悪役王子は王位継承権を剥奪され暗殺されそうになっているけれど生き延びたい

泊米 みそ

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5話 翌朝

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 次の日の早朝、まだ日も昇りきらない頃合いにリーンはベッドから抜け出した。そして一人でミドガルド城の厨房へと向かった。落ち着いた色合いでまとめられた厨房は広く、調理の熱がこもらないよう天井も高く設計されていた。

 幸運なことに、今朝目覚めてからも食あたりや下痢も起きておらずリーンはホッと胸をなで下ろした。ステラの料理の腕が”魔法がかっている”だけで、食べられる材料と調味料で作ったのは間違いないのだろう。

 リーンは部屋を見渡した。それにしても立派な厨房だ。設備も整っており調理器具の数も多く、本来ならば幾人もの料理人がここで腕を振るい数十人以上の来客のもてなしを作っていたことだろう。

 しかし、現状のミドガルド城のシェフはステラ一人、その料理を口にする者は、城主のギィ一人とその客人であるリーン一人である。そのため使用する場所と調理器具は限られているようで、特定の場所以外は掃除も行き届いておらず隅の方の調理器具にはうっすらと埃がつもっていた。

 もったいないことだ。しかしこれからはその力を十分に発揮させてやろう。

 厨房を一通り物色したリーンは、次に厨房に隣接した蒸留室と食料品貯蔵室へ向かった。二つの部屋は、厨房の奥のドアから繋がっており一度廊下へ出ずとも直接行き来できるようになっていた。

 蒸留室は比較的小さめの部屋だった。主に製菓用に使われることが多い場所だ。ミドガルド城も例に漏れず、製菓用品が置かれた机と、菓子やジャム類や、お茶、また石けんなどがしまわれている棚が並んでいた。しかし製菓用品はあまり使用されている形跡はなく、これも積もった埃で表面がうすく白みがかっていた。

 食料品貯蔵庫はそれなりに面積がありひんやりと涼しく、野菜や肉類、昨日の晩餐にも出されていたワインなどが保存されていた。

 食材も十分に用意されている。さて、今朝のメニューは何にしようか……。

 目星をつけた材料をいくつかを抱えてリーンが厨房へ戻ると、カタンと部屋の端で何かが転がる音がした。音がした方を見ると空のバケツが転がっており、ステラが箒を手に立ったまま固まっていた。厨房へ朝の掃除に来たら、思いがけずリーンがあらわれて驚いたのだろう。 

 「おはよう、ステラ」

 「……っ」

 リーンがほほ笑みかけると金縛りが解けたようにステラがハッとした表情を見せた。足下のバケツを拾い上げ、リーンに背を向けて廊下側の扉から厨房の外へと走り去ろうとした。が、それは叶わなかった。慌てて逃げようとしたためであろう、スカートの裾を踏んで転んでしまったようだ。

 一瞬、リーンはどう対応するか躊躇した。子供への対応かレディへの対応か、どちらを選択すべきかで迷ったのだ。ステラはおそらく十代前半、子供とレディのちょうど中間くらいの年齢だ。しかし脳内の引き出しをどれだけ開けても”転んだ子供の扱い方”はリーンの知識の中には無かった。そのため消去法でリーンはステラに”レディへの対応”を取ることを選択した。 

「怪我はない?」

 恥ずかしい思いをしたであろう彼女をなぐさめるように優しく声を掛け、起き上がる手助けにと手を差し伸べた。

 きっと、またつれない反応が返ってくるのだろうと思いきや、予想外にもステラの手が伸びてきた。リーンは内心驚いたが、表情には出さなかった。

 ステラの手をひいて、ゆっくりと彼女を助け起こす。リーンの手に触れたのは小さくて、リーンより少し体温の高い手だった。しかしその手には貴族の令嬢のような柔らかさはなく、労働者のよく働く硬い手のひらだった。

 ステラが絞り出すように小さく声を出した。 

 「…………ありがとう」

 「レディに手を差し伸べるのは当然のことだよ」

 「今、助け起こしてくれたことだけじゃないわ」 

 ステラが首を振った。そして真っ直ぐにリーンを見上げ、釣り目がちの大きな灰色の目でジッとリーンを見つめた。

 「……私のご飯、美味しくなかったでしょう?」

 どう答えるのが正解なのかリーンには分からなかった。しかし考える間もなく、ステラの瞳が潤んで揺れたのを見た瞬間、咄嗟にリーンの口は動いていた。

 「美味しかったよ。全部あっという間に食べてしまった」

 「ありがとう。嘘でも、そんな風に言ってもらえてすごく嬉しい」

 どうしてステラがリーンの言葉を”嘘”だと見抜いたのかもリーンには分からなかった。昨晩の食事は残さず口にしたし、食事を楽しむ演技も完璧だったはずだ。子供に備わっているという鋭い直感というものだろうか。そんな物を発揮しなくても良いのだ。表面の綺麗な嘘だけすくいとって真実だと思っていれば良い。見る必要なんか無いのだ、自分自身を傷つけるような真実なんかは特に。だから子供は苦手なのだ。

 「ギィ様に会いに来たお客様は私のご飯をほとんど残すし、みんな不味いって言うわ。あなただけよ。全部食べて、その上”美味しい”なんて言ってくれたお客様は」

 「そうかい?俺の口には合っていたけれど」

 首をかしげて見せるリーンに、ステラが、ふふと小さく笑みをこぼした。リーンはステラの瞳から涙がこぼれなかったのを見て内心ホッと息をついた。そして、安堵した自分に気づいてひそかに戸惑った。子供を気遣うなんて”毒蛾王子”と呼ばれる自分らしくない。

「あなたは優しい嘘つきだわ。ギィ様にもきっとすぐに分かるはずよ」

 ステラは花開くような笑顔を見せた。今まで『優しい』などと形容されたことはなく、リーンの戸惑いはより深まった。貴族達から心にも無いお世辞や社交辞令の類いを言われることはあっても、彼らが裏で自分のことを『狡猾』『冷酷』『高慢』などと評しているのを知っていた。

 俺は優しくなんかない。計算高く、一番の得策を探して打算で動いているだけだ。きっと君の主は正しく俺の本質を見抜いている……。

 そうリーンは思ったものの、それをそのまま口にするより『優しい』とステラが勘違いをしてくれていた方が好都合だった。

 決して、ステラに真実を伝えてがっかりさせたくないからじゃない。

 リーンはただ黙して微笑みを作った。

 ステラの頬にサッと朱に染まる。そして視線を泳がせ、赤い顔で俯いた。

「……それから、ごめんなさい。私、逃げてばっかりで……。恥ずかしかったの……。リーンハルトはとっても綺麗なんだもの。お月様みたいにキラキラしてるわ」

「お褒めにあずかり光栄だよ、ステラ」

「もう、本当のことよ!」

 頬に赤みを残したままステラは唇をとがらせてリーンを見上げた。しかしその不満めいた表情は冗談のようで、リーンと目が合うと楽しそうにコロコロと笑みをこぼした。きっとこの明るく人懐っこい性格が本来の彼女の姿なのだろう。

 ステラはスンスンと猫のように鼻を鳴らした。

「……これから、料理を作るのねリーンハルト。私にお手伝いできることはあるかしら?」
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