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59.合縁 十
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「あのパステルカラー、ササイさんのものに手を出そうなんて気に入らないわね」
淡く優しい色の服と雰囲気の川島を指しているのだろう。
「ひえーっ」
憲次郎が怯えたように小さく叫んだ。
「明美さん、相手はお客君の職場の人でしょう? 変なことしないで下さいよお?」
「わかっているわよ。でもお客君は、ササイさんとアタシのもの、よ」
ぎゃあ、と憲次郎が小さく声に出すのが聞こえた。ツインズが目と口を丸くするのが見えた。少し離れた川島や落合たちが、晴久と明美を凝視したまま固まるのがわかった。
明美は絡みつくように晴久の頭を抱えると、川島を見据えたまま晴久の服の襟をわざと下げて首筋に唇を這わせ、ゆっくりと、周囲から見えるように歯を当てた。
その妖艶かつ鬼気迫る光景に、全員が凍った。
「痛っ!」
明美が見えていない晴久だけが、当たり前の反応をした。
「さ、行くわよ」
勝ち誇ったような明美が、晴久を引きずって歩き出す。
晴久は、自分を見ている川島たちにとりあえず会釈だけした。
「年上の。怖そうで。声をかけにくそうな人」
川島の口は、たぶんそう動いていた。
後に続いた憲次郎とツインズがグループに手を振って、壊滅的な状況をフォローした。人懐こい笑顔に、グループから歓声が上がる。
明日職場で何か言われるだろうか。それは構わない。それよりも、名前を呼ばれた。
明美たちにも聞こえていたはずだ。
「明美さーん、どうするんすかあ。あれじゃあお客君、明日大変っすよ? ねえ?」
「……あ、いえ、それはいいんです」
晴久は歯型のついた首に手を当てながら言った。
自分からまだ名乗っていないのに明美たちに知られてしまったことが、とても気まずかった。
石崎に名前を伝えたい。晴久はやっと決意した。
石崎に名乗れたら、明美たちにもきちんと伝えられるはずだった。そうすることで、本当に友達としての関係を始められる気がしていた。
「お客君」
「は、はいっ?」
「君が地味なのは勝手だけどぉ、超絶美女のアタシと一緒なんだから、次からはもっと堂々とシャキッとしてくれない?」
「……すみません」
後ろで憲次郎たちがクスクスと笑っている。
明美も憲次郎たちも晴久の名前には触れなかった。晴久は明美を見たが、何も知らないと言う顔で視線を逸らされた。
「それからお客君。ササイさんをナンパしちゃった責任、ちゃんと取りなさいよ?」
「ひえっ? ナンパ⁉︎」
憲次郎たちが絶叫する。
だが、三人はすかさず明美に疑いの目を向けた。話を盛っているに違いないという不信感に明美が憤慨した。
「アタシじゃないわよ! ササイさんがそう言ったのぉ。ま、しつこくムリヤリ聞き出したのはアタシだけどぉ」
「何そのパワーワード!」
「なんと大胆な。お客君最強の人?」
「ナンパって……」
晴久は否定しようとしたが、自分が石崎の腕を掴んでしまったその瞬間から今が始まったことを思い出し、言葉が継げなくった。
「なに赤くなっているのよ?」
明美に耳打ちされ、急に顔が赤くなる。明美は過剰にイジワルだった。
「あ、あの、石崎さんが仕事から戻って来たら、僕が会いたいって……伝えていただけますか?」
「もちろんよ」
明美は晴久と組んでいた腕を外すと、ポンと晴久の肩を押して突き放した。
「じゃ、ここで。わかっていると思うけれど、ササイさんは君が名乗らなかったら、一生石崎だからね」
まったく何をこだわっているんだか知らないけどさー。そう言って明美は晴久に背を向けた。
ナンパってどういうことすかと騒ぐ声には答えず、憲次郎たちを引き連れて行ってしまった。
石崎は晴久が名乗らないから、晴久に名前を訊くのではなく自分も名乗らずに偽名を使った。そういうことなのか。
なんでそんなややこしいことをと考えてすぐに理解した。
人が近いと怖い。晴久がそう言ったからだ。石崎は晴久と同じような距離で遠くに居続けてくれたのだろう。
お前と私の距離は、等しい。
まるで「星の友情」だ。これでは、石崎さんを本当に僕の運命の相手だと信じてしまいそうになる。
