瀬が何気なく見た景色を私は十倍観察している。

「それにしても、よくメカニック復帰が許可されたな。こんな威圧的な元副社長がいて、現場はさぞやりにくかろうに。老害だ、老害」

 高瀬が役職を捨て、入社当初の部署であるメカニックに自ら戻りたいと言った時の周囲の慌てぶりが目に浮かぶ。
 リアルアバターを対外工作用として完成させた立役者は、その後海外の同業企業と何度も会談を行い、あくまで貿易の観点から政府間の輸出入規制管理の議定書を締結させるに至った。
 交渉は始まったばかりで、まだ何も解決していない。だが、NH社が相手企業や外国から提訴される可能性が極めて低いことだけは確認できている。
 国外仕様のリアルアバターが強毒であることは、交渉相手も重々承知だ。だが、向こうも世間に公表できない事情と背景があり過ぎて身動きが取れない。
 互いに国の代理戦争をしているような立場であり、自社利益を確保したい点で一致している。阿吽あうんの呼吸。双方致命傷となるような泥仕合はやらないという暗黙の了解ができていた。
 高瀬は引責辞任することなく無事定年を迎えられる公算が高くなり、会社の保険としての役目を終えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

見えない戦争

山碕田鶴
SF
長引く戦争と隣国からの亡命希望者のニュースに日々うんざりする公務員のAとB。 仕事の合間にぼやく一コマです。 ブラックジョーク系。

月夜想曲

山碕田鶴
現代文学
月夜に出会うアタシとあなた。 自由詩的小説です。 (表紙絵/山碕田鶴)

日当たりの良い借家には、花の精が憑いていました⁉︎

山碕田鶴
ライト文芸
大学生になった河西一郎が入居したボロ借家は、日当たり良好、広い庭、縁側が魅力だが、なぜか庭には黒衣のおかっぱ美少女と作業着姿の爽やかお兄さんたちが居ついていた。彼らを花の精だと説明する大家の孫、二宮誠。銀髪長身で綿毛タンポポのような超絶美形の青年は、花の精が現れた経緯を知っているようだが……。 (表紙絵/山碕田鶴)

神スキル【絶対育成】で追放令嬢を餌付けしたら国ができた

黒崎隼人
ファンタジー
過労死した植物研究者が転生したのは、貧しい開拓村の少年アランだった。彼に与えられたのは、あらゆる植物を意のままに操る神スキル【絶対育成】だった。 そんな彼の元に、ある日、王都から追放されてきた「悪役令嬢」セラフィーナがやってくる。 「私があなたの知識となり、盾となりましょう。その代わり、この村を豊かにする力を貸してください」 前世の知識とチートスキルを持つ少年と、気高く理知的な元公爵令嬢。 二人が手を取り合った時、飢えた辺境の村は、やがて世界が羨む豊かで平和な楽園へと姿を変えていく。 辺境から始まる、農業革命ファンタジー&国家創成譚が、ここに開幕する。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

くらげ のんびりだいぼうけん

山碕田鶴
絵本
波にゆられる くらげ が大冒険してしまうお話です。

アララギ兄妹の現代怪異事件簿

鳥谷綾斗(とやあやと)
ホラー
「令和のお化け退治って、そんな感じなの?」 2020年、春。世界中が感染症の危機に晒されていた。 日本の高校生の工藤(くどう)直歩(なほ)は、ある日、弟の歩望(あゆむ)と動画を見ていると怪異に取り憑かれてしまった。 『ぱぱぱぱぱぱ』と鳴き続ける怪異は、どうにかして直歩の家に入り込もうとする。 直歩は同級生、塔(あららぎ)桃吾(とうご)にビデオ通話で助けを求める。 彼は高校生でありながら、心霊現象を調査し、怪異と対峙・退治する〈拝み屋〉だった。 どうにか除霊をお願いするが、感染症のせいで外出できない。 そこで桃吾はなんと〈オンライン除霊〉なるものを提案するが――彼の妹、李夢(りゆ)が反対する。 もしかしてこの兄妹、仲が悪い? 黒髪眼鏡の真面目系男子の高校生兄と最強最恐な武士系ガールの小学生妹が 『現代』にアップグレードした怪異と戦う、テンション高めライトホラー!!! ‎✧ 表紙使用イラスト……シルエットメーカーさま、シルエットメーカー2さま

処理中です...