あなたのそばで猫になる

たかはし 葵

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アイスケーキのわがまま

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 その夜はなかなか眠れず、私はベッドで何度も寝返りを打っていた。新月の今日は月明かりもないから、空気は澄んでいるのにカーテンの隙間からの月光浴も叶わない。



 自分から勢いで告白したくせに、親戚以前に私は彼に“相応しくない”のかもしれないというのは初めから密かに心の片隅にはあったことだった。
 
 美夏さんというひとは真っ直ぐな目をしていた。私はあれ程までの激しさで彼にぶつかってみた事があっただろうか。
 私の場合は伯母や母の後押しが少なからずあったし、それに甘えていたところはあったかもしれない。
 例えそうでも彼を好きな気持ちだけは負けないとは思っていたけれど。

 恋って、両想いになってからも苦しいことがあるんだな。

 翌日の学校帰り、電車を下りると同じ電車の違う車両から『中島さん』が同時に下りるのが見えた。
 どうしてここにいるのだろう。それとも今まで気付かなかっただけで、同じ地元の人だったのだろうか。

 どちらにしても私が彼に会うのは出来れば避けた方が良いと思う。私が前を歩いていなくてホッとした。もしも前の車両にいたら、後ろから私だと気付かれてしまうから。

 改札までは一定の距離を保って歩いていたけれど、急に中島さんの歩くペースが遅くなった。スマホを操作しているのかもしれない。かといって私までペースを落とすのもなぁ、と思って気付かないふりをしながら、ギリギリで追い越そうとしていた。

 けれど、最悪のタイミングで彼が、ふとこちらを振り向いてしまった。
 中島さんが目を見開く。


「“りっちゃん”、だよね。学校の帰り? 」


 怖かったけれど、「はい」となんとか頷いた。


「会ったのは偶然だけどね、俺んち、本当はこっちじゃないよ。君に会えるかと思って、瑛士の家まで行くところだったんだ。良かった、一度で会えて。何回も通うところだったよ」
「あ、あの。どんなご用件で………」
「ねぇ、一体どんな手を使って瑛士を落としたの?」
「え………?」


 落とした………?


「最初からそういう戦略だったわけ?ちょっとロリっぽいの」
「ち、違います………!」
「でも落ちたでしょ」


 違うって、言ってるのに。


「そんなつもりはありません」
「へぇ。でもさ、従兄妹同士でしょ。それって“刷り込み”みたいなものだとは思わなかったわけ?君の方は特にさ。それこそ生まれた時から一緒なんでしょ?」
「そうかもしれないって、いっぱい考えました。でも少なくとも私は彼に恋しています。だからそばにいるんです」


 中島さんが顔を顰める。


「ねぇ、立ち話じゃなんだから、瑛士の家に行かない?りっちゃん、合鍵とか持ってるんでしょ?」


 絶対に、この人の言いなりにはならない。


「いいえ、彼は今日も仕事で遅い筈です。彼の不在の時に他人を家に上げるわけにはいきません。伯母からも、その辺りは信頼されていて鍵を預かってるんだと思ってますから」
「………なかなか強気なお嬢さんだね。意外に美夏といい勝負かも。いいよ、わかった。話はまた今度にして今日のところはお兄さん、帰るよ。じゃあね、瑛士によろしく」


 そう言うと、くるりと背を向けて、また改札口へと向かっていた。改札を抜けるのを見送ると、自分の膝が笑っていたことに気が付いた。

 威圧的な態度。あの人は、一体どうしたいんだろう。もしかして彼と私を引き離そうとしているの?わざわざこんな所にまで来て。
 もしかしたら、中島さんは美夏さんの事が好きなの?だから、平凡な私が彼のそばにいるのが許せないの?

 自信の無さは、そのまま不安な気持ちになる。
 彼に会いたい。会って“大丈夫だよ”って言ってほしい。


『お仕事終わる頃、会いに行ってもいいですか?』


 小さい時に一緒にいたい、遊びたい、と駄々をこねた以来の我儘かもしれない。
 私は震える手で彼にメールを打っていた。

 それから急いで家に帰ると、すぐに作り置きしてあるものを用意した。

 市販品のロールカステラを使ってお手軽に。一番外側のカステラだけを残してくり抜いて、チョコレートのアイスクリームに缶詰めフルーツを刻んで混ぜたものを詰めて冷凍庫で固めるだけ。

 寒い時期に、何故か冷たいものを欲しがる彼のためにわりと常備している事の多いこのアイスケーキは、二ヶ月もの間の保存が可能だから、アイスのバリエーションを替えてよく作っている。

 “律のスイーツは元気の素”。そう言ってくれる彼に、今日は私が元気をもらおう。
 
 もうあの人には会わずに済むといいな。私達二人のことは、私達にしか、わからないんだから。

 はやく、はやく返事をして、瑛士くん。


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