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王子様とお姫様
しおりを挟む馬車に乗って船に乗って、遥々やってきた隣国は想像よりもずっとずっと素敵なところだった。
港町には市場があって、こんなにも活気の溢れる場所に来たのは初めてだ。
護衛のダンに頼んで、少しだけ市場で道草を食ってみる。
「すごい!美味しそう!!」
港町らしく、海鮮が名産であるこの国ならではの屋台には、甲殻類や貝類の串焼きが並べられている。
「ダン、おいで!これは食べなきゃいけないと私の胃袋が言っているわ!!」
「ちょっ、ルル…お嬢様、引っ張らないでください」
ダンの腕をぐんぐん引いて屋台の前に足を運ぶ。
愛想のいいおば様にお金を渡して、エビとホタテの串焼きをいただいた。
「どっちがいい?!」
「…どっちもお嬢様が召し上がったらいいじゃないですか」
「ならエビね、はいどうぞ!」
ぐっとその口にエビの串焼きを押し付けると、観念したように口を開くダン。
不機嫌そうな表情は相変わらずだ。
昔から変わらない私の護衛は、こんなところまで着れてこられたことが不満なのだろう。
当たり前の感情に申し訳なく思う。
…だから思いっきり甘やかして、楽しんでもらって、案外悪くないかも、なんて気持ちにさせられたらいいのだけど。
「美味しい?」
「…うまいです」
もぐもぐと咀嚼するダンに、私も串焼きを一口齧る。
香ばしく焼けたホタテに、粗塩がいい塩梅にエッジを効かせていてすごく美味しい。
塩もこの国の特産品なだけあって、磯の香りをたっぷりと含んだそれは、祖国のものとは一味違うらしい
「ははっ、お嬢ちゃんいい食べっぷりじゃないか!そんなにうまそうに食べられちゃおまけしないわけにはいかないね!」
愛想だけでなく気前もいいおば様だ。
イカ焼きと白身魚の串焼きまでつけてくれた。
「ふふ、とっても幸先がいいわ。はい、今度は白身魚をあげる。ダンは私が言っても好きな方を選んでくれなそうだから」
「……お嬢様は能天気すぎます」
「うん、ごめんね」
追放されたのにへらへら笑って隣国を楽しんでしまっている私は、きっとダンから見るとひどく間抜けに思えるのだろう。
現実を理解できない脳内お花畑女ってところ?
めそめそしていたって仕方ないと考えてしまう私は、そこそこ冷めている人間なのかもしれない。
だけど、祖国ではこんな自由はなかったのだから、浮かれるのも仕方ない。
一国の王女として、公爵令息の婚約者として、公務に学園での学業、それ以外の時間のほとんどを王宮でのマナーや政治、様々な分野のレッスンに費やしてきた。
既に一通り習得済みとは言え、この国では学園での授業さえ受けていたら他は自由。
寮生活に講師の先生まで持ち込むわけにはいかないでしょう?
