あなたのそばで猫になる

たかはし 葵

文字の大きさ
12 / 45

ビターココアなニューイヤーイブ

しおりを挟む
 昨日の行為がどうにも恥ずかしくて、次の日の私はなかなか伯母の家に向かう支度ができないでいた。
 本当は昨日の瑛士くんの態度が気になるくせに、気恥ずかしさの方が勝っていて。

 いっそ今日は行くのやめちゃおうかな。なーんてね。

 そうこうしている間に、スマホが彼からのメールの着信を知らせた。


『年末だから、さすがに部活も休み。今日はまだこっちに来ないの?』


 返事に迷う。


『行きます』


 またすぐにメール。


『そういえば、まだあのオルゴール、返してもらってない。あれは俺の、でいいんだよね』


 そう言われて、しばし悩む。
 返事に困るのは、勢いで告白したのは私だったクセに、自分に自信がないからだ。黙っていると立て続けにメールが来た。


『たまには俺がそっちに行こうか』
『今すぐ行きます』


 ちょっと慌てて返事をすると、オルゴールとクッキーを持って家を出た。“大晦日の今日ぐらいはスイーツ作りを休んでもいいよ”って言われていたけれど、このくらいなら。

 伯母の家に着くと、門の前に見覚えのない女性が立っていた。啓一お兄ちゃんの彼女さんでもない、知らないひと。


「ええと、瑛士の妹さん?」


 知らないふりをして門扉に手を掛ける私を見て、女性が話しかけてきた。


「いえ、違いますけど」


 ………ああ、貴女が例の元カノさんですか。

 とは言えないけど。やっぱり修羅場ってたんじゃないの。しかも何なのこのレベルの高さ。すごく綺麗じゃないの。でも社会人……には見えないような。うーん、微妙だ。


「親戚の方?中に瑛士がいたら、呼んで下さる?」


 ひぃ。太刀打ちできるのか、私。


「お、お待ちください………」


 あぁ、私のばか。

 伯母がいるのはわかっていたけど、常にロックのかかっているドアを合鍵で開け、そーっと二階へ。


「あのー………。瑛士くーん」
「何だよ、こそこそしちゃって。入れば?」
「いやその、外にですね、元カノさん?がいらしてますよ?」
「は?!あいつ、一体誰にここ……!ちょっとお前も来い」
「えええ、修羅場は嫌ですううぅ」


 否応無しに首根っこを掴まれて、玄関先に連れて行かれた。


「で?誰にここを聞いた?」
「中島先輩だけど?」
「あいつ、後で覚えてろよ……」
「その小さい子は親戚の子?どうして連れてきてるのよ」
「………こいつが俺の、彼女だからだ」
「……はぁ?どう見たって子供じゃない。瑛士の趣味はもうちょっと大人でしょう。嘘つくにしたって、あんまりじゃない?」
「嘘じゃないし、子供でもない。大して変わらないだろう。これでも二十歳ハタチだぞ」
「あら」


 “あら”って何だ、“あら”って。


「瑛士、実はロリ………」
「言うな。だから二十歳だって」


 二人の掛け合いについていけず、不安になって彼の服の裾をつまんだら、彼が私に微笑んだ。


「大丈夫だよ」


 頭をくしゃくしゃと撫でられると、子供扱いされているみたいで泣けてくる。
 悔しいから我慢するけど、私ってそんなに子供に見えるんだろうか。


「ねぇ、あなた、瑛士とはもう寝たの?」


 びくり。私にかけられたその言葉に肩が震える。
 彼はこれまで、色々な人と付き合って、色々な経験をして来ているのだろう。そんな事はわかっていたつもりだけれど。


「やめろ」


 彼が、低い声で小さく言った。


「だって、悔しい。瑛士に釣り合うように、大人っぽくなれるように、今まで努力したのに!瑛士の学年の先輩に負けないようにって、ずっと、ずっと………!」


 彼女は歯を食いしばって泣くのを堪えていた。
 私にもその気持ちはよくわかる。私だって努力で大人っぽくなれるなら、そうしたい。


「お前が認めなくても、俺にはもうずっと、こいつだけだ。気を持たせるつもりはなかった。そう見えたなら、ごめん」

「………誰にも靡かないって、知ってた。それでもいいって言ったのも私だわ。瑛士はずっと冷たかったし、この先もそういう態度を貫くのはわかってた。そういう人なんだって最初から……。それしか知らなかったから……。ねぇ、瑛士はあなたには甘いの?“好き”って言ってくれてるの………っ?」


