青の話

豆腐

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「みんな注目してるし、丁度いいな・・・・ほら、こっちおいで」

大量の視線に扉の前で固まっていると、楠木さんから背を押されて中に入る。

「先週話した、李に代わり俺の補佐になる海野さんだ」
「初めまして、海野柚子です。不慣れな点もあってご迷惑をおかけすることもあると思いますが、よろしくお願いします」

よろしくー、がんばれー、など拍手と共に声をかけられる。
良さそうな雰囲気だ、良かった。
加賀地さんはもともと別仕事で来ていたため、打ち合わせ用の部屋に行き、私は楠木さんの横のデスクに案内された。

「君の席はここ、パソコンは・・・・ノート持ってきてるね。LANケーブルはこれ、IPアドレスとか設定関係はこれに書いてあるから今から設定入ってね。これ引継ぎ資料、目を通しておいて」
「分かりました」
「明日から早速サポート入ってもらう予定だから、分からない所は早めに聞いて」

手早く説明され、楠木さんが自分のパソコンに向かったのを見て、自分のノートPCの設定をしつつ資料を読み込む事にした。

**************

「海野さーん」

ぶに。
急な右頬への衝撃にその方を見ると、楠木さんがくすくす笑いながら人差し指で頬を指していた。
うおおおおおおあああ何のご褒美だもしかして何か要求されるのか命か命なのか今日は私の命日か。

「もうお昼だよ。何か食べに行こう」
「アッハイ」
「なんでカタコトなの」

ふえぇ大天使が微笑んでる美しいよぅ眩しい目が潰れるよぅ。

「お前本当に集中すると昼抜くよな・・・・楠木、こいつ社畜根性こびり付いてるからすぐ昼抜いたり残業何時間でもするから注意しといてくれるか」
「凄い集中力でしたね、気をつけておきます」
「頼んだ・・・じゃ、昼飯行くぞ」

加賀地さんに促され、楠木さんとともにランチに連れ出された。
オフィス街なこともあって、飲食店もだがテイクアウト用の車や屋台なんかも多かった。毎日は財布的にアウトだが、たまに食べて全店コンプリートしたい。
ランチはインドカレーのお店に連れて行ってくれた。
カレーは美味しいしナンは好きだが、ナンってなんであんなに大きいんだろうか。半分でお腹いっぱいになった。残りは楠木さんが食べてくれた。

会社に戻り、さぁて仕事仕事、とノートPCのパスワードを入力して、メールをチェック。
嬉しいことに、歓迎会を開いてくれるらしい旨が記載されたメールが加賀地さんよりたった今転送されてきていた。今日の終業後と、今日いない人の為にと今週末の2回もしてくれるそうだ。頑張って課のメンバーを覚えなければ。
それから午後からは何事もなく、設定の続きと動作確認、引継ぎ資料の読み込みで1日を終えた。


「ではー、加賀地さんお久しぶりですー、と、海野はこれから共に頑張っていきましょーってことで、かんぱーい!」

幹事の仲川のゆるゆるな音頭で、かんぱーいと周りとグラスを合わせる。
今日は主役、という事で長テーブルの真ん中に案内された。両サイドに加賀地さんと楠木さん、正面に坂下さんが座ってくれている。大勢の飲みの席は多少でも知ってる人の近くは落ち着く。
最初は料理の取り分けをしようとしたが、いいから自分で好きなのを取りなさい、と逆にサラダを盛られた。この課では、各々好きなものを食べて飲めというスタイルなんだそうだ。楽だ。
盛られたサラダを摘みながら、時々挨拶に来てくれる先輩方とも話して飲んで、を繰り返すと幹事の仲川が坂下さんの横に座った。

「いやーウミよ、何でおんのお前。地元就職だったろ?」
「いきなりか。ヨッシーも、野球はどしたん?」

カツン、とグラスをちょっと強めに当てながら、実は高校の同級生だった幹事の仲川善之なかがわよしゆきが言う。
お互い、そのまま流れで飲み干しグラスを置くと、会話が聞こえたのか周りの人たちがきょとん、とした顔でこちらを見ていた。

「え、なになに、知り合い?」
「高校の同級生です・・・私カシオレ」
「地元が九州なのは知ってたけど、まさか知り合いだったなんてねぇ。私は梅酒で」
「はいはい・・・他はいないですかー?」

店員を呼んで飲み物を頼むと、仲川がため息をついて、苦笑を浮かべた。

「大学の野球も楽しかったけどな、肩壊しちまって。リハビリすりゃ元に戻る程度の怪我だったけど、それからリハビリして続けるほど野球がしたいか考えてなぁ・・・将来リカと結婚したかったし、それなら就職の方が安定するかなって思ったんだよ」
「リカって、美脚彼女の?」
「何処で覚えてんだよ、合ってるけど」

リカこと、佐伯理佳子さえきりかこは、3年ほど前の高校のクラス会にわざわざ東京から着いてきた仲川の彼女だ。
結構な束縛系らしく、当時少し嫌そうな顔をしていたが、まだ付き合いが続いていた事にびっくりだ。

「今はそんなに束縛もないし、あれで可愛いとこいっぱいあんのよ」
「さよか。私はあれよ、2時まで残業してたのが1ヶ月続いてね、流石に倒れたから辞めたわ」
「は!?おま、そんな残業しとったの!?おじさんそれ聞いとらんよっ」
「言ってませんもん。部長に期限1ヶ月切った50人日の仕事を押し付けられたんですよ、やりきってやりましたけども」

当時の上司は、気に入らない部下にありえない量の仕事を振って、誰かに手伝って貰おうものなら罵詈雑言を浴びせられ評価は下げられる始末だった。
会社のはいっていたビルが工事のために、一時的に所属していた業務部のみ別ビルに移動し、他の部の目がなかったため上司の独壇場だったのだ。
辞めていった子も少なくなく、上司の罵詈雑言の録音や仕事量の格差の証拠をまとめてさぁ上層部に送るぞぅといったところで50人日事件だ。
上司は即クビ、私は辞表を出し多めに退職金をもらった。

「大変だったんだね」
「いやぁ、終わった事ですし」

楠木さんに労るように頭をぽんぽんされた。
笑って返すが、内心穏やかでない。
頭撫でられてるうううううう大天使スマイルヤバい溶けるううううう今日は髪の毛洗えねええええええええ

「そいやウミ、彼氏出来たんだって?秦さん、だっけ」
「あぁ、先週別れたわ。浮気されてん」
「え、ハタさんって、横浜の営業課の秦?秦元基??」
「そうですけど・・・・」

坂下さんが身を乗り出し気味に、困惑した表情でこちらを見る。

「秦くん、こっちの秘書課の満田と付き合ってるはずだけど」
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