182年の人生

山碕田鶴

文字の大きさ
192 / 200
2043ー2057 高瀬邦彦

89-(5/5)

しおりを挟む
「ああ、あれか。イオンに邦彦様と呼ばれて、イオンの下僕になろうと決めたのか。メカニックならばイオンに奉仕できるものな。お前がそこまでアンドロイドフェチだとは思わなかったぞ」

 高瀬は軽蔑を通り越して私の言葉を完全無視した。

「私が執行役員にいては社長もやりにくいだろうからな。本来ならばもっと早くヒラ社員に戻りたかったが、まあ、仕方あるまい」
「お前が画策すれば社長にまで上りつめられたのではないか? 人望がなさ過ぎるわけでもなかろう?」
「NH社も、その親会社のマツカワ電機も親族経営だ」
「だから、お前も……親族だろう?」
「なんだ、知っていたのか? だが、私は傍系だから関係ない」
「松川社長には息子が二人いたろう? 二代目以降は次男の子孫が代々社長だったか」
「今は五代目だから、親族といっても私などほぼ他人だ。それでも血縁だということで面倒が多かった。ウチは長男の家系だが、後継者になれなかった恨みつらみが酷くてな。次男系に負けてはならないと、それは厳しい家だった。そんなだから、次男系からは社長の椅子を狙っていると疑われ続けている。あなたの吉澤家の事情には身につまされるものがあるが、シキはその辺に無頓着だから私のしがらみは理解できまい」
「無頓着だったから、こうして若い吉澤識のまま幽霊となってさまよっている。それは理解しているぞ」

 私は高瀬と同じく追い出された側だ。
 それにしても、高瀬のこの隙のなさも、元神童としての挫折感の深さも相馬に対する敗北感も卑屈な性格も、全ては松川社長が元凶か。

「社長はあれほどの人格者であったというのに、何の因果か。湿度が高いのに腐らなかったのが奇跡だな。いや、そこはさすが松川社長の血筋と言うべきか?」
「あなたが私の高祖父を直接知っているとは、何とも不思議だな」

 ジー……ジジ……

 相変わらずの機械音が耳障りだ。
 松川の親族であるお前がわざわざこんなチップを埋め込んだのか。常に監視されることを了承しなければ、親族に信用されなかったというのか?

「どうした?」

 高瀬は私を静かに引き寄せた。

「何でもない。……お前はこんなに優しくなかった」
「私は昔から紳士だ」

 お前はこんな風に笑わなかった。

「今の高瀬には私が頼りない子供に見えるのか? これではまるで年長者に寄り添われているみたいではないか」
「……確かに、私は年を取ったな」

 お前よりも私の方がはるかに長い時間を生きてきた。お前と知り合い、共に同じだけの時間を過ごしてきた。
 それなのに、なぜお前だけが年を取るというのだ? これが、肉体に縛られる高瀬と、寄る辺なき幽霊となった居候の私との差か。
 肉体は魂に付随する砂時計だ。肉体の成長と老化によって、自己の不可逆かつ有限の時間を思い知らされる。百年も生きれば魂は消耗する。その頃には肉体も朽ち果てる。魂を守る装置である肉体が老衰で消滅するのは、あの世へ帰る合図なのだ。
 意識の空間の中に現れる姿は、当然自己認識を反映している。人によって精神と肉体年齢のズレはあろうが、高瀬は相応に、生きた分だけ年を取って見える。
 では、私はどうだ? 他人の肉体を乗っ取り誰にすり替わろうとも、若い吉澤識のままではなかったか?
 意識の中の吉澤識は年を取らない。幽霊と同じだ。私の時間の流れだけが止まり、この世から置き去りにされてしまった気分だ。
 この世から切り離され、幽霊となった時の恐怖を思い出す。あれをまた味わうのは怖い……。

