本気の宇宙戦記を書きたいが巨乳も好きなのだ 〜The saga of ΛΛ〜 巨乳戦記

砂嶋真三

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起転承[乱]結Λ

71話 真名。

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 ホルスト・ジマの不正を追及したエルモライ・ザビエフが、無実の罪で自死に追い込まれた過去は、小邦ケルンテンにおける派閥力学が生み出した悲劇である。

 その死したエルモライには、ユリアという名の忘れ形見が居た。

 彼女が名を変えてオソロセアの外征軍司令にまで上り詰めた──という物語は人々を惹き付けたのだろう。

 当時の事情に通じた者は、エカテリーナ・ロマノフに故人の面影を見ていた。

 だが、ホルスト・ジマは異なる。

 ──ウォルフガング殿の話で全ての疑問が氷塊したわい。

 ズラトロク宙域に入ったと告げる船内アナウンスを聞き、ホルスト・ジマが薄目を明けた。

 ──あの女狐めの素性を探ると、ヴォイド・シベリアで事故死した浮浪者へ辿りつく……。
 ──つまりは、身許を偽装しているのだ。

 ところが、身上調査の厳しい軍で司令官職を拝命し、オソロセア政財界に強い影響力を保持するロマノフ家の庇護まで受けていた。

 ──化けて出たのかと怯えた日もあったが……。

 外征軍司令エカテリーナ・ロマノフは、エルモライ・ザビエフの忘れ形見ではない。

 ──やはり、娘であるはずがない──いや、なかったのだ。

 ホルストには確信がある。

 ──儂がこの手で殺したのだからな。
 
 ◇

 旧帝都、ケルンテン、各所で各人の思惑が交錯するなか──、

 聖都アヴィニョンを目指すトール・ベルニクは、少女艦隊が旗艦と定義するエンズヴィル型母艦ブリッジで同じ顔の少女達に囲まれていた。

 黒髪の少女Bユキハ以外は、髪色がバイオレットの少女Aである。

「ユキハさんだけ黒髪なんですね?」
「いえ、私も本来はバイオレットなのですが、染色して隠すようにとのカッシウス様の言いつけを守っております」
「隠す?」
「──バイオレットは、厄介事に巻き込まれる髪色だと」
「なるほど」

 女男爵メイドのマリ。
 クラブG.O.Dの歌姫。
 船団国で出会った贈歌巫女。
 写像で見たマリの母親と姉。

 ──そして、イドゥン太上帝か……。

 サンプル数は少ないが、カッシウスの言葉に一定の真実味を与えた。

「トール様の庇護下にある今となっては、本来の髪色に戻しても良いのかもしれません」

 そう言いながらも、黒髪に人差し指を通したユキハは、寂し気に視線を反らせた。

 ──以前のボクに何か思い入れがあるのかなぁ。
 ──確か、黒髪に妙な拘りがあったんだよね……。

 モンゴロイド系の商務補佐官リンファ・リュウに対し、過去のトールがセクハラとの誤解を招きかねない行動に出た理由でもある。

 << おい。何だか、シットリとお楽しみ中のようだが── >>

 照射モニタに現れたテルミナは開口一番憎まれ口を叩いた。

 彼女の隣には名前を言ってはいけない例の御方も並んでいる。

 << こちらへ向かっちゃいるようだな >>

 聖都奪還軍に先んじてアレクサンデルを救出する為には、テルミナへ与えた任務の成否に関わらずコンクラーヴェ終了までがタイムリミットだった。

 << まず、任務だが──済まん。失敗だ >>
 << いいや、成功さ >>
 << 失敗だ >>

 テルミナは失敗と告げ、ミセス・ドルンは成功と言う。

 << 野郎の名前を聞き出す前に、婆がグサリと息の根を止めやがった >>

「えっ!? エヴァン公のですか?」

 さすがのトールも驚愕したらしく、瞳を大きく見開いた。

 << 楽にしてやったのさ。どのみち死んでただろうからね >>
 << ──にしちゃ、絶妙なタイミングだったけどな >>

 口封じに殺したのだとテルミナは推測している。

 とはいえ、最後にエヴァンが口にした幾つかの音節は覚えていた。

 彼女にとって名前とは思えない響きだったが──。

「亡骸はタルタロスに?」

 救国の英雄たり得たかもしれぬ男の末としては余りに寂しい──と、トールは感じていた。

 << いいや >>

 七つ目の者達が、エヴァン・グリフィスの亡骸を聖巡船に運び込んでいる。

 << ボウヤは在るべき場所へ戻す。だから──まあ、成功なのさ >>

「──そうですか」

 既に結果を出ており、トールとしては状況を受け入れざるをえない。

 << どうせプロイスの寡婦から聞いたんだろうが、あんたもクルノフの秘蹟は諦めるんだね >>

「バレてたんですね」

 と、トールは頭を掻いた。

 << 当たり前だよ。ボウヤの真名を欲するってのは、そういう意味なのさ >>

 プロイスで七つ目の儀式を終えた後、トールは方伯夫人からクルノフの秘蹟に関わる話を聞いていたのである。

 << アンタにはまだ早いんだ。焦るんじゃない >>

「なるほど。わかりました」

 何が早いのかは理解できなかったが、ひとつ目の言葉にトールは素直に頷いた。

 << んじゃ、婆の話は終わりでいいな。任務失敗以外にも問題が二つばかり有る。まず、パリスの野郎が── >>

 大司教パリスが天秤衆の手に落ちたのである。

「もう一つの問題は、役立たずの荷物が増えちまった事だ」

 顰め面のテルミナが照射モニタの視点を動かすと、安モーテルのベッドでスヤスヤと眠る大男が映し出された。

 熊の息子、ジェラルド・マクギガンである。

 ◇

「結局のところホルスト殿は、何を仰りたいの?」

 エカテリーナ・ロマノフ先遣隊の旗艦へ押しかけてきた目の前に座る男は、人払いをさせた作戦会議室で要領を得ない世間話を繰り返している。

「内通者に関わる重用事と聞いて、自白するつもりかとわたくし感心していましたのよ」
「ハハハ。いやはや、提督は手厳しいですな」
「違いまして?」
「まあ、当たらずとも遠からず──と言ったところでしょうか」

 相手の意外な応えにエカテリーナは片眉を上げた。

「提督へ、全てを晒しに来たのですよ」

 直ぐに本題に入らなかったのは、代官ウォルフガングの話を裏付ける探りを、下らぬ世間話の中に織り交ぜていたからである。

 奸臣として生き抜いて来たホルストの得手とするところだった。

「別の偽りで真の偽りを糊塗する。ククク、実に周到で御座いましたな」

 故人を連想させるような言動と、少しばかり調べれば判明する素性の偽装、ケルンテンやコヴェナントに対するこだわり方もこれ見よがしだったかもしれない。

 全ての欺瞞は、とある事実を隠し切れていないかの様に、周囲の者達へ印象付ける事に成功した。

「エルモライ・ザビエフの忘れ形見と噂する愚か者達を、心の内では嘲笑っておられたのでは?」

 ホルストは席を立って床にひざまずき、氷の如く微動だにしないエカテリーナを見上げた。

「エリザヴェータ・オソロセア嬢」

 粘着質な声音の口上が響く。

「オソロセアの正統なる後継者、ボリス大公が御息女への拝謁叶いましたこと──」

 ホルスト・ジマは、小邦ケルンテンの家臣で終わるべき器ではない。

 彼はそう固く信じていた。

「光栄に存じますぞ」
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