その男爵令息は一筋縄ではいかない。

のんのこ

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絶対教えてやらないけど

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馬車を走らせ、イアン様の家に到着すると、彼の家の使用人に案内されるまま執務室に通される。

「イアン様はご機嫌ナナメな様子ですので、ジゼル様どうかよろしくお願いします」

家を取仕切る執事長にそう言われて、少し不安になってしまった。

機嫌、悪いのね。


トントン、

扉をノックしてみると、小さく返事が聞こえ私はそっと中に足を踏み入れた。

彼は執務机の椅子から立ち上がると、ゆっくりとこちらに向かってくる。


「…アンタは、人に考える時間も与えてくれないわけ?」

嫌そうな顔に怯んでしまいそうになるが、なんとか自分を奮い立たせる。


どう返そうか迷っていると、彼は言葉を続けた。



「嘘だよ。アンタが帰ってから今までずっとさっきのこと考えてた。俺の答えはちゃんと出てるから、むしろタイミングが良いくらい」


イアン様が出したという答えに嫌な予感しかしなかった。

伊達に彼と多くの時間を共有してきたわけじゃない。



「その答え、考え直してくれたりは…」

「答えも聞かずに何言ってんの?まぁ、大体想像してることはわかるけどさぁ」


ぐっと唇を噛み締める私を、彼は呆れたように見つめていた。



「アンタは俺なんかやめて、王太子と結ばれた方が幸せになれる。俺だって王太子と無駄に争いたくなんてない」


予想通りの言葉を口にする彼に、じんわりと瞳に涙が溜まっていくのがわかった。

もう、遅いのだろうか。


思わず俯いてしまうと、ふっと小さく鼻で笑うような音が聞こえた。



「そう言おうと思ってた」

「…え?」



「でもさぁ、アンタ手放すの、なんか惜しくなっちゃったんだよねぇ」


彼が口にする言葉が信じられなかった。

驚き目を瞬かせる私なんて気にしない様子で、イアン様は話を続ける。


「それこそ、王太子に喧嘩売るのも辞さないくらい。どうしてくれんの?アンタは自分と結婚するメリットをゴリ押ししてたけど、このままじゃアンタと結婚することで国のトップ敵に回して簡単に人生終わっちゃいそうなんだけど?」


嫌味ったらしい言葉を、優しげな笑みで告げられて、頭が混乱してしまう。

何かが吹っ切れたような、そんな爽快さを含むような素敵な笑顔だった。



「で、アンタはやっぱり俺と婚約解消したいわけ?」

「っ、したいわけないじゃないですか。だってそれは、イアン様が私を嫌いなんておっしゃるから!」


だから、勢い余って婚約解消なんて言ってしまっただけで…




「うざい、なんて言葉で傷つくことはありません」

褒められた物言いではないけれど、それは最早イアン様の口癖のようなものだ。



「だけど…嫌いは、ダメです。イアン様だけには、そんなこと言って欲しくないっ」


「うん、わかった。ごめんね」

拍子抜けするくらい素直に謝罪の言葉を述べる彼に、どうしてかひどく胸が苦しい。


「もう言わないから、アンタも婚約解消なんて言わないでよね」

「…っ、はい」


こくりと頷くと、彼はほっとしたように小さく息を吐いた。


そして、そっと私の手を引き、自らの腕の中に私を閉じ込めてしまう。

背中に回された腕、肩口に感じる吐息が妙に熱を持って感じられる。


高鳴り始めた鼓動に、胸が甘く痛んだ。



「あの、イアン様…?」


「アンタの不満はそれだけ?俺に嫌いって言われるのやだった?」

「…今のところはそれだけですが」


聞こえる声が湿り気を帯びて、私の耳を擽る。



「了解。だったら今度は俺の不満も聞いてくれるよねぇ?」

表情は見えてないはずなのに、蠱惑的な笑みを浮かべる彼がありありと想像できた。

何を言われるのか、背筋に冷や汗が伝う。


私の不安をよそに、彼は口を開くのだった。




「キスしたのに、なかったことにされようとしたの、あれすっごいムカついた」

「っ、だって」


あれはイアン様が困ってたから。


「そりゃ俺だってなんであんなことしちゃったのかよくわかんなかったけどさぁ…それでも、流しちゃうのはひどいんじゃない?」

「…ごめんなさい」


「それに俺ばっかり動揺して、アンタがケロッとしてたのも気に食わないよねぇ。なんなの、もしかしてそういうの慣れてるわけ?」


ぷんぷんと怒りながら不満を口にするイアン様は、堰を切ったように言葉が止まらない。


「慣れているわけないでしょう!あれはイアン様があまりに動揺してるから逆に冷静になってしまっただけです!私だって驚きました」

「驚いただけなの?」

「…どういう意味ですか?」

「別に」


核心的な言葉を漏らさないイアン様にわけがわからず首を傾げる。


「どうしてキスしたかも、わかんない?」

「イアン様にもわからないことが、私にわかるわけないじゃないですか」


「俺は少しわかったけどね。絶対教えてやらないけど」


この人は、天の邪鬼というか、意地悪というか。



「はあ、イアン様って時々すっごく子どもっぽくなりますよね」

「はぁ?キスの意味もわからないアンタに言われたくないんだけど?」

「だったら教えてください」

「やだ。アンタはそのまま一生悩んでなよ」


過去一番のしかめっ面は、私を抱きしめるイアン様の目に入ることはないだろう。

…悔しい。



「言っとくけど、俺の不満は終わってないからねぇ?なんなの、王太子から婚約を申し込まれたって、俺聞いてなかったんだけど」

「だって、教えたら婚約解消されるかもしれないと思って」

「そうかもしれないけどさぁ、そこは婚約者なんだからこっちに情報共有する義務くらいあると思うんだけど。だったら俺だってもう何があってもアンタに相談なんてしなくていいいわけ?」

「…話すべきでした。ごめんなさい」


これは私が悪い。

将来を誓おうとする相手にそんなに大切なことを隠してしまうなんて、どうかしてた。


逆の立場だったらすごく嫌だ。



「まあ、わかればいいけどさぁ。で?」

「で?とは?」


「アンタは、王太子に心揺らいだりしたの?」


思いかげない言葉に少し驚いた。



「心が揺らいだというか、イアン様に知られたら振られちゃうんじゃないかって怖かったです」

「ふぅん?そうなんだ」

なんだかいつもよりも上ずった声に、彼が内心喜んでいるのではないかと錯覚してしまう。


「私が殿下に心が揺らぐと、イアン様は嫌でしたか?」

「……」


黙ってしまった彼に少し調子に乗りすぎたかもしれないと後悔する。



「…アンタは俺の婚約者だから、例え王太子でも余所見しちゃダメでしょ」


弱々しい声で囁かれた言葉に、どうしようもなく胸が締め付けられた。

この感情をどう表現したら良いのかわからないけど、胸を鷲掴みにされたようだった。


おずおずとイアン様の背に手を回すと、ぴくりと彼の体が揺れる。



「最初から、イアン様しか見えてません」

「…それでいいよ」


「殿下は聡明な方だからきっと有り得ないでしょうけど、もしも国に居づらくなったら私と一緒に国外逃亡でもしますか?」

「この国の貿易の根幹は今や俺が握ってるんだからそんなことにはならないし、させない。あと、聡明な人間は婚約者がいる女に手を出そうとはしないよねぇ」


なるほど、イアン様の言葉も一理あるかもしれない。





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