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旅立ちの時
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結局、例の同僚の先生とは、伯父サイドでも少しだけもめたみたいだったけれど、「心配いらない」と最後まで詳細を教えてもらえる事はなかった。
確かに有名人でも政治家でもないので、私には一切被害はなかったけれど、本当は色々大変だったのだろう。
そしてその年の暮れ。惜しまれながら、バイトも約束通りに辞めた。沙梨さんの赤ちゃんも順調に成長し、近くの保育園に入ることが無事決まったから、というのもあるけれど。まぁ、店長のお母さんもいることだし。
でも一番には、もう社会人になるということ、そして彼を安心させる為。バイトに通っている間、思った以上に過保護で、私が就職したらどうなってしまうんだろう、ってくらい心配されたから。
そうして私は無事に司書過程を修了し、卒業後は町の地区センターにある、小さな図書室にたまたま空きが出たのでそこに運良くパートタイマーとして勤務できることになった。卒業までは、あと僅か。
「支度は出来てるか?」
「うん。あ、待って」
「いいな、袴姿。綺麗だよ」
目尻の下がった彼に褒められて、ちょっと照れ臭くなる。緩くハーフアップにした猫っ毛を、髪飾りのリボンが崩れないよう彼がそっと撫でるから、耳まで赤くなってしまいそう。
卒業式の今日、袴姿の私の首に、今はあのピンクゴールドの指輪はない。着付けを終えて、美容院から彼の車で一旦家に戻ると、がらんとした自分の部屋で、私はビロードの青い小箱から、まだ新しいままの約束の印を取り出した。手に取り、少しだけ眺めてから左手の薬指へ。
その指輪は一月末に贈られていたけれど、私たちが正式に婚約したのは、翌月、二月の始め。
彼はそれから何日もかけて、まだ早い、と抵抗する私を宥めすかして丸め込み、いつの間にか卒業式の今日、入籍することまで決められていた。
どうにも婚約期間が短かすぎる気がするんだけれど、とうとう彼の熱意に負けてしまった。
彼曰く「就職は、夏目の名前でするように」。就職後の結婚で職場に混乱を来たさない為なんだとか。
「行ってきます!」
後から卒業式に来てくれる両親を置いて、ひと足先に彼の車で出発する。私の部屋の荷物は既に、ほぼ伯母の家に運ばれているけれど、色々な意味で旅立つ今日は、どうしても我が家からがいい。
けじめを付ける為に、昨夜のうちに両親に挨拶はしたけれど、どうせ度々スイーツを作りに来るのだ。さすがにガスオーブンは伯母の家には持ち込めなかったから。
それでも車に乗り込む前、ふと我が家を振り返れば感傷で、涙が零れそうになる。
「ほら奥さん、どうせ後でまたここに着替えに戻るんだから。とりあえず行くよ」
「ま、まだ奥さんじゃないし!」
「はいはい」
彼の手管にやられっぱなしなのが悔しい。
言いたい事は飲み込まずに大体言えるようになったけど、一般的な男性の考え方なんてわからないから、どんな風に彼を喜ばせることができるのか、それはまだまだ勉強中。
私は彼しか知らないから。
卒業式の後、結局謝恩会も欠席し、一度自宅で着替えてから市役所へ。予め記入してあったその書類一枚を提出したら、私は呆気なく「夏目 律」になっていた
行きも帰りも手を繋ぎ、彼の目尻は下がりっぱなし。恥ずかしくていたたまれないこと、この上ない。
これから帰る先は、もう夏目のお家。
「大事なことだから、これだけは言っておきますけど、当分は避妊して下さいね。私は仕事がどうしてもしたいの。本当にラッキーな就職だったから、すぐには辞められないし、辞めたくないの」
「分かってるって。俺も暫く新婚生活を楽しみたいし、大賛成だよ」
「うう………。そういう意味ではないんだけどなぁ………」
新婚旅行から帰るとすぐ新年度で、私の仕事もいよいよ始まる。彼も学校が春休みの間で都合が良かったから、計画はスムーズだった。
