悪役令嬢なのに、誰にも憎まれなかった

ねことくラゲヨ

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憎まれない悪役は、物語から外れていく

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 ――おかしい。
 それが、この世界に来てから私が何度も抱いた感情だった。

 本来なら、私は嫌われる役だ。
 ヒロインに意地悪をし、陰で妨害し、最終的には断罪される――それが“悪役令嬢”の筋書き。

 なのに。

 「ごきげんよう。今日のドレス、とてもお似合いですわ」

 微笑みながら声をかけてくるのは、物語の中心にいるはずのヒロインだった。
 警戒も、怯えも、嫌悪もない。

 私は何もしていない。
 正確に言えば、“悪役らしいこと”を、まだ一度もしていない。

 誰かを陥れるのも、冷たい言葉を浴びせるのも、なんとなく気が進まなかった。
 それだけで、物語はこんなにも簡単に変わってしまうのだろうか。

 周囲の反応も、同じだった。
 貴族たちは丁寧に接し、使用人たちは私を恐れない。
 婚約者である王子でさえ、淡々としていて、敵意も愛情も見せない。

 ――憎まれない。
 それは、救いのはずだった。

 けれど夜になると、不安が胸を満たす。
 私は今、どの役を演じているのだろう。

 悪役でもなく、主役でもなく。
 ただ物語の端に、置き去りにされている存在。

 ある日、ヒロインがぽつりと言った。

 「あなたって、不思議ですね。噂とぜんぜん違う」

 噂。
 本来の私が担うはずだった“悪意”の残骸。

 その瞬間、背筋が冷えた。
 もし私が、このまま何もしなければ――
 私は断罪されない代わりに、物語から完全に消えるのではないか。

 誰にも憎まれず、誰の記憶にも残らず。

 悪役令嬢という役割を放棄した私は、
 この世界で「存在していい理由」を、まだ持っていない。

 それでも。
 誰かを傷つけてまで、物語に戻りたいとは思えなかった。

 私は初めて気づく。
 悪役として憎まれるよりも、
 “何者でもないまま生きる”方が、ずっと怖いのだと。

 この物語は、もう予定調和では進まない。
 そして私は――
 自分の選択で、この先を書かなければならない。
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