憲次郎とツインズは、何度も振り向いては晴久に手を振った。
晴久も明美たちの姿が見えなくなるまで、いつまでも手を振り続けた。
淡く優しい色の服と雰囲気の川島を指しているのだろう。
「ひえーっ」
憲次郎が怯えたように小さく叫んだ。
「明美さん、相手はお客君の職場の人でしょう? 変なことしないで下さいよお?」
「わかっているわよ。でもお客君は、ササイさんとアタシのもの、よ」
ぎゃあ、と憲次郎が小さく声に出すのが聞こえた。ツインズが目と口を丸くするのが見えた。少し離れた川島や落合たちが、晴久と明美を凝視したまま固まるのがわかった。
明美は絡みつくように晴久の頭を抱えると、川島を見据えたまま晴久の服の襟をわざと下げて首筋に唇を這わせ、ゆっくりと、周囲から見えるように歯を当てた。
その妖艶かつ鬼気迫る光景に、全員が凍った。
「痛っ!」
明美が見えていない晴久だけが、当たり前の反応をした。
「さ、行くわよ」
勝ち誇ったような明美が、晴久を引きずって歩き出す。
晴久は、自分を見ている川島たちにとりあえず会釈だけした。
「年上の。怖そうで。声をかけにくそうな人」
川島の口は、たぶんそう動いていた。
後に続いた憲次郎とツインズがグループに手を振って、壊滅的な状況をフォローした。人懐こい笑顔に、グループから歓声が上がる。
明日職場で何か言われるだろうか。それは構わない。それよりも、名前を呼ばれた。
明美たちにも聞こえていたはずだ。
「明美さーん、どうするんすかあ。あれじゃあお客君、明日大変っすよ? ねえ?」
「……あ、いえ、それはいいんです」
晴久は歯型のついた首に手を当てながら言った。
自分からまだ名乗っていないのに明美たちに知られてしまったことが、とても気まずかった。
石崎に名前を伝えたい。晴久はやっと決意した。
石崎に名乗れたら、明美たちにもきちんと伝えられるはずだった。そうすることで、本当に友達としての関係を始められる気がしていた。
「お客君」
「は、はいっ?」
「君が地味なのは勝手だけどぉ、超絶美女のアタシと一緒なんだから、次からはもっと堂々とシャキッとしてくれない?」
「……すみません」
後ろで憲次郎たちがクスクスと笑っている。
明美も憲次郎たちも晴久の名前には触れなかった。晴久は明美を見たが、何も知らないと言う顔で視線を逸らされた。
「それからお客君。ササイさんをナンパしちゃった責任、ちゃんと取りなさいよ?」
「ひえっ? ナンパ⁉︎」
憲次郎たちが絶叫する。
だが、三人はすかさず明美に疑いの目を向けた。話を盛っているに違いないという不信感に明美が憤慨した。
「アタシじゃないわよ! ササイさんがそう言ったのぉ。ま、しつこくムリヤリ聞き出したのはアタシだけどぉ」
「何そのパワーワード!」
「なんと大胆な。お客君最強の人?」
「ナンパって……」
晴久は否定しようとしたが、自分が石崎の腕を掴んでしまったその瞬間から今が始まったことを思い出し、言葉が継げなくった。
「なに赤くなっているのよ?」
明美に耳打ちされ、急に顔が赤くなる。明美は過剰にイジワルだった。
「あ、あの、石崎さんが仕事から戻って来たら、僕が会いたいって……伝えていただけますか?」
「もちろんよ」
明美は晴久と組んでいた腕を外すと、ポンと晴久の肩を押して突き放した。
「じゃ、ここで。わかっていると思うけれど、ササイさんは君が名乗らなかったら、一生石崎だからね」
まったく何をこだわっているんだか知らないけどさー。そう言って明美は晴久に背を向けた。
ナンパってどういうことすかと騒ぐ声には答えず、憲次郎たちを引き連れて行ってしまった。
石崎は晴久が名乗らないから、晴久に名前を訊くのではなく自分も名乗らずに偽名を使った。そういうことなのか。
なんでそんなややこしいことをと考えてすぐに理解した。
人が近いと怖い。晴久がそう言ったからだ。石崎は晴久と同じような距離で遠くに居続けてくれたのだろう。
お前と私の距離は、等しい。
まるで「星の友情」だ。これでは、石崎さんを本当に僕の運命の相手だと信じてしまいそうになる。
憲次郎とツインズは、何度も振り向いては晴久に手を振った。
晴久も明美たちの姿が見えなくなるまで、いつまでも手を振り続けた。
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