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ついていきたい
しおりを挟むSide マーナ
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___国の為に命を賭して戦う騎士に心の底から憧れていた。
しがない男爵家の三女であった私は、その存在価値を認められず半ば家族に放任されて育った。
それは不幸でもあり、騎士としての未来を望む私にはこの上ない幸運でもあり、誰にも咎められることなく国の騎士団に入団した時は天にも昇るような気持ちであった。
そこが女である私にとってどんなに劣悪な環境であったとしても。
どれ程努力して、どれ程強くなっても、騎士団の中で私はただの女だった。
志の低い騎士達には立っているだけで下卑た目で見られ、それ以外の仲間にさえ風紀を乱す元凶であると厳しい非難を食らうことも一度や二度ではなかった。
そんな中、国のために必死に戦い、少しでも認められようと努力したがそれも全て無駄であると知ったのはあの負け戦の中でのこと。
あからさまなこねで役割を勝ち取った上流貴族出身の指揮官は戦況が悪くなると、一時撤退を決めたのだった。
私一人を囮にして。
悔しさや不甲斐なさ、憤り…
それでも命令を無視できない自分の弱さに怒りさえ覚えるが、元より国に捧げた命
まさかあんな指揮官のために死ぬことになるとは思わなかったが、最早受け入れるしかない。
ひっそりと撤退した自軍に反して、わざとらしく痕跡を残しながら逆方向へと馬を走らせる。
できるだけ多くの敵軍を引きつけることができるといいのだけど。
…しかしそんな私の願いが叶うことはなく
「へえ、女囮にして逃げるなんてそっちもなかなか残酷なことするねぇ?」
私を追ってやって来たのはたった一人の騎士だった。
私は囮の役割すら満足にこなせないのか。
これではうまく撤退することなんて到底不可能だったはずだ。
戦況はかなり悪い。
「他の仲間はどうした」
「あからさまな罠だったからほとんどの奴らは逆方向に向かってるけど?こっちに来たのはじゃんけんで負けた俺と合わせて十人くらいかな~」
こんな時にじゃんけんで何かを決めるなんて、ラミティカ軍は戦争を舐めているのか。
少なくとも目の前の男からは微かな余裕のようなものが感じられ、心底腹が立つ。
「いくら戦況がそちらに傾いていたとしても、ここには私と貴様だけだ。ここで貴様の命だけでもっ、」
「そんな熱くなんなって。正直今のお前は無駄死にだよ?いいのそれで」
「元より国に捧げた命だ!!」
無駄死に…真正面からそんなことを言われてずっしりと胸におもりがつけられた様な気分になる。
「戦争で出る死に、無駄死になんてない」
「ま、そうかもなぁ。けど、死ぬくらいならもういっそこっちに寝返っちゃえば?お前結構度胸ありそうだし、志も高そうだし…ここで死ぬのは惜しいよねぇ」
「うるさい!私は国を裏切ったりなんかしない!!」
そう言うが早いか、私は彼に向かって切りかかって行くのだった。
「話くらいゆっくり聞いてくれてもよくない?」
勝負がついたのは一瞬で、気がつくと私の手から剣は消えていて、男によって地面に押さえつけられているのだった。
「っ…貴様、何者だ」
「俺はラミティカ軍第一騎士団の副団長だけど?結構強くて驚いた?」
正直驚いたが、それを聞いて納得だ。
一介の騎士が勝てるような相手ではなかった。
ラミティカ軍の第一騎士団と言えば国の最高峰で、少数精鋭の実力派だと聞く。
こんなに若くして副団長なんて、この男の実力が並大抵ではないことを物語っている。
「さっさと殺せ」
「え、嫌だけど」
あっさりと返された言葉に耳を疑ってしまう。
「はぁ!?っ、捕虜にでもする気か?」
「捕虜っていうか無抵抗の相手なんて殺したくないし。寝覚め悪いじゃん?」
