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女神と悪女
しおりを挟む「はい…?」
突然の声に振り返ると、フード付きの外套を着込んだ男性が立っている。
…彼は今、なんと言ったかしら?
聞き間違いでなければ、
私がそなたの王子様になりたい、なんて、やけに甘ったるい言葉を口にしていたようだけれど。
正体を隠したその人に、ダンが私を庇うように背に隠す。
腰に提げた剣に手をかけているのが見えた。
「殿下、いきなり何をなさっているのですか!!」
「っ、私は…これは、その」
我に返ったのか、あわあわと狼狽え出すその人。
どうやら、先程の言葉は本意ではなかったらしい。
フードの隙間から少しだけ見える頬が、露店で見た茹でダコのように真っ赤である。
「殿下…?」
「っ!?いや、私は決して殿下なんて呼ばれていない!!聞き間違いだ!忘れてくれ!」
姿を隠したり殿下なんて呼ばれたり、なんだか貴いお方なのは間違いないようで、関わり合うのは少々面倒だ。
忘れてくれと言うのならちょうど良い。
「そ、そなたは…どこの家の、そのワンピース、シンプルだが質が良いのはひと目でわかる。レースだって、隣国で流行のものだろう」
「…詳しいのですね。あの、貴方も私も、お忍びのようですので、今日のところは、正体を明かすのはよしておきませんか?」
「うぐっ、そ、そうだな」
なんとか納得してくれたようで有難い。
「…また、会えるだろうか」
「そうですね、ご縁があれば。その時はお互い自己紹介ができたらいいですね」
にこりと笑って答えると、またもやぽぽぽっと頬を染める彼。
顔はよく見えないけれど、なんだか可愛らしい人だ。
「殿下、行きますよ」
「ああ、わかってる。では、その、また会えることを…心から願っている」
見ず知らずの私との再会を願うだなんて、随分と酔狂な人だと思った。
悪い方では無さそうだから、友人になれたら面白いかもしれない。
殿下だなんて、ひどく聞き慣れた響きだけれど、王族…では、ないわよね。
考えても仕方の無いことで頭を悩ませるのはやめておこう。
「おねえちゃん、アイスありがとう!またね」
「ええ、今度は転ばないように気をつけるのよ?」
「はあい」
ぱたぱたと走っていく彼女に少しだけ不安になるが、聞いたところによると両親が近くで露店をやっているらしい。
帰るだけなら安心だろう。
「さて、寄り道はもう十分でしょう。行きますよ」
「付き合ってくれてありがとう。あと少し、よろしくね」
■□▪▫■□▫▪■□▪▫
Side ?
その夜、海のような碧い瞳を子どものように輝かせながら、青年は口を開いた。
「…美しくて、心根の優しい女性だった。まるで地上の女神じゃないか!」
「殿下、落ち着いてください」
淡々とした口調で彼の従者は返事を返す。
「彼女は、どこの家の御令嬢だろうか。どんなパーティーでも見覚えがない。幼子を助けるために自ら地に膝をついていた…それに、あの笑顔、あの優しい声…」
「殿下、落ち着きましょう」
「…そして、あの憂いに満ちた表情。彼女の王子はもういないとは、一体どういう意味だろうか」
「……はあ、男に振られでもしたのでは?」
それは、案外的を射たもので、そんな従者の言葉に王子は絶句する。
「どこの不届き者だ!あんなにも素敵な女性を振るなど、見る目がないにも程がある!!」
「知りませんよ」
「私は、彼女を妃にしたい。こんなこと思ったのは、初めてだ。これが……恋というものか」
「初恋ですね、おめでとうございます」
「まるで雷に撃たれたような衝撃だ。ジェイソン、絶対に彼女を見つけ出そう。彼女は私の運命だ」
「…久しぶりに駄々っ子モードですね。はあ、いつもの冷静沈着な殿下はどこへやら」
王宮の一室で、目を輝かせる王子に、従者は小さくため息をつくのだった。
「浮かれるのはよろしいですが、明日はとうとうかの国の王女を迎える日ですよ」
「…ああ、わかっている」
一気に声のトーンを落として、王子は眉間に深い皺を寄せる。
「はあ、国王陛下も一体何を考えているのか。あんなことを仕出かした王女を…。元平民だからと言って、同じ学園に通う令嬢をひどく虐げたのだろう?」
「…こちらの学園は、難関の試験さえパスできれば平民も貴族も関係ないと言うのに、余計な火種を抱えてしまいましたね」
「私と同じクラスになったのも、問題が起こらないよう監視しろという陛下のご意思だろう。全く、厄介な」
王子は、嫌いだった。
貴族だからと言って横暴な振る舞いをするような人間が。
それが自分と同じ王族であるなら、なお一層のこと。
「国とは、人があってこそ。平民を、貴族を、自国の人間を虐げるような人間に、王族の資格はない。そんな人間を、私は心底軽蔑するよ」
「ええ、貴方はそうでしょうね。そんな殿下だからこそ、私も、この国の民も、慕い敬い、ついて行こうと思うのですよ」
夜は更ける。
_____まだ見ぬ明日を迎えるために。
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