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《肩こり同盟小話》肩こり同盟、結成です。
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今より少し前、初夏のこと。
その頃のわたしはといえば、お祭り関連の行事に向けて、普段のお店の業務の合間を縫って手作業が増えていた。
天然石がそれほどブームになっているとも思えないけれど、道ゆく人は天然石のブレスレットを気軽に手にとっては眺めてくれるから。それなら、と花火大会や夏祭りの時に店頭で並べてみようかと思い立ったのはいいけれど。
手芸って、ホント、肩が凝るわ……。
わたしは、トントンと自分の