「どうした? 何が寂しい? あなたは寂しがりだな」
「勝手に寂しがりと決めつけるな」

 どのみち私は不法滞在者だ。寂しさも、取り残される怖さも、文句を言える立場ではない。
 とにかく私はまだ生きている。
 生きているはずだ。

「高瀬、お前は自分のために生きたか?」
「なんだ、急に?」

 高瀬は私に関わったことで自らの人生の時間を削った。この世の些事ではなく、死神の監督不行届きだと死神は認めている。不具合の私を放置した不行届きだ。だから、その埋め合わせに高瀬の望みを叶える機会を作ってやると言っていた。

「お前の望みが……叶うといいな」

 死神が慰謝料とやらを早く払ってやらないと、この男の人生が終わってしまいそうだ。
 一滴の奇跡。この世で生きる時間は、あまりにも短い。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

見えない戦争

山碕田鶴
SF
長引く戦争と隣国からの亡命希望者のニュースに日々うんざりする公務員のAとB。 仕事の合間にぼやく一コマです。 ブラックジョーク系。

月夜想曲

山碕田鶴
現代文学
月夜に出会うアタシとあなた。 自由詩的小説です。 (表紙絵/山碕田鶴)

日当たりの良い借家には、花の精が憑いていました⁉︎

山碕田鶴
ライト文芸
大学生になった河西一郎が入居したボロ借家は、日当たり良好、広い庭、縁側が魅力だが、なぜか庭には黒衣のおかっぱ美少女と作業着姿の爽やかお兄さんたちが居ついていた。彼らを花の精だと説明する大家の孫、二宮誠。銀髪長身で綿毛タンポポのような超絶美形の青年は、花の精が現れた経緯を知っているようだが……。 (表紙絵/山碕田鶴)

神スキル【絶対育成】で追放令嬢を餌付けしたら国ができた

黒崎隼人
ファンタジー
過労死した植物研究者が転生したのは、貧しい開拓村の少年アランだった。彼に与えられたのは、あらゆる植物を意のままに操る神スキル【絶対育成】だった。 そんな彼の元に、ある日、王都から追放されてきた「悪役令嬢」セラフィーナがやってくる。 「私があなたの知識となり、盾となりましょう。その代わり、この村を豊かにする力を貸してください」 前世の知識とチートスキルを持つ少年と、気高く理知的な元公爵令嬢。 二人が手を取り合った時、飢えた辺境の村は、やがて世界が羨む豊かで平和な楽園へと姿を変えていく。 辺境から始まる、農業革命ファンタジー&国家創成譚が、ここに開幕する。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

くらげ のんびりだいぼうけん

山碕田鶴
絵本
波にゆられる くらげ が大冒険してしまうお話です。

アララギ兄妹の現代怪異事件簿

鳥谷綾斗(とやあやと)
ホラー
「令和のお化け退治って、そんな感じなの?」 2020年、春。世界中が感染症の危機に晒されていた。 日本の高校生の工藤(くどう)直歩(なほ)は、ある日、弟の歩望(あゆむ)と動画を見ていると怪異に取り憑かれてしまった。 『ぱぱぱぱぱぱ』と鳴き続ける怪異は、どうにかして直歩の家に入り込もうとする。 直歩は同級生、塔(あららぎ)桃吾(とうご)にビデオ通話で助けを求める。 彼は高校生でありながら、心霊現象を調査し、怪異と対峙・退治する〈拝み屋〉だった。 どうにか除霊をお願いするが、感染症のせいで外出できない。 そこで桃吾はなんと〈オンライン除霊〉なるものを提案するが――彼の妹、李夢(りゆ)が反対する。 もしかしてこの兄妹、仲が悪い? 黒髪眼鏡の真面目系男子の高校生兄と最強最恐な武士系ガールの小学生妹が 『現代』にアップグレードした怪異と戦う、テンション高めライトホラー!!! ‎✧ 表紙使用イラスト……シルエットメーカーさま、シルエットメーカー2さま

処理中です...