 絞り出すような彼女の声に、喉が、胸がつまって、何も言えない。泣いたりなんかしないよう、さっきよりも強く、彼の服を掴むだけ。


「思わせぶりな態度をとった覚えはない。何度でも言うけど、俺にはこいつだけだ。もうここには来ないで」


 彼はあくまでも冷たい。こんな声、一度だって聞いた事があっただろうか。
 けれど私の頭を撫でる手は肩に回ると“大丈夫だ”って言うように、ぐっ、と力が込められる。やさしく、強く。
 私はほっとするように、息を深くついて、思わず後ろに回ってその背中にしがみついた。


「本当は、そういう子が好きだったのね」 
「君がこういう子でも、好きにはならなかったよ」
「キツいのね。はいはい、わかりました。帰るわ」
「うん、もう会う気はないから」
「ひど。中島先輩に文句言ってやろ。じゃあね」


 二人にしかわからない会話の後、彼女は背中を向けた。
 途端に脱力した。


「あー、ごめんな。巻き込む予定はなかったんだけどな。寒いから入ろう?」
「………大人っぽかった、私より」
「そうか?律よりふたつ上なだけだよ。今、四年生だから」
「え、えと、大学の後輩とか?」
「ん。サークルの後輩。さっき名前が出た中島ってのは俺の元同級生」
「ーーー瑛士くん、あのひとに凄く冷たかったね」


 思わず言っていた。


「そう?俺、誰にでもそうだよ。女子には大抵あんな感じだったよ、いつも」
「あんな瑛士くん、知らない……」
「知らなくていい。律に甘い俺だけ知ってればいいよ」
「よくわかんないよ……」


 そこには確かに私の知らない彼がいた。でも。
 今は自分に自信なんてないけれど、無理に背伸びしなくても、でもすぐに大人になれたなら。

 “入ろう”と促されて、家の中へ。伯母は外の騒ぎに気付いていないのか、知らないふりをしているのか、リビングから出てこなかった。
 ただ寒いだけなのかもしれないけれど。


「そんなことより」
「はい?」


 彼の部屋に入ると、早速寄りかかったベッドの側面に追い詰められた。


「持って来た?あれ」
「何のことで………わー!嘘です嘘です!」


 手首を掴まないでぇ!

 慌ててバッグからオルゴールを取り出す。前にこっそり置いて帰った時みたいに、むき出しじゃなく、きちんとラッピングして。
 “はい”と渡すと、受け取ってすぐに開けている。


「ありがとう。さっきのアレを見て、“やっぱりなかった事に”とか逃げられたら立ち直れないところだった」


 そう言いながらラッピングを解くと。


「あ、クッキーもか。年末だからスイーツ休んでもいいよ、って言ったのに。おお、砂糖が付いてる」
「砂糖とか言わないの!アイシングって言ってよ。あと、そのクッキー、おからで出来てるんだよ」
「へぇ。あ、うま。ココアが苦くて美味しい」
「そう?ありがと」


 美味しいと言われると、昔から照れくさいのは変わらない。

 小麦粉の代わりにおからパウダーを使ったヘルシーなクッキーには、製菓用にしか使わないお高いココアがちょっと多めに入っているし、砂糖の代わりの三温糖が更にヘルシーなんだよね。しっかり冷ましたクッキーに、卵白と粉砂糖を練って作った、白とココア色のアイシングを塗って、コーティングをして。
 まるでクリスマスのデコレーションのような可愛らしいクッキーになってしまったけれど、見た目からはおからのクッキーだとはわからないのがお気に入り。



「ところで瑛士くん、まだ二十四歳だよね。歳のわりに女慣れしすぎてませんか」 
「………ぶっ!き、気のせいですっ」


 今日のおやつの友、日本茶を噴き出しそうになって、彼が慌てる。冷たい一面も持っていることがわかって知らない人のように感じたけれど、今目の前にいるこの彼も、私には本当なんだ。


