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敵襲 2

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あまり見すぎて不審がられないよう、視界の端で男の動きを追う。
一見ごく普通の男に見える。どこもおかしなところはなく、他の商人と同じように物を運んでいるだけに見えた。

けれど、人には見えないものが見えるセシリアの目には、玉座に近付くにつれて男から発せられるオーラがどんどん黒く澱んでいくのが見えた。
初めは霧のように男の胸元をかすかに漂っていたが、次第に黒く濃さを増していく。
それはまるで、これから人を殺める男の覚悟のように感じられて、セシリアは固唾を呑んだ。

「……ッ……」

あの男のことを、フェニ達は危ないオーラを持つ者としか言っていない。
だから、彼がジルバートを殺すつもりかどうか、実際のところは分からない。

(でも、きっと何か仕掛けてくるはず)

このオーラを見ていると、何もしないで去っていくとはとても思えない。
セシリアがそう思ってしまうほど、男から出ているオーラは邪悪なものだった。

(早くなんとかしないと……!)

もう商品を並べるところまで来てしまう。
玉座から少し離れたところに設置されたテーブルにいくつか品物を並べ、それを説明役の者が一つずつ紹介していく流れとなっている。
男が運んでいる品物をテーブルに置いたら、暗殺に向けて動き出してしまうかもしれない。

テーブルから玉座までの距離は、6メートルほどだろうか。
セシリアとジルバートがいる玉座は小さな階段を上った先にあるため、男がいきなり走り出しても着くまでに時間がかかる。
それに、ジルバートの周りには護衛兵が控えている。相手の武器が刃物であればきっと取り押さえられるはずだ。
そう思うのに、セシリアは言いようのない不安に襲われた。

――トントン……

精霊達に注意を促す。すると、突然、部屋の後方から大きな叫び声が聞こえた。

「わっ! な、なんだ!?」

声のする方へ視線を向けると、大柄の男が物を持ち上げた状態で固まっていた。
その声に反応した商人らが何事かと近付く。
彼らは床で蠢いているものを見て、驚きの声を上げた。

「蛇だ!」

「なんでこんなところに!?」

荷を動かした時に気付いたのだろうか。
見ると、遠目からでも分かる大きな蛇が鎌首をもたげていた。
商人達は突然現れた蛇に驚いて後ずさっている。

「――……蛇?」

訝しげな声を上げたジルバートに対し、皇帝の不興を買うのを恐れて説明役の男は慌てて弁解した。

「も、申し訳ございません! どうして蛇なんかがこんなところに……おい! 早くどうにかしろ!」

「いや。毒を持っていたら厄介だろう。――誰か始末しに行け」

そう言って、ジルバートが横に控えている護衛兵に指示を出す。
彼らのやり取りに意識を取られていたセシリアは、フェニの言葉で我に返った。

『セシリア! ヤツが動くぞ!』

ハッとして怪しいオーラを持つ男の方を見ると、既に品物は手元に無く、じりじりとこちらに近付いて飛び出すタイミングを窺っていた。

他の者達は蛇に気を取られ、男の様子がおかしいことに気付いていない。

男の顔が緊迫した表情に変わる。
服の裾から手を入れ、腰から何かを取り出そうとしているのを見た瞬間、セシリアは思わず立ち上がり叫んでいた。

「動かないで!」

突然声を張り上げたセシリアを、皆が注目する。
男はセシリアからの制止に驚いて体をビクつかせると、チュニックの裾に手を入れたまま固まった。

「どうした?」

隣にいるジルバートが座ったまま声を掛ける。
セシリアの顔を見て、そしてその視線の先にいる人物に目を向ける。男とジルバートの視線がぶつかった。

「――ッ!!」

射抜かれるような、鋭い眼差しを向けられて男の体が震える。
ジルバートに自分の存在を気付かれて、男は明らかに動揺していた。
一瞬の葛藤の末、後戻りはできないと悟ったのか、男はズボンに差していたナイフを鞘から抜いて取り出すと、両手で力強くナイフを握り締めてジルバートに向かって走り出した。

「あああああ!!」

不意打ちなどあったものではない捨て身の行動に、護衛兵がジルバートを守るため前に出ようとする。
その行動を手で制止してジルバートは立ち上がると、腰に差していた剣の柄を握った。
引き抜くと銀色に光る鋭利な刀身が現れる。

「……っ」

息を呑むセシリアを一瞥したジルバートは、守るように前に出ると、勢いよく向かってくる男に堂々とした足取りで近付いていく。

「うおおぉお!!」

ナイフを前に突き出して、刺し殺そうと迫り来る男に剣先を向けると、ジルバートはナイフの刀身に剣を当てた。

――キィィンッ!

刃と刃の当たる鋭い音がして、男の持つナイフが横に吹き飛ばされる。
武器を失った男は自分の身に起きたことが信じられないようで、自分の手元を見つめて呆然としていた。

(す、すごい……)

セシリアはジルバートの剣技に驚いて目を見開く。
これから始まる攻防に恐れを抱いていたセシリアの前で、怪我一つさせることなくナイフだけを弾き男を無力化してしまった。

濃紺の軍服を身に纏ったジルバートは、剣を男に向けたまま平然とした顔で護衛兵に命じた。

「捕えろ。ただし、この場で血を流させるな。殺さず牢に繋いでおけ」

「ハッ!」

ジルバートの指示を受け、護衛兵が一斉に男を取り押さえる。
ナイフを失った男は為す術もなく、瞬く間に拘束された。

突然の出来事に場内からどよめきが起きる中、セシリアはホッと息をついた。

(良かった……ちゃんと、守れたんだわ)

ジルバートが自ら男の前に出た時は驚いたが、何事もなくて良かったと胸を撫で下ろす。
危害を加えようとする者から皇帝を守れたことに安堵していると、唐突に名を呼ばれた。

「セシリア」

顔を上げると、階段下にいるジルバートがじっとこちらを見つめていた。

「君に聞きたいことがある」

感情の読めない顔で、ジルバートは下からセシリアを見上げていた。




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