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番外編
【最終話】哀れな子ども
しおりを挟むカーテンの隙間から差し込む陽の光が眩しい。
微睡の中で触れた温度に少しずつ瞼の重みが消え、ぼんやりと目の前の彼を見つめる。
「おはよう」
読んでいた本を閉じて穏やかに微笑む彼はもう随分と前から目を覚ましていたらしい。
本当はベッドでだらだらとするタイプではないのに、結婚後、朝起きて私の隣が空いていたことはほとんどなかった。
私の寝顔が好きなのだと、恥ずかしげもなく漏らされた言葉を思い出して顔が火照る。
「セイラ?」
「…おはよう、ございます」
「なんだかぎごちないね。体調でも悪い?少し頬が赤いように見えるけど…」
心配そうに顔を覗き込む彼にふるふると小さく首を振った。
「…寝顔が変じゃなかったか、心配になっただけだから」
「それなら大丈夫、今朝も天使のような愛らしさだったよ」
「愛らしいなんて、こんなおばさんに使う言葉じゃないと思う」
キース様の言葉に恥ずかしいような呆れてしまうような、なんとも言えない思いだ。
結婚して10年も経てば、歳もとるし、いつまでも若いままではいられない。
八歳の長男と六歳の長女もすくすく成長している。
それなのにこの人は、まるで私を歳若い少女のように扱ってしまう。
学園なんてとっくに卒業しているというのに。
「君が日々愛らしさを更新しているんだから仕方ない。今日も愛してるよ」
惚けたような言葉と優しい口付けが降ってきて、こうやって流されてしまうからいけないのだろうけど…
恥ずかしさの中に感じる確かな幸福を無下にもできなかった。
新婚当初はお互い堅苦しい言葉で、甘いセリフなんて滅多に交わせなかったのに、時の流れとは恐ろしいものだ。
どんなキース様だって、愛おしいことに変わりはないけれど。
「父様、母様、おはようございます」
「おはよーございますっ!」
朝食の席に顔を出すと、子どもたちは既に食べ始めているようで、こちらに気がつくと手を止めて元気よく挨拶の言葉を述べた。
「おはよう、カイル、セリス」
「お二人とも、休みの日も早起きして偉いわ」
「今日は伯父様とボートに乗りに行く日ですから!お弁当の用意もばっちりです!」
暇さえあれば二人を構い倒してくれる兄様を思い浮かべて苦笑が漏れる。
兄様自身未だ独り身ということもあってか、二人への溺愛っぷりは目を見張ってしまう。
普段から勤め先で幼い子と触れ合っているのに、飽きることなくカイルとセリスの面倒まで見るそのタフさはどこから来ているのだろう。
おかげで二人もよく懐いていて、我が家での手習いや家庭教師が休みの日は兄様の学校に足繁く通う程だ。
今日は完全にオフだと言うのに、結局兄様に遊んでもらうのね…
そろそろあなた達のお父様はご機嫌斜めになってしまいそうよ?
「…父としての立場がない」
「キース様も、久しぶりの休日なのだからゆっくり過ごしましょう?」
夕方には帰ってくるのだし、あの子たちだってちゃんと父親のことは愛している。
無条件に甘やかしてくれる伯父様に懐いているだけだ。
「…私だって、あなたと一緒にゆっくりする時間が欲しいもの」
「っ、セイラ…!」
「昨夜、キース様が今日と明日はお休みだって聞いて、あの子たち今夜はあなたと一緒に眠る気満々だもの。だから、昼の間くらいは私が独り占めしてもいいでしょう?」
「……妻が愛しくて胸が苦しい」
瞳を瞬かせながら胸を抑える彼に少しだけ笑ってしまった。
「あ~っいちゃいちゃ!」
「セリス、めっ!いい所なんだから邪魔しちゃだめだよ?」
ふくふくと笑う子どもたちの声が聞こえてハッとする。
「っ、私達もいただきましょう、キース様」
「ああ、そうだね」
■□▪▫■□▫
お昼前にやってきたサイラス兄様は、あの頃と違ってひどく穏やかな面持ちだ。
時折、子どもたちを見てどこか懐かしむような顔をするのは、遠い過去を思い出しているからなのかもしれない。
それでもその表情は憑き物が落ちたようにすっきりとしたものだった。
「頼まれてたハーブティーだ」
兄様が差し出したのは、カイルを妊娠中にウォルター様からいただいたカモミールティーと同じもの。
優しい香りと飲みやすさに気に入ってしまい、ウォルター様にお願いして買い付けていたのだが、今は兄様からもらうようにしている。
どうやらあのカモミールティーを煎じてくれた薬師の夫婦の子も兄様の学校に通っているらしかった。
以前、カイルたちを迎えに行った時、その子の姿だって見たことがある。
きらきらと輝くブロンドの髪に淡い桃色の瞳。
脳裏に過った彼女とあまりにも似すぎている少女に言葉を失った。
花の咲くような笑みに濁りは一切なくて、
…私は、ひどく安心したのだった。
彼女は、生きている。
そうして、多分、きっと……幸せだ。
小さな少女の美しい笑みが、証明だった。
飲みなれたハーブティーの香りは、ひどく安心感を覚える。
「それでね、ミシェルがね…」
「ふふ、そうなの」
ブロンドの少女とうちの娘は、人一倍気が合うらしい。
大切なお友だちの話をするセリスは幸せそうで、泣きたくなるのはどうしてだろう。
なんの蟠りもなく、無垢なまま絆を深める二人が眩しくて、少しだけ羨ましい。
「セリス、幸せ?」
「んー、うん!」
「そう、母様もすごく幸せよ」
世界平和なんて望まない。
神様にお願いだって、もうしない。
幸せなんて曖昧なものを信じることすらできなかった過去の私とは、遠い昔に決別した。
彼が教えてくれた愛し愛される喜び。
今はただ、私の中にはっきりとある守りたいもののために、大切な家族の幸せのために、私も目いっぱいの愛情を返していきたい。
______ありもしない愛を求めて嘆く、哀れな子どもはもういないのだから。
■□▪▫■□▫▪■□▪▫
これにて完結です!
長い間ありがとうございました。
皆様のコメントやお気に入り、エール、本当に本当に励みでした。
ここから後書きですので読まなくても支障はありません。
この作品は、ご存知の通り、なんとか完結できたものの、非常にもだもだした作品となってしまいました。
私自身キャラクターに振り回されまくった本作です。
特にミレイユちゃん…。
ただの悪女として書く気はなかったのですが、意図していた流れを守りながらも、わりと好き放題やってくれました。
ちなみに、タグにある乗っ取りは、娘や妹、家族としての立場の乗っ取りの他に、主人公としての立場を乗っ取るという意味で設定させていただきました。
ミレイユの過去を掘り下げながら、ダブル主人公()として動いてもらいました。
いつの日かコメントいただいたこともありますが、完全に作者甘やかしのキャラクターです。
両親を失った過去はありながらも、両親や兄代わりの身内に甘やかされ、歪んだ愛情を向けられながらも被害は最小限に留まり、嫌な記憶は忘れて運命の相手と結ばれる。
結果的に全て思い出してはいますが、優しい夫と可愛い娘に囲まれて基本的には幸せいっぱいです。
ご都合主義ではありますが、それぞれがハッピーエンドを迎えられたのではないでしょうか。
サイラスは一生独身です。
彼は家族をつくりません。
かつての失敗を許し、前を向けるような強い心は持っていません。
可愛い甥っ子姪っ子を愛でる時間は至福のひとときです。
本当に長い間お付き合いありがとうございました。
また機会があればよろしくお願いします。
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