何もかも彼の思惑通りっていうのが若干怖い。
ともあれこの指輪も、もうじき二人お揃いの結婚指輪に代わる。
結婚式は、半月後。
確かに有名人でも政治家でもないので、私には一切被害はなかったけれど、本当は色々大変だったのだろう。
そしてその年の暮れ。惜しまれながら、バイトも約束通りに辞めた。沙梨さんの赤ちゃんも順調に成長し、近くの保育園に入ることが無事決まったから、というのもあるけれど。まぁ、店長のお母さんもいることだし。
でも一番には、もう社会人になるということ、そして彼を安心させる為。バイトに通っている間、思った以上に過保護で、私が就職したらどうなってしまうんだろう、ってくらい心配されたから。
そうして私は無事に司書過程を修了し、卒業後は町の地区センターにある、小さな図書室にたまたま空きが出たのでそこに運良くパートタイマーとして勤務できることになった。卒業までは、あと僅か。
「支度は出来てるか?」
「うん。あ、待って」
「いいな、袴姿。綺麗だよ」
目尻の下がった彼に褒められて、ちょっと照れ臭くなる。緩くハーフアップにした猫っ毛を、髪飾りのリボンが崩れないよう彼がそっと撫でるから、耳まで赤くなってしまいそう。
卒業式の今日、袴姿の私の首に、今はあのピンクゴールドの指輪はない。着付けを終えて、美容院から彼の車で一旦家に戻ると、がらんとした自分の部屋で、私はビロードの青い小箱から、まだ新しいままの約束の印を取り出した。手に取り、少しだけ眺めてから左手の薬指へ。
その指輪は一月末に贈られていたけれど、私たちが正式に婚約したのは、翌月、二月の始め。
彼はそれから何日もかけて、まだ早い、と抵抗する私を宥めすかして丸め込み、いつの間にか卒業式の今日、入籍することまで決められていた。
どうにも婚約期間が短かすぎる気がするんだけれど、とうとう彼の熱意に負けてしまった。
彼曰く「就職は、夏目の名前でするように」。就職後の結婚で職場に混乱を来たさない為なんだとか。
「行ってきます!」
後から卒業式に来てくれる両親を置いて、ひと足先に彼の車で出発する。私の部屋の荷物は既に、ほぼ伯母の家に運ばれているけれど、色々な意味で旅立つ今日は、どうしても我が家からがいい。
けじめを付ける為に、昨夜のうちに両親に挨拶はしたけれど、どうせ度々スイーツを作りに来るのだ。さすがにガスオーブンは伯母の家には持ち込めなかったから。
それでも車に乗り込む前、ふと我が家を振り返れば感傷で、涙が零れそうになる。
「ほら奥さん、どうせ後でまたここに着替えに戻るんだから。とりあえず行くよ」
「ま、まだ奥さんじゃないし!」
「はいはい」
彼の手管にやられっぱなしなのが悔しい。
言いたい事は飲み込まずに大体言えるようになったけど、一般的な男性の考え方なんてわからないから、どんな風に彼を喜ばせることができるのか、それはまだまだ勉強中。
私は彼しか知らないから。
卒業式の後、結局謝恩会も欠席し、一度自宅で着替えてから市役所へ。予め記入してあったその書類一枚を提出したら、私は呆気なく「夏目 律」になっていた
行きも帰りも手を繋ぎ、彼の目尻は下がりっぱなし。恥ずかしくていたたまれないこと、この上ない。
これから帰る先は、もう夏目のお家。
「大事なことだから、これだけは言っておきますけど、当分は避妊して下さいね。私は仕事がどうしてもしたいの。本当にラッキーな就職だったから、すぐには辞められないし、辞めたくないの」
「分かってるって。俺も暫く新婚生活を楽しみたいし、大賛成だよ」
「うう………。そういう意味ではないんだけどなぁ………」
新婚旅行から帰るとすぐ新年度で、私の仕事もいよいよ始まる。彼も学校が春休みの間で都合が良かったから、計画はスムーズだった。
何もかも彼の思惑通りっていうのが若干怖い。
ともあれこの指輪も、もうじき二人お揃いの結婚指輪に代わる。
結婚式は、半月後。
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