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夫という称号

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旦那様がこんなにも表情を動かすところなんて、結婚してから見た事なかった、な。しばらく驚いてから、旦那様は落ち着きを取り戻したらしい。はんっと笑った。

「お前のような騎士風情が何が出来るという?ただの死に損ないが!!!」
「……僕はね?騎士の任務として他国に行っていたんだ。その他国でなんらかの地位を確立している可能性……考えないの?」

お兄様は思わずゾッとするような笑みを浮かべた。

「それにサシャへの物言い、これまでの態度……兄として恥ずかしく思うよ。ギルベルト、お前は彼女にふさわしくない」

ぐいと腰が抱き寄せられた。顔が、近い。男性経験のない私は、それだけで顔が赤くなってしまう。そんな私を見てくすりと笑うと、お兄様は愛おしげに髪を梳いた。

「彼女の夫という称号、僕がいただく」
「!」
「彼女の家族に事情はもう話している。了承は取れたよ……酷く怒っていた。お前にはリサちゃんとやらがいるんだろう?ならいいじゃないか。あとは……」

真っ直ぐな瞳で、見つめられた。

「君次第だ……返事は急がない。お互いもっと知ってからの方がいいだろう?」

パチリと悪戯っぽくウインクをする。お互いを、知る。政略結婚が当たり前のこの国で、聞いたことの無い風習だった。お兄様は続けた。

「僕が任務で赴いた土地ではね、みんな好きな人と結婚するんだ。お互いのことを知って、好きになって、愛してから。だって、生涯を共にする相手さ。慎重に選ばなきゃ……ギルベルトみたいなハズレくじ引いちゃうよ?」

旦那様の顔が真っ赤になった。拳が、笑っているお兄様の元へ飛んでくる。位置的に、お兄様は気付いていない。守れるのは、私だけーーそう思った時には、体が動いていた。

「お兄様、危ない!!!」

がんっと、鈍い音がして。頭がクラクラして。視界が、次第に暗くなって。思わず倒れ込む私を、お兄様が抱えてくれたことだけ、わかった。
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