「このまま何の成果も挙げられず自軍に戻ったところで私は一生笑い者だ!そうなるくらいならこの場で命を奪われた方が幾らか…」
必死にそんなことを言う私に、男は嘲笑を浮かべながら口を開いた。
「俺そういうの大っ嫌ぁ~い。つかなんで俺がそんなチンケなプライドのために人を殺さなきゃなんないわけ?こっちは殺人に快楽を覚えるような変態でもないのにわざわざ他人のそんなお願いきく義理はないよね」
…確かに、言われてみるとそうだ。
敵軍とは言え人を殺すことに何も感じない人間なんて人間とは思えない。
私が無神経だった。
「すまなかった。自害するから、お前たちはもう行ってくれ。信じられないかもしれないが逃げたりなんかしない。ちゃんとここで死んでいくから見逃してくれ」
「…どうしてそこまで死ぬことにこだわんの?」
「私が騎士だからだ。騎士は逃げない」
「お前の仲間だった奴らはお前囮にしてしっかり逃げてんじゃん」
それは、そうした方が国にとって懸命な判断だったからだ。
私が何かに恐れをなして逃げることとは随分と意味が変わってくる。
「国のために国のためにって言うけど、その言葉はお前が死ぬための免罪符じゃないだろ。ていうか本当にそこにお前の気持ちがこもってるかすら怪しいんだよねぇ」
「何を言って…」
「お前はどうして国を守りたいわけ?」
そんな言葉にどう答えていいかわからなかった。
国を守るのが騎士だ。
私はそんな騎士に憧れて…
「俺はさぁ、自分の国に残してきた大切な人を守りたくてこんな僻地までやってきてんだよね。戦争に負けたらやっぱり国民の暮らしは困窮しちゃうし、俺の大切な人だって苦しむでしょ?」
男は私から視線を外さずに言葉を続ける。
「だけど、それと同時に俺が戦争のために命を失ったら、俺の大切な人もうんと悲しんじゃうわけ。そんなの絶対死ねないじゃん?だから俺は手足をもがれてでも国に帰るよ。それこそ敵前逃亡も辞さないし」
カラカラと笑いながらそう言う彼は私が今まで出会ったようなどんな人とも違っていた。
英雄とされるような志の高い騎士は国のために自らを犠牲にすることだって厭わない。
対して金のために騎士になったような人間は誰かを犠牲にしても自分だけは助かりたいというような魂胆が見え見えな連中ばかりだった。
しかし彼は、自分だけの守るものをしっかり持っていて、誰かのために自分を大切にできる人だ。
…私には到底できない。
「お前は、いないの?家族とか、お前の生きる理由になるような人」
「……いない」
視線を地面に落とし小さく呟くと、男はふうんと一言もらして、言葉を続けた。
「だったらやっぱラミティカ軍に来たらいいんじゃない?仲間を一人見捨てるようなところにいるから自分のことすら大切にできなくなるんだって」
「…国を裏切るなんて、できない」
「お前が裏切るんじゃなくて、騎士団が、国がお前を裏切ったんだよ」
なんとも都合の良い言葉なのに、どうしてか無視できなかった。
この男の言葉は、甘い誘惑のように私の心を揺さぶる。
「死ぬくらいなら、どう?俺らの仲間にならない?」
「っ、敵軍をみすみす仲間にするなんて常軌を逸している」
「いいんだよ、俺らのとこは頭おかしいバカばっかりだから」
私を押さえつけていた手をどかし立ち上がると、彼はそっとその腕をこちらに差し出した。
「俺はラミティカ王国第一騎士団副団長、アレス・マクレイ。よろしく~」
「…私は、マーナ。国と家名は今捨てた」
この日私は祖国を捨てた。
全てを投げ打ってでも、ついて行きたいと思う男に出会ってしまったから。
アレス・マクレイ
幼い頃から騎士を志した私にこんな可愛らしい感情があったなんて知らなかった。
アレスは私を救ってくれた恩人で、私の初恋の男になったのだ。
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