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セシリアからの提案 1
しおりを挟む襲撃者が捕らえられ人心地ついたのも束の間。
ジルバートに連れられて、セシリアは初めて宮殿内の執務エリアにやって来た。
兵に守られた一際立派な扉の前まで来ると、ジルバートはセシリアを促して中に入る。
大した説明もないままここまで来たが、その部屋はどうやらジルバートの執務室のようだ。
壁の一部に金の漆喰が施されたその部屋には、正面にずっしりと重厚感のある執務机が、左右には本棚やソファーにテーブルが置かれている。
ジルバートは従者にユリウスを呼ぶよう指示すると、セシリアに席を勧めた。
(……これから何が始まるのかしら)
わざわざ執務室に連れてきて、一体何を考えているのだろうか。
テーブルを挟んで反対側のソファーに座ったジルバートの顔を、セシリアはそっと窺う。
先程とは別の侍従に追加で指示を出す彼の姿を見つめていると、しばらくしてユリウスが駆け込んできた。
セシリアがこの場にいることに一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに表情を引き締めてジルバートに向かい合う。
「ご無事で何よりです。刺客による襲撃を受けたと聞いた時は肝を冷やしました」
「ああ。こちらは問題ない。それより、刺客の方はどうなった?」
「ご指示通り尋問の手筈を整えました。裏で手を引く者の確認を急ぎます」
「分かった」
その他、伝令役を交えていくつかやり取りをした後、一段落ついたところでジルバートは人払いをした。
これで今、部屋にいるのは三人だけとなる。
それまで固い声色だったユリウスは、ジルバートと話したことで幾分か落ち着いたようだった。
「まさか、古くから付き合いのあるレーン商会に、刺客が紛れ込んでいたなんて。商人への身体検査は行っていたそうですから、武器などは美術品の中に隠し入れていた可能性が高いですね」
「こちらも危うく隙を衝かれそうになった。だが、彼女のおかげで事なきを得た」
「彼女、とは……まさか殿下のことですか?」
「ああ、そうだ。セシリアが注意を促してくれたおかげで、我々は刺客の存在を知ることができた」
そう言ってジルバートはセシリアに視線を向ける。
ジルバートの黒い瞳が、真っ直ぐにセシリアを捉える。
「だが、一つ気になる点がある。――セシリア。どうして君は、あの商人が刺客だと気付いた?」
「……えっ?」
ジルバートからの思わぬ問い掛けに、セシリアは目を見開く。
隣で聞いていたユリウスは何のことだか分からず首を傾げた。
「どういうことです?」
「あの時、君の声を聞いてすぐに例の刺客を見たが、私が見る限り、男に特段おかしな点はなかった。普通なら、少なくとも刃物を取り出すまでは、あの男が不審人物だと気付かなかったはずだ。それなのに、どうして君にはそれが分かったんだ?」
刺客に気付いた違和感を指摘されて、セシリアの心臓は跳ね上がる。
どうして気付いたのかと言われると男から黒いオーラが見えたからなのだが、それを知らないジルバートには不信感を抱かせてしまったかもしれない。
「まさか……私が刺客と通じているのではないかと疑っておられるのですか?」
もしそう思われているのだとしたら、全力で否定する必要がある。
セシリアの言葉を受けて、一度考えるように視線を落としたジルバートは、そうではないと首を横に振る。
「いや――君や、君の祖国がこの件に関わっているはずがない。だが、君は確かに分かっていた」
「では、根拠はないのですね」
「ああ。直感だ」
そう言うと、ジルバートはフッと小さく微笑んだ。
初めて目にするジルバートの笑みに、セシリアは目を瞬かせる。
「だが、そういう直感は大切にするようにしている」
「……」
思いがけない表情に動揺して、思わず言葉を失う。
まさか、ジルバートから刺客に気付いた経緯を説明するよう求められるとは思わなかった。
正直に話すとなると、男から見えた黒いオーラのことを話す必要がある。
わざわざ自分から理解されない力のことを言わなくても、しらを切るくらい、いくらでもできるだろう。
(そうするのが一番だと、頭では分かっているのに)
でも、この目があればジルバートの役に立てると気付いてしまった。
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