「このオルゴールの曲さ、これを耳にする度に、律のことを思い出してたよ。この曲って、オルゴールじゃなくてもあちこちで良く聴くだろ」
「え、私を思い出すって、どうして?」
「ほら、メロディーが追いかけっこするからさ、小さい時、律が後ろからいつも着いてきてたなぁって」


 そんな風に。このカノンを聴く度にこれからも私を思い出してくれるかな。  


 おやつの後の軽いキスは、ほろ苦いココアの味がした。私はその苦味に、少しだけあの元カノさんを思い出していた。
 想う気持ちは誰にも負けないつもりだったのに、自信は徐々に奪われていく気がした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。 相手は、妻子持ちだというのに。 入社して配属一日目。 直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。 中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。 彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。 それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。 「俺が、悪いのか」 人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。 けれど。 「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」 あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。 相手は、妻子持ちなのに。 星谷桐子 22歳 システム開発会社営業事務 中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手 自分の非はちゃんと認める子 頑張り屋さん × 京塚大介 32歳 システム開発会社営業事務 主任 ツンツンあたまで目つき悪い 態度もでかくて人に恐怖を与えがち 5歳の娘にデレデレな愛妻家 いまでも亡くなった妻を愛している 私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?

結婚する事に決めたから

KONAN
恋愛
私は既婚者です。 新たな職場で出会った彼女と結婚する為に、私がその時どう考え、どう行動したのかを書き記していきます。 まずは、離婚してから行動を起こします。 主な登場人物 東條なお 似ている芸能人 ○原隼人さん 32歳既婚。 中学、高校はテニス部 電気工事の資格と実務経験あり。 車、バイク、船の免許を持っている。 現在、新聞販売店所長代理。 趣味はイカ釣り。 竹田みさき 似ている芸能人 ○野芽衣さん 32歳未婚、シングルマザー 医療事務 息子1人 親分(大島) 似ている芸能人 ○田新太さん 70代 施設の送迎運転手 板金屋(大倉) 似ている芸能人 ○藤大樹さん 23歳 介護助手 理学療法士になる為、勉強中 よっしー課長(吉本) 似ている芸能人 ○倉涼子さん 施設医療事務課長 登山が趣味 o谷事務長 ○重豊さん 施設医療事務事務長 腰痛持ち 池さん 似ている芸能人 ○田あき子さん 居宅部門管理者 看護師 下山さん(ともさん) 似ている芸能人 ○地真央さん 医療事務 息子と娘はテニス選手 t助 似ている芸能人 ○ツオくん(アニメ) 施設医療事務事務長 o谷事務長異動後の事務長 雄一郎 ゆういちろう 似ている芸能人 ○鹿央士さん 弟の同級生 中学テニス部 高校陸上部 大学帰宅部 髪の赤い看護師(川木えみ) 似ている芸能人 ○田來未さん 准看護師 ヤンキー 怖い

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

今宵、薔薇の園で

天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。 しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。 彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。 キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。 そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。 彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。

雪の日に

藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。 親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。 大学卒業を控えた冬。 私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ―― ※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。

泡になった約束

山田森湖
恋愛
三十九歳、専業主婦。 夫と娘を送り出し、静まり返ったキッチンで食器を洗う朝。 洗剤の泡が立っては消えるその繰り返しに、自分の人生を重ねながら、彼女は「ごく普通」の日常を受け入れている。 愛がないわけではない。けれど、満たされているとも言い切れない。 そんな午前中、何気なく出かけたスーパーで、背後から名前を呼ばれる。 振り返った先にいたのは、かつて確かに愛した男――元恋人・佐々木拓也。 平穏だったはずの毎日に、静かな波紋が広がり始める。

【完結】婚約者なんて眼中にありません

らんか
恋愛
 あー、気が抜ける。  婚約者とのお茶会なのにときめかない……  私は若いお子様には興味ないんだってば。  やだ、あの騎士団長様、素敵! 確か、お子さんはもう成人してるし、奥様が亡くなってからずっと、独り身だったような?    大人の哀愁が滲み出ているわぁ。  それに強くて守ってもらえそう。  男はやっぱり包容力よね!  私も守ってもらいたいわぁ!    これは、そんな事を考えているおじ様好きの婚約者と、その婚約者を何とか振り向かせたい王子が奮闘する物語…… 短めのお話です。 サクッと、読み終えてしまえます。

処理中です...