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償いましょう sideサイラス
しおりを挟むSide サイラス
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「何をした、だと?」
父は地を這う様な低い声で、そうぽつりと呟いた。
「まるで私が悪者であるかのような言い方だな…私がいったいどれほどあの子に良くしてやったと思っている!」
「あなたがミレイユを溺愛していたことは知っています。他の家族を蔑ろにする程に」
眉をひそめてそう口にすると、父は私を一瞥して、さも興味なさげに口を開く。
「ふん、あの子は私の唯一だからな」
「唯一?」
「ミレイユ以外、心底どうでもいい。お前達を蔑ろにしたことと、私があの子を愛していることには、何の関連性もないさ」
何の迷いもなくそんなことを言い放つ父に、わかっていても気が遠くなるようだった。
これを聞いていたのが、私で良かった。
私よりもずっと、親の愛など期待していなかったセイラだが、あの子にこんな言葉は聞かせたくない。
たくさん辛い思いをした分、今度こそあの子にとって優しい世界でずっと笑っていて欲しい。
「そんなこと、知っていますよ」
父の言葉に、すっと頭が冷えてくる。
「誰よりも大切にしていたミレイユに刃を向けられるほど、いったい貴方は何をしたというのです」
「っ、私は、私はただ、あの子を愛しただけだ!私はミレイユに、今まで散々愛情を与えてきた!あの子だってそれを余すことなく甘受していただろう!」
落ち着きを欠いて、どんどん興奮していく父のこんな様子を見たのは初めてだった。
父にとって、ミレイユとは…
父がミレイユに向ける想い…
それは、決して親が子に抱くような、穏やかなものではないのかもしれない。
「あれは、私の女だ」
激情を宿した瞳で、そんなことを口にする父に絶句する。
私の女だなんて、決して実の娘と同じ年の、ましてや姪にあたる少女に使うべき言葉ではない。
「本当に、あなたは、ミレイユに何をしたんですか…!」
目の前の男は、ミレイユを女として見ている。
使用人すら見えないこの家で、あの子と二人っきり。
最悪な想像ばかりが脳裏を過ぎる。
ミレイユをこの男の傍にいさせるべきではなかった。
あの日私は、彼女を引き止めなければならなかったのだ。
父とミレイユが、こちらに移ろうとした日。
私が無理やりにでも止めていれば…
「クソっ…また失敗したのか?私は」
「どうして、どうして…」
「お前も、私を捨てるのか?」
うわ言の様にぶつぶつと呟くその男の目には、最早私は見えていない様だった。
「ミレイユっ、私のミレイユ」
「…父、上」
「私のものにならないのなら、お前もレイナと同じように…」
そんな言葉に、思わず目を見開いた。
レイナと言うのは、ミレイユの死んだ母の名だ。
「っ、何を言っているのですか!不謹慎にも程があります!同じように、というのは、まさかミレイユを…!」
あれ程溺愛していた彼女を、まるで手にかけようとしているかの様な発言だった。
可愛さ余って憎さ百倍とは、この事を言うのだろうか。
到底理解できそうもない。
「ははっ、最初からそうしたら良かったなぁ。レイナの様に変な虫がつく前に、あの子を私の永遠にするべきだったんだ」
この男は、何を言っている…?
「っ、父上!おかしなことを言うのはやめてください!気でも触れたのですか!」
「ええい、喚くな、煩わしい!」
忌々しげにそう言う父の様子は、至って普通に見える。
先程までの異質さは感じられなかった。
「ふん、お前に迷惑はかけん。今までだってうまくやってきた。レイナの時だって、それから、リィサの時もな。今回だって」
得意げにそう言う父に、彼の罪の一端を垣間見た様だった。
今まで…?
ミレイユの母君に、義母だった彼女。
亡くなった二人の死に、父が関係している?
うまくやったなどと、それではまるで彼が二人を殺めた張本人の様ではないか…
わけがわからない。
頭が真っ白で、思考がうまく働かない。
ミレイユの両親も、義母も、賊に殺されたと聞いた。
まさか、この男が、盗賊を雇って…?
「貴方が、殺したのですか」
口をついて出たのは、至ってシンプルなものだった。
その実、否定することを願っての問いかけ。
「真実の愛を貫くのに、多少の犠牲は必要不可欠なんだ。お前も愛を知ればわかるさ」
紛うことなき、肯定だった。
「そんな愛なら、私はいらない」
この男がこれ以上罪を重ねる前に、私がなんとかしなければならない。
セイラに、ミレイユ、大切な妹たちの顔が、頭に浮かんでは、消えていく。
これ以上、悲しませたくない。
ミレイユの無事すら確認できていない状況。
あの子を一人にすることが、心残りだ。
だけど、事態の収拾を付けるには、もう…
「父上、いや、フォージャー前侯爵」
これは、貴方の罪だ。
そして、家督を継ぐ者として、気づけなかった私の罪。
「償いましょう」
先程まで、腹部に刺さっていたナイフを拾い上げ、父の左胸あたりに掲げる。
「っ、何を!」
「私も、一緒に償います」
誰にも真実を知らせず、ひっそりと罪を償うことだけが、今の私達にできる精一杯だろう。
父の所業が公にされれば、せっかく幸せを掴んだセイラを、再び引きずり下ろすことになる。
ミレイユだって、一時期でも慕っていた相手が、自分の親を殺した人間だなんて知れば苦しむことになるだろう。
「共に、地獄に堕ちましょう」
父の胸にナイフを押し当て、ゆっくりと刃先を進めた。
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もうすぐゴールデンウィークですね!
幸せハピネスって感じなので、この気持ちを半分くらいサイラスに分けてあげたいです。
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