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もらっちゃおうかな
しおりを挟むマーナさんは真っ直ぐとこちらへ向かって歩いてくる。
凛とした表情やピシッと伸びた背筋は、安全な環境でぬくぬくと育ってきた私なんかには到底得ることの出来ない威厳や強さなんかを感じさせた。
「始めまして、ルイーゼ・コルネイと申します。いきなり足を運んでごめんなさい。邪魔はしないから、もう少しだけ隅の方であなた達の訓練を見学させて頂いてもよろしいですか?」
目の前にやってきた彼女にそう尋ねる。
「それは一介の騎士が高貴なご令嬢の頼みを断れるはずがないと知っていての物言いですよね?」
彼女から出た言葉が予想以上に刺々しく、思わず目を見張ってしまった。
…それほどまでに迷惑だったのか。
訓練の邪魔をしてしまったのはこちらだから返す言葉もない。
「邪魔をしているのはこちらなのだから、あなた方が迷惑を被るのなら、十分断る権利があると思うわ。だけど、言いづらいことを言わせてしまったみたいでごめんなさい」
素直に頭を下げる。
「…たおやかで慎ましい、随分と令嬢らしい方なのですね」
一見褒め言葉の様に聞こえるが、彼女の雰囲気からはとても良い意味には思えなかった。
この方は私のことが嫌いなのだろうか。
…会話したこともなかった私を?
「先日もあなたはここにやって来られましたね」
「ええ、そうね」
「あの後だって、訓練にならないくらい大変だったのですよ?…アレスは婚約者の存在を隠していましたので、その後は周りの騎士から質問攻め。もう少し自分の行動を省みられてはよろしいのでは?」
そんな言葉にはさすがの私も腹が立ってしまう。
「アレスが私の存在を隠していたなんて知りませんでした。それに、隠すようなことでも無いのですから知られたって別に構わないのでは?それでアレスが質問攻めにあって苦労したと言われても、そんな大切なことを隠していたアレスにも非があるわ」
「あなたは自分の責任をアレスに押し付けるのですか?」
どこまでもアレス中心に物事を考える彼女。
なんだか自分が責められていることよりも、彼女がアレスをそこまで慕っているという事実に胸が苦しかった。
「責任を押し付ける?そうね…私たちはいずれ夫婦になるのですから、お互いがお互いを支え合うのは当たり前じゃない?」
今回の件に関しては特段誰かが悪いことをしたというわけではないけれど。
責任を追求する程のことでもないはずだ。
「っ、あなたは傲慢だ。アレス程の男がどうしてあなたを選んだのか私には理解ができない」
「アレスも私も、そんなことを第三者に理解して欲しいなんて微塵も思ってないわ」
お互いがわかっていればそれでいい。
「っ、そんなに思い合っている自信があるのに、あなたはまだ足りないのですか?婚約者の職場にまでわざわざやって来るなんて…」
「満ち足りてはいるけど、もう一度アレスのかっこいい姿を見たかったのよ。それに、訓練場は立ち入りが禁止されているわけではないから問題ないでしょう?」
「冷やかしなら帰ってください!あなたのせいで他の騎士達も集中できなくなっているのですよ!」
怒りで赤くなった顔で、マーナさんはそんなことを叫ぶ。
確かに、真剣に訓練する彼らにとっては冷やかしととられても仕方ないのかもしれない。
…今日はもう辞めておこうか。
これ以上ここにいても騒ぎになって、それこそアレスやほかの人たちに迷惑がかかる。
そう思って、帰る旨を告げようとした時だった。
「女性が一人訪れただけで訓練に支障をきたしてしまうのは、一重に彼らの甘さが原因なんじゃないかな?」
そんな声が背後から届いた。
「ロイド様?」
「やあルイーゼ、ご機嫌よう」
ロイド様はいつもと変わらないにこやかな笑みを浮かべて片手をひらひらと振っている。
「…殿下がどうしてこんなところに?」
マーナさんが眉間に皺を寄せて尋ねる。
「私はただ執務室の窓からルイーゼとアレスの執事の姿が見えたから、休憩もかねて外に出てきただけだよ」
「…お仕事の邪魔をしてしまいましたか?」
「いや、ちょうど休憩にしようと思っていたところだったから。ルイーゼの顔も見たかったしね」
どこまでも甘さを含んだ声でそんなことを言われては少しだけ照れてしまう。
社交界のご令嬢達が虜になってしまうのも納得だ。
「さて、君の言い分は私も聞かせてもらったが、自分達の不甲斐なさを棚に上げてルイーゼばかり責めるのはお門違いだろう」
マーナさんに向き直ってそう告げたロイド様に、彼女は唇をぐっと噛み締めて俯く。
「ここにいる皆もよく聞け。ルイーゼ・コルネイ侯爵令嬢は、副団長アレスがその存在を大切な仲間にまで隠してしまう程溺愛している娘だ。もしも彼女に気を取られて訓練に手を抜いていたことがあの男に知られたらお前達もタダでは済まない。きっとあの執念深い男は訓練にかこつけて、騎士団の皆々を容赦なくしごき倒すことだろう」
声を張り上げてロイド様がそう宣言すると、あちらこちらで小さな悲鳴のようなものが聞こえてくる。
「ルイーゼ!?それにロイドも、こんなところで何してるんだ!?」
そんなタイミングで現れたのは、渦中のアレスだった。
「やあアレス」
「ロイド、どうしてお前がルイーゼとこんなところにいるんだよ…ルイーゼも、来ちゃダメだって言ったのに」
拗ねた様にそう言う彼。
「私がルイーゼを呼んだんだよ。戦争に勝ったのはいいけど、その分属国が増えて最近は執務も大変でね。ルイーゼと休憩がてらお茶でもしようかなって」
…ロイド様、あなたは救いの神ですか。
「なんでお前がルイーゼを呼ぶんだよ。ていうか、なんか珍しい組み合わせ。ルイーゼ、マーナと何か話してたの?」
そんな言葉に私はにこにこと笑うだけで明確な返事を返さない。
マーナさんの肩がぴくりと小さく跳ねるのが見て取れた。
不思議そうな顔を浮かべるアレスは、マーナさんが私を嫌悪しているなんて思いもよらないのだろう。
信頼しきっているそんな姿に、態度には出さないが内心ムッとしてしまう。
「アレスは、割と愚か者だよね」
「何それどういう意味?」
「ルイーゼのこと大切にできないなら、私がもらっちゃおうかなって」
そんな言葉には私まで目を見開いてしまう。
ロイド様はなおもにこにこと楽しそうに笑っていて、冗談なのか本気なのかわからない。
アレスは表情を歪めてロイド様を睨んだ。
「そういう冗談ほんと嫌いなんだけど?」
「冗談じゃなかったらいいの?」
クスクス笑うロイド様と余裕のないアレスはひどく対照的だった。
「…体調が優れないので本日は早退させて頂いてもよろしいでしょうか、王太子殿下」
「次の休みに私の執務を手伝ってくれるなら許可するよ」
「ロイドお前って本当いい性格してんね。それでいいよもう…ルイーゼ、帰ろう?」
アレスに手を引かれ、私はその場を後にした。
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