「…何にやにやしてるんですか」
「ふふ、楽しみで」
「はあ」
近くにあったベンチに座ってダンと仲良く舌鼓を打つ。
ダンは、護衛中だからと頑なに座ろうとしなかったけれど。
潮風の香りと暖かい日差しの中、ぽやぽやとした気分で微睡んでいた。
港町というものは、貿易が盛んで活気が生まれる反面、異文化交流や金銭のやり取りも盛んになり、勿論、いざこざだって他の地域よりも起こりやすい。
しかしながら、この場所はどうだろう。
問題どころか、集まる人々は笑顔に満ち溢れており、明るい声が至る所から聞こえてくる。
良い国だ、心からそう思った。
良い政治、良い人、良い資源、様々なものに恵まれた国。
「どうなることかと思ったけど、いい経験になりそうだわ」
「結局勉強するんじゃないですか」
「見聞を深めるだけよ」
座学でみっちり詰め込まれる政治経済と実際に自分の目で見るものとでは、その価値も重さも違う。
ザアァ
ふいに強い海風が吹いたその時、
「…あいしゅ」
今にも泣き出しそうな、か細い声が耳に届いた。
視線をやると小さな女の子が膝を擦り傷だらけにして立ち竦んでいる。
どうやら、先程の強風で転んで買ったばかりのアイスクリームを落としてしまったらしい。
「あらまあ、」
「お嬢様」
厳しい目つきのダンに思わず苦笑が漏れる。
「幼子一人見捨てるようでは、祖国の名に傷がついてしまうわ」
「お嬢様が隣国からやってきたなんてこの場にいる誰一人として知りません」
「…身の危険を心配してくれているのなら、ダンも一緒に着いてきてくれない?」
彼の大きな溜息は一体今日何度目だろうか。
「ご機嫌よう、小さなお姫様」
「ふえっ…」
「可愛らしい瞳をそんなに真っ赤にしてたら、うさぎと間違われてしまいそうね」
しゃがみこんで膝についた砂粒をハンカチで優しく落とす。
綺麗に補正された石畳のおかげで、傷口に小石が入っている様子は見られない。
この様子じゃ、跡も残らずに治るだろう。
水筒の水で浸したハンカチで傷口を拭うと痛みがあるのか目いっぱい顔をしかめる彼女。
「泣かずに我慢できて強い子だわ。そんないい子には私のとっておきの傷当てを巻いてあげちゃいましょう!」
ポーチから取り出したのは、最近流行りの可愛らしい傷当て。
染めた布に薬草を染み込ませた処置道具だった。
こんなこともあろうかと、私お手製のうさぎちゃんの刺繍入りである。
「うさちゃん…!」
「このうさぎさんがあなたの痛いのを綺麗さっぱり食べちゃうんだから」
「うさちゃん、つよい!!!」
泣き顔はどこへやら、真ん丸な瞳をきらきらと輝かせるその子が微笑ましくて笑みが零れる。
「ありがと~、おねえちゃん」
「どういたしまして」
上手にお礼を述べる彼女の頭を撫でていると、ふとその表情が曇り始める。
「おねえちゃん、おようふくが…」
言われて自身のワンピースを見ると、石畳に裾を思いっきりつけてしまったせいでわずかに黒ずんでいるのがわかる。
それと、ほんの少しのアイスクリームも。
「…せっかくお姫様みたいなのに」
「ふふっ」
お姫様みたい、なんて初めて言われた。
お姫様扱いは何度もされたことがあるけれど。
「大丈夫よ。お姉さんは、お姫様をやめちゃったの。だからもう煌びやかなドレスだって、豪華な宝石だって要らないのよ」
必要以上に、自身を、そして祖国の豊かさをアピールする必要だってないのだ。
「だから、要らない宝石を換金したこの金貨で、新しいアイスクリームだって買って来れるわ…そうでしょう?ダン」
「……嫌です」
「少しくらい平気よ」
「俺、お嬢様の護衛ですよ?」
「足を怪我した女の子を引き連れて露店に行くわけにも行かないでしょう?わがままはこれ切りにするから…ねえ、お願い」
露店は目と鼻の先。
見えるところにいる約束で、彼は後ろ髪を引かれながらアイスを買いに行ってくれた。
…任務中の彼には、申し訳ないことをしてしまった。
だけど、目の前の幼子の笑顔には何物も変えられないと思うのだ。
「ねえねえ、お姫さま」
「お姫様ではないのよ」
「ううん、こんなにきれいでやさしいんだから、ぜっっったいにお姫さまよ!あのね、お姫さま」
夢見がちな少女が、言葉を続ける。
「お姫さまの王子さまは、どこにいるの?」
「もう、いないの」
脳裏に浮かんだのは、幼馴染として同じ時間を過ごしてきた婚約者の顔。
恋人のような甘い感情はなかったけれど、家族同然のような情はあった。
だけどそれは私だけだったようで、突然現れた彼女の手を取った婚約者に、私はひどく…
_____落胆した。
私はお姫様ではないし、彼だって王子様ではなかった。
目の前の幼子風に言うなら、そうだろう。
私からすると、志を共にしていると思っていた相棒に裏切られたという思いに近いけれど。
だから、心にぽっかりと穴が空いてしまったような気持ちになるのも無理はないのだ。
「私が、そなたの王子になりたい!!!」
真後ろで、半ば叫ぶような、そんな声が聞こえた。
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