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転生令嬢、前世の記憶を思い出す 2

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『ルシフェル・ブルックベルク』……ミキちゃんやエドワード様と共に魔王討伐の旅に出た仲間の一人。
天才と謳われた魔術師の彼は、類まれなる魔法のセンスと膨大な魔力量でミキちゃんたちを常にピンチから救っていた。

他の仲間とは一線を引いているのに、ミキちゃんにだけは優しい。
そして、いつも冷静で滅多なことでは感情を露わにしない彼が、要所要所でミキちゃんに見せる笑み。
その破壊力は凄まじくて、ルシフェル様はエドワード様と並んで人気があった。

マンガの中のルシフェル様は強くてクールでイケメンで――そしてフィーネの義弟でもある。

ブルックベルク侯爵である父と母の間には、子供が私一人しかいない。
この国では女性でも爵位の継承権を持つことが出来る。
体の弱い母はこれ以上子供を望むのは難しかったため、もともと私が女侯爵となるはずだった。

それが、エドワード様の婚約者選びに難航していた王家が、どうしてもと我が家に打診したことで状況が変わる。
私が王家に入ると、ブルックベルク侯爵家を継ぐ者がいなくなってしまう。
そこで、分家筋で優秀と評判になっていたルシフェル様を養子に迎えることとなった。

父からその話を聞いた時、まだ前世を思い出す前の私は弟ができることを喜んでいた。
一緒に出掛けられたらいいなーなんて、のんきに考えていた。

ただ、『救国の聖女』を読んで物語の顛末を知っている私は、ルシフェル様の未来を知っている。
私、フィーネがエドワード様と結婚すれば、ルシフェル様は侯爵家を継げる。
でも、ミキちゃんとエドワード様が恋仲になったことで、フィーネは婚約破棄されてしまった。
そうなると、継承権の順番からフィーネが女侯爵となり、ルシフェル様は……

私は『救国の聖女』で読んだシーンを思い返した。



~~『救国の聖女』第XX話~~~~~~


魔王を倒した聖女と仲間たちが王都に戻り、彼らを労うパレードが盛大に行われた。
お祭りムードの王都がようやく落ち着きを取り戻した頃――

ルシフェルはミキに誘われて王宮内の庭園に来ていた。

『あの……ルシフェル様はもう聞きましたか? エドワード様とお義姉様の、その……』

『ああ。彼らの婚約破棄についてですか』

何てことないように話すルシフェル。
視線を落としたミキは瞳を揺らす。

『私……貴方のお義姉様に謝りたいと思ってるの。私のせいでこんなことになったから……』

『貴方のせいではないですよ』

ルシフェルが優しく言う。
自分に優しすぎるルシフェルの言葉に、ミキは頭を振った。

『ううん。私のせいだよ。それに、ルシフェル様だって侯爵家を継ぐはずだったのに、このままじゃ……』

目に涙を浮かべるミキ。
ルシフェルはミキにハンカチを差し出すと、にこやかに笑って言った。

『おっしゃる通り、義姉の婚約が白紙に戻ったことで私が爵位を継承することはなくなりました。……ですが、義姉に侯爵家の仕事はさせませんよ』

『えっ?』

『義姉が表舞台に出ることのないよう、既に手を打っております。ですから、ミキが心配することは何もないのです。私が爵位を継承できなくても、実質的には何も変わりませんよ』

『そ、それは、どういう……?』

言葉の意味を分かりかねて追及しようとしたミキに、ルシフェルは目を細めた。
ゾクッとするほど美しい笑みを見て、ミキは息をのむ。
いつもと違うルシフェルを前に、ミキはそれ以上何も言えなかった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~


マンガを読んでいた時は、『ルシフェル様かっこよすぎ!!』『イケメンがすぎる!!』……なんて悶えていたけれど、義姉フィーネになってみると物騒な発言この上ない。

――表舞台に出られないって、何!? 義姉に何したの!?

マンガにはそれ以上のことは描かれていなかったため、婚約破棄後フィーネがどうなったのか分からない。
ただ、ルシフェル様のあのセリフを読む限り、フィーネが幸せになったようには見えなかった。

(爵位は継承しても表舞台に出てこないって……もしかして幽閉?)

暗い部屋に閉じ込められた自分を想像して、ゾワッと背筋が震える。
幽閉まではいかなくても、婚約破棄された身の上だからと療養の名目で辺境の地に追いやられることくらいはありそうだ。

つまり、マンガの展開通りにエドワード様から婚約破棄されると、私の将来は悲惨なことになりかねない。
それだけは何としてでも避けたい。

今の私はエドワード様との結婚も、女侯爵になることも望んでいない。
ただ平凡な幸せを望んでいるだけなのに。

どうしたものかと思いながら、目の前に立つルシフェル様を見る。
マンガで見ていた容姿よりもだいぶ幼いけれど、それでも面影がある。
ルシフェル様は、いずれ最強とも謳われる魔術師になる御方。
彼の魔法で、凶悪な魔物たちが次々とやられていくシーンを思い出す。
マンガの展開通りになって、ルシフェル様を敵に回した私がどんな目に合うか……考えただけで恐ろしい。

声が震えそうになるのをなんとか耐えて、私はルシフェル様に向かって声をかけた。

「初めまして、フィーネです。まだ慣れないでしょうが、いずれ本当の家族のように仲良くなれたらと思うの。私のことは『姉』と呼んでいただけたら嬉しいわ」

……私は貴方に害はありませんよー。大丈夫ですよー。
そんなことを思いながらにっこり笑った。




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