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しおりを挟む近所のオーベルジュでランチのキャンセルが出たから、二人で食べに行こう、とNに誘われたのは、私(と叔母)が帰る前日の朝だった。予約が取れず、ごねていたらしい。
嬉しさのあまり、私はお礼を云うどころか、何を着るべきか彼に尋ね、それはほとんど詰問するような口調だった。
「ビストロみたいな店だから、気を遣わなくていいよ。ぼくも、このままで行くし」
その日の彼は、白地に空色のボーダーのTシャツ。デニムのパンツは、触れると指が染まりそうなほど濃いインディゴブルーで、腿の前の辺りだけ白く色落ちさせてある。
偶然にも、私もボーダーのTシャツに、白と黄色のブロックチェックのフレアスカート(黄色は青の補色!)を着ていた。
「ウエストの緩い服じゃないと、たくさん入らないわよ」
叔母のからかいは癪に障ったけれど、もっともなので、彼女が縫ってくれたAラインのワンピースに着替えた(淡い水色のそれは、『ロシュフォールの恋人たち』の姉妹を真似たボックスプリーツで作る予定だったが、難しすぎて諦めたようだ)。
彼はTシャツのブルーと同じ色味のワンピースを見ると、共犯者めいた表情で微笑した。
田舎風のプチ・ホテルには、歩いて七、八分ほどでたどり着いた。食堂のテラスの前に、ビーチが広がっている。穏やかな波の音。馴染み客ばかりなのか和やかな空気に包まれ、非常に居心地がよかった。
「どこよりも美味しい生牡蠣を、食べてもらいたかったんだ」
運ばれて来た岩牡蠣は大きくて、一粒でまあまあ満腹しそうだった。レモンを絞りながら、牡蠣の黒い縁取りが活き活き反応する様子を夢中で眺めた。彼の眼差がまっすぐ私に向けられているのさえ、気がつかなかったほどだ。
「ねえねえ」と彼は前ががみで私を凝視め「お世話ぬきに、バカンスは楽しめた?」
彼が過去形を使ったので、心臓がかすかに軋んだ。
「ええ、とても。とても素晴らしかった」
彼に倣って過去形で答えはしたが、本当は帰りたくなかった。ずっと彼のそばに居たかった。
「ああ、ほっとした」と彼は背中を椅子にもたせかけた。
「きみが幼稚園児の頃、従姉妹の結婚式で約束したの、覚えている?」
「あたしたち、約束したっけ」
「新婚旅行を羨ましがって、バカンスに連れて行けってせがんだの、記憶にない?レセプションで顔を見た途端に、どうしてだか思い出したんだよね。ここに招待したら、約束が果たせるじゃん、って。だけど、バカンスなんて言葉、どこで覚えたの?」
約束の相手は、本当に私だったのだろうか。初めて呼ばれた親戚の披露宴で、人見知りの激しい私は、ろくすっぽ挨拶も出来なかったのに。彼のテーブルは、近くではなかったはずなのに。
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