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残酷な婚姻
しおりを挟む______愛している人と結婚したからと言って、必ずしも幸せになれるとは限らないらしい。
結ばれたばかりの夫は、心から私を軽蔑するような瞳で口を開いた。
「僕のことは、君の好きにしてもらってかまわない。君が命じるなら、どんな愛の言葉だって囁くし、本心から君を慕っている様に振る舞うことだってできる。ただ、あの子に酷いことをするのはやめてほしい…頼む」
最愛の人からそんなことを言われてしまうなんて、夢にも思わなかった。
私なりに彼を尊重して、少しでも彼に不自由させないよう気を回してきたつもりだった。
彼は…フィリップ様は、私が幼い頃から恋焦がれて止まなかった人で、これは奇跡のような話だけれど最愛の旦那様でもある。
きっと彼は私との婚約なんて望んでいなかったはずだ。
そんなことはわかりきっている。
ただ、彼には選択肢すら与えられなかったというだけ。
資産運用に失敗してすっかり困窮してしまったフィリップ様の家族、スタイン侯爵家は、きっと彼の意思なんて無視してこの結婚をまとめてしまったのだろう。
申し入れを行ったのは我が家だ。
私が、それを望んだ。
領地だって爵位だって、お金で買い取ったもの。
一代で莫大な富と権力を築き上げた我がオルティス男爵家は、所謂成り上がりと呼ばれ、格式重視の貴族社会ではあまり歓迎されるような存在ではなかった。
家のために犠牲になったフィリップ様。
決して恋愛結婚ではなかったけれど、彼との距離を少しでも縮めようと頑張ってきたつもりだ。
食事のメニューには彼の故郷の料理を取り入れたり、執務の休憩の際には彼が昔好きだったハーブティーを用意したり。
たまにお茶に誘ったのだって、彼のことをもっと知りたかったからだ。
そうして、私のことも、少しずつ知ってほしかった。
勿論、ゆっくりと愛を育めていければ、それはとても幸せなことだと思うけれど…彼の言うように、無理を通して彼をどうこうしようだなんて微塵も思ってなんていなかった。
「…そんなこと、望んでいませんっ」
「では、どうしたらいい…どうしたら君は、ハンナを傷つけるのをやめてくれる…?」
ハンナと言うのは、彼の侍女の名前だった。
彼がスタイン侯爵家から唯一連れてきた使用人で、彼の乳母だった女性の娘なのだという。
幼馴染のように育った特別な人であることは、フィリップ様がこの家にやってきた時に聞き及んでいた。
「私、彼女を傷つけてなんて…」
「君にとっては彼女なんて些細な使用人の一人に過ぎないことはわかってる。だけど、僕にとってあの子は妹のような存在なんだ。どうか理解して欲しい」
「ええ、わかっています。貴方の大切な方は、私にとっても大切な方です」
自分よりもずっと近しい距離にいる彼女に心がざわつかなかったわけではないけれど、それでもぐっと気持ちを押し殺したのはフィリップ様があの方を心底大切にされていたから。
愛する人が傷つくとわかっていて、どうして彼女に手が出せるというのだ。
それに、彼女を傷つけた瞬間、彼は二度と私を見てはくれないと思った。
諦めの悪い私は、フィリップ様と愛し合いたいと、心の底からそう願ってしまっている。
「その言葉が本心であることを願うよ。泣き虫なハンナは、僕のためにこんなところまで着いてきてくれた。あの子に何かあれば、僕は乳母に顔向けできない」
こんなところ。
そう言った彼に、この結婚が彼にとって忌むべきものであることが手に取るように理解できた。
それでもフィリップ様を手放すことができない私は、最早言い逃れすらできない悪女なのかもしれない。
彼の現状にハンナが傷ついているというのなら、フィリップ様が言ったこともあながち間違いではないのだろう。
そんなことを考えて、思わず自嘲的な笑みが漏れた。
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