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72.クロードの幼少期(2)
しおりを挟むクランベル家に住みはじめて一年が経った頃、ジェシカが突然高熱を出して、家中大騒ぎになる出来事があった。
ジェシカの熱は三日経っても下がらなくて、意識が朦朧としてベッドから出られない状態が続いた。医師を呼び、ジェシカの両親も使用人も懸命に看護したものの、一向に良くならない。
熱がうつるといけないからと、僕は部屋に入るのを禁じられていた。けど、ジェシカが高熱を出してから四日目にもなると、心配で居ても立ってもいられなかった。
皆が部屋から出ているタイミングを見計らって、こっそりとジェシカの部屋に忍び込んだときのことだった。
「……うぅ……」
ベッドから弱々しい声が聞こえて、慌ててそちらを見る。ジェシカの長いまつげが震え、ゆっくりと瞼が開いた。
「ジェシカ!」
体を起こそうとしたので、頭の後ろに手を回して起きるのを手伝ってあげる。
ぼんやりとしているものの、熱にうなされていたときに比べると、随分落ち着いたみたいだ。
「意識が戻ったんだね。良かった! 皆心配したんだよ。今、人を呼ぶから待っていて」
僕がその場を離れようとすると、服の裾を引っ張られた。
そんなことをするのは一人しかいなくて、どうしたのかと首だけで振り向く。
「なに?」
見ると、ジェシカの大きい瞳からポロポロと涙が零れ落ちている。
「ジェシカ⁉ どうしたの?」
慌てて駆け寄って背中をさする。ジェシカがしゃくり上げながら僕を見上げた。
「く、クロードさま……! わたしっ、怖い!」
「ジェシカ?」
「なんで、あんなことをするの……? いや……ッ……いやぁぁ!」
「お願いだから、落ち着いて……!」
「……ッ、私……わたしぃっ! 大きくなったら、みんなに酷いことをされるの!」
錯乱したジェシカの話は飛び飛びだったけれど、簡単にまとめるとこうだ。
大きくなったジェシカは意地悪で、気に食わない女の子を虐めるようになる。
でも、虐めた代償に、ジェシカが大勢の男たちから怖いことをされてしまうのだという。
「わたし……イヤだって言ったのに! やめてって何度も言ったのに、聞いてもらえなかった……たくさんの手が私の体を触って……きもちわるくて、死にたくなるの……!」
幼いジェシカの柔らかな頬を、途切れることなく涙が伝う。
「クロード様……わたし、大きくなんてなりたくない。あんな目に合うなら、わたし、わたし……」
堪えきれずに、うわぁぁぁんと号泣するジェシカを見て、胸が苦しくなった。
思わず目の前の体をぎゅっと抱き締める。
小さな体が恐怖のあまり震えている。可愛いジェシカが少しでも楽になるなら、なんだってしてあげたかった。
「ジェシカ……大丈夫。大丈夫だよ。僕がなんとかしてあげる」
「うっ……うっ……ほ、ほんとう?」
縋るように見つめてくる丸い瞳に、僕は力一杯頷いた。
「本当だよ。僕がジェシカに嘘をついたこと、ある?」
ごめんね。本当は嘘をついたことくらい何度だってあるけど、幼いジェシカはその嘘に気付けない。
「ううん。……クロード様は『信用』出来る方だわ」
「ふふ、ジェシカは言葉をよく知っているね。僕がジェシカを守ってあげるから、安心して。可愛いお姫様」
小さな頭を何度も撫でて、こめかみにキスを落とすとジェシカはへにゃりと笑った。
「ありがとう……クロードさま……」
涙で顔はぐちゃぐちゃで見られたものではなかったけれど、ジェシカの笑顔は僕の心をじんわりと温かくした。
布団に入らせて毛布をかけると、泣きつかれたジェシカはすぐに眠りについた。
「……未来視なのかな」
小さな子供の言うことを全て信じたわけではないけれど、彼女の言うことは筋が通っていた。
公爵令嬢がまさか、と思いつつ、将来のジェシカが相当酷いことをしたら起こりうる未来かもしれない。
「まずは、ジェシカを怖がらせる嫌な記憶を、全部消してあげる」
普通であれば、そんなこと出来っこないと言われてしまうような言葉。
でも、自分にはそれを可能にする力があった。
眠るジェシカに両手を向けると、魔力を込めて強くイメージする。
――ジェシカがもう二度と、嫌な記憶を思い出すことのないように。悪い未来のことは、記憶から全部、全部消えるように……
金色の光が舞い、キラキラとジェシカの頭上に降り注ぐ。
光が途切れる頃には、心なしかジェシカの寝顔が穏やかになっているように見えた。
ジェシカの寝顔を見つめながら、今までに感じたことのない気持ちが、僕の胸の奥に宿っていることに気付いた。
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