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きらいにならないで
しおりを挟むその日、アレスは妙に消沈した様子で屋敷に帰宅するのだった。
「…何かあった?」
「ルイーゼ、俺…っ、ごめん」
突然頭を下げて謝罪を口にする彼に思わず目をぱちぱちと瞬かせる。
謝られる理由なんて皆目見当もつかなかった。
「えっと、浮気でもしたの…?」
恐る恐る尋ねた言葉に、目の前のアレスが両頬に手をあてて絶句する。
「っ、…」
「えっ、本当に…?」
「ちがう!!ちがうけど、マーナのことで、君を傷つけた」
アレスが苦々しげに話す。
「騎士団の仲間だからって、距離感を間違えた。俺がルイーゼだったら、わけわかんないくらい嫉妬するに決まってるのに…」
「いきなりどうしちゃったの?昨日はあんなにケロッとしてたでしょう?」
急な変容にこちらが戸惑ってしまう。
首を傾げる私に、アレスは苦しげな表情で口を開いた。
「俺にとって、ただ一人ルイーゼだけが傍で守りたい特別な女の子で、それ以外は正直男とか女とか気にしたこともなかったんだ」
「…へっ?」
「俺の世界は、どこまで行ってもルイーゼとそれ以外でしかないから。…まあ、ゼノやロイドなんかは周りよりも頭一つ分抜きん出てるかもしれないけど、やっぱりルイーゼだけが特別」
真剣な瞳でそんなことを言うアレス。
その言葉を受け入れられるくらいには長い間大切に築き上げてきた信頼があった。
彼は私に嘘をつかない。
だから、マーナさんとのことがあっても、絶望せずにいられた。
離れていた二年で少しだけ臆病になってしまっていたが、アレスが私を裏切る姿なんて想像もできなかった。
「けどさ、そんなのはただの俺の独りよがりで、ルイーゼには俺の気持ちなんて関係ないって気づいたんだ」
「…えっと」
「もう絶対ルイーゼに悲しい思いはさせないから…俺のこと嫌いにならないで欲しい」
それは、随分と突拍子もない言葉だった。
「嫌いになんて、なるわけないよ」
私がアレスを嫌いになる未来なんて、絶対にありえない。
彼にとってそうであるように、私だってアレスだけが特別で、目に入れても痛くない程には愛してしまっているのだ。
私以外に彼を特別に思う女性がいて、それを彼が気づきもせず平然と接している姿に嫉妬する気持ちは嘘では無いけれど、それでも、そんなことがあったって私がアレスを拒絶なんてできるわけがない。
…どうして、最愛の人を自分から手放すの?
「大好きよ、アレス」
「っ、俺も、ルイーゼだけを愛してる」
「うん、知ってた」
___そんなこと、とうの昔にわかってるんだ。
■□▪▫■□▫
アレスが休日の今日、私は使用人にお気に入りのドレスを家から運んでもらってめいっぱいのオシャレをした。
「可愛い、本当に可愛い!ルイーゼが世界一可愛い!!愛しすぎて俺だけのものにしてやりたいっ、ああもう俺のものだった…!何この真っ白な肌、瞳なんてきらきらのくるっくるなんだけど…唇だって赤くて小さくてプルプルで食べちゃいたい…」
「アレス…あの、もういいから」
興奮したように私を褒めちぎる彼。
初めはアレスのためにオシャレをして、褒められて嬉しかったけど…なんていうか、お腹いっぱいです。
それに、最後の方は少し気持ち悪い。
「もう、アレスが休みだからデートしようって言ったから嬉しくて張り切ったのに、このままじゃ時間がなくなってしまうわ」
「嬉しかったの?ええ、なにそれめちゃめちゃ可愛いね?どうしようこんなルイーゼを男が大勢いる外の世界になんて連れ出していいのかなぁ…やっぱり今日は家の中で二人っきりでイチャイチャする??」
そんなことまで言い出す彼にため息をつく。
「真面目に聞いてくれないならもうアレスなんて放ってルーカスとデートしてくる」
「ちょっ、ルイーゼ様ぁ!?急にこっちにそんな大変な爆弾投下してくるのやめてくれます!?アレス様、嘘ですからね!?そんなどす黒い笑顔向けないで!?」
焦った様な執事の声と白目を剥きそうな程真っ黒な笑みを浮かべるアレス。
「…こんなことならアレスのためにオシャレなんてしなきゃ良かった」
楽しみにしてた分出だしからうまくいかない状況に悲しくなってきた。
「えっルイーゼ…そんなしょんぼりとした顔しないで!?ごめんね、俺ちょっとルイーゼが可愛すぎて冷静さを失ってただけだから!ほら、デート行こう?今日は二人っきりでいっぱい楽しいことしよう?」
「……うん」
「今日はルイーゼを世界で一番幸せにするって決めてるから、楽しみにしててね?」
玄関先でぎゅうっと抱きしめてくるアレスになんとか機嫌を取り戻した私だった。
アレスのエスコートで乗り込んだ馬車はしばらくの間大通りを駆け、そしてようやく賑わいのある場所でその動きを止めた。
「わあ、シャンリーゼ通り…初めて来た」
シャンリーゼ通りとは、最近貴族の間で人気なスポットで、美味しいカフェやレストラン、服飾店や宝石店まで置かれている大きな通りだった。
「初めてなの?それは良かった。おすすめのカフェ教えてもらったんだ~。そこ行ってお腹満たしてから買い物しよう?」
「うん、ありがとうアレス。ところで、おすすめって、誰に聞いたの?」
アレスが私のために誰かに尋ねてくれたのだと思うとすごく嬉しかった。
「……ロイドだけど」
「そうなんだ、ロイド様なら素敵な場所をたくさん知ってそうだもんね」
そう言うとアレスが少し拗ねたように唇を尖らせるのがわかった。
「別に、ロイドに手を借りなくたって何の問題もなかったけど…今日は絶対失敗したくなかったから」
「ふふっ、私のためにたくさん考えてくれたんでしょ?嬉しい」
私の言葉にアレスは照れたように頬を赤く染め、目元を細め優しい笑みを浮かべていた。
やって来たカフェはこの国の王太子がおすすめするだけあって、本当に素敵なところだった。
宝石の様にみずみずしく輝くフルーツタルトに、渋みなんて微塵も感じさせない甘く程よく酸味のある紅茶。
「うぅ、美味しい…こんなに美味しいタルト食べたことない。連れてきてくれてありがとう、アレス」
「ルイーゼが喜んでくれて良かった。ふっ、口元にカスタード付いてるよ?」
そう言ってアレスは私の唇の端を指で拭うと、そのままパクリと自らの口に指を運んでしまった。
「アレス…そういうのは恥ずかしいから」
「ルイーゼが絶賛するタルトが俺もちょっとだけ気になっちゃって」
「だったら一口あげるからっ!」
何も私の口に付いたものを味見しなくたっていいのに…!
「じゃあ、あーん」
「アレス…?」
大きく口を開いて待機しているアレスに、驚いて目を丸くしてしまう。
もしかしなくても、食べさせろってこと?
「自分で食べて」
「え~どうして?いつもは可愛くあーんしてくれるじゃん?」
「でも、人目があるから…」
ここは活気のあるカフェの一角で、お客さんは私達以外にもたくさんいる。
「誰もみてないって。というか、他のやつらもカップルばっかりだから…ほら、あそこの客も人目もはばからず食べさせ合いっこしてるよ?」
「っ、でも…」
「じゃあルイーゼはそのままフォーク持ってて」
そう言ってアレスはカトラリーを持ったままの私の手をぐっと掴むと、一口台にタルトを切ってそのまま自らの口に運んだ。
「あっ、ほんとだめちゃくちゃ美味しい。ご馳走様、ルイーゼ」
「…アレスには羞恥心ってものが足りない」
「ルイーゼはちょっと持ちすぎてるかもね?」
悪戯っぽく笑うアレスにいつも以上に早まる胸の鼓動がうるさかった。
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