悪役王子は王位継承権を剥奪され暗殺されそうになっているけれど生き延びたい

泊米 みそ

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7話 脱走

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 ーーそろそろ、残された猶予期間が少なくなってきたな……

 リーンがミドガルド城に連れてこられてから二ヶ月が過ぎようとしていた。

 ”事故死に見せかけて殺すなら三ヶ月は泳がせておく”

 そう予測を立てていた”三ヶ月”という期間が半分以上経過してしまっている。リーンは既に幾度かミドガルド城からの脱走を試みていたが、全て失敗に終わっていた。

 広く大きな城館に、城主一人、使用人がたった二人、いくらでも彼らの目が届かない場所があるように思えた。

 しかし、夜更けに自室の窓から外に出て壁をつたって書斎に入りそこから城の外に出ようとしたら、待ち構えていたかのようにピッポが書斎で本の整理をしていたり、早朝に厨房の裏口から庭に出て城門まで歩いていこうとすると、どうやって気づいたのかステラが追いかけてきたりした。

 そしてそんな時、リーンを見つけた二人はとても悲しい顔をする。リーンは二人のそんな顔が苦手だった。リーンを忌々しく思う相手から蔑みや憎しみの表情を向けられることには慣れていたが、彼らは逃げ出そうとするリーンにただ悲しみの表情を浮かべた。

 ステラは小さな身体で懸命にリーンにしがみつき泣きそうな顔をし、ピッポは静かにリーンを見つめ、リーンがおとなしく自室に戻るとあたたかな紅茶を運んできた。

 ピッポとステラに悲しい顔をされると、何故かリーンはどうしようもなくいたたまれない気持ちになってしまう。老人と少女相手に力で負けることなどないと頭では分かっているのだが、引き留める彼らにあらがうことは出来なかった。

 そんな中でも一度、惜しいところまで行った時があった。その日はピッポとステラに気づかれず城を抜け出し、一つ目の城門までたどり着くことができた。生い茂る草をかき分けて歩き続け、ついにたどり着いた鉄製の城門の鍵を外そうと手を伸ばしたその時、リーンの後ろから伸びてきた手が城門の柵をつかんだ。

 ガシャン、と金属が軋む重い音がした。

 振り返ると、そこにはギィが立っていた。ギィの登場に音は無く、突然そこに現れたかのようだった。草をかき分ける音も追いかけてくる足音も皆無であった。さすがのリーンも驚きを隠せず目を瞠った。

 ギィはいつも着ている漆黒の外套を羽織っておらず白のシャツにシンプルな黒のズボンという出で立ちで、慌てて駆けつけた様子が見て取れた。しかし走ってきた訳では無さそうだった。走って駆けつけたなら彼の息は上がっていてもおかしくは無さそうだがそんな様子は無く、また、全力でリーンの後を追いかけてきたとして足音が全くしなかったというのも妙だった。

 「……何をしている」

 「特に、何も?」

 至近距離で背後から見下ろしてくる金の瞳には微かに苛立ちが浮かんでいた。

 薄く笑みを浮かべて肩をすくめて見せるリーンの腕を掴み、ギィはリーンを自分の方へと向き直らせた。

 強く掴まれた腕が痛んだが、リーンは何でもないかのような顔で金の瞳を見つめ返した。睨むような強さでギィの視線が注がれる。

 ギィは怒っているようだった。

 それも当然のことか、とリーンは思った。彼の命令に背いて城から出ようとした……つまり、逃げようとしたのだ。それも、何度も。 「……ミドガルド城に戻るんだろ?そろそろ腕、離してくれるか?歩きにくい」

 そうリーンが言うと、ギィの手の力は弱まったが離すつもりは無いようだ。

 ……こんなところで見つかっておいて、このまま脱走を続けられると思うほど俺は馬鹿じゃないんだけれどな……

 何食わぬ顔を作りつつリーンは内心ため息をついた。ギィはそんなリーンを訝しげに見つめていた。

 「お前は、何を考えている……」

 「特に、何も」

 ギィに話すことなど何も無い。

 まともに答える気の無いリーンをギィはしばらく睨んでいたが、やがて諦めるように目を伏せた。そしてリーンの腕を引きミドガルド城までの帰路を歩み始めた。

 ギィは甘い。リーンは腕をひかれて歩きながら思った。下位の身分の人間が命令に背いたのだ、リーンに罰を与えることだっていくらでも出来るはずだ。リーンが何度も脱走を試みたことは既に耳に入っているだろうに、ギィからの咎めは下されていない。

 現に今も、ギィは腹を立ててはいるようだったがそれ以上の追求も罰も与えられず、城への帰路につく歩調もまるでリーンに合わせているかのように穏やかだ。リーンは少し先を歩くギィの広い背を眺めた。

 この甘く、愚直な辺境伯に洗いざらい全て打ち明ければ味方になってくれるだろうか?もしかすると、リーンが行方をくらませるための手助けの一つや二つ、してくれるのではないだろうか。

 リーンは胸の内で首を横に振る。

 結局、自分の味方は自分だけだ。全て一人で始末をつける。今までだってそうしてきた。他人に期待などしたところでどうしようもない。

 ふいに、ピッポとステラの悲しそうな顔と、先ほど見たギィの怒りと戸惑いの入り交じった瞳が脳裏をよぎった。

 彼らは何を悲しみ、何を怒ったのだろうか。それはただ”リーンが逃げだそうとしたこと”だけが理由ではないような気がしたが、リーンはその気付きかけた思考に蓋をした。 彼らは”リーンが本当のことを話さず彼らの助けを得ようとしないこと”を悲しみ怒っているのではないか、などあまりにも都合が良すぎる解釈だった。

 ーー……それに、万が一彼らの頼ったせいで、自分一人ではなく彼らにまで何らかの”被害”が出る可能性を考えると、胸の内にモヤのような得体の知れない不快感が広がった。 

 それから、リーンは単純な強硬手段で逃げだそうとはしなくなった。リーンの逃げ出す素振りはピタッと止み、ピッポとステラはホッと胸をなで下ろしているようだった。

 しかしリーンは脱走を諦めた訳ではなかった。慎重に周囲の観察をしていたのだ。
 
 
 そして二ヶ月経過した今、脱出の糸口が見えてきた。

 次の満月の夜、そこが最大のチャンスであり狙い目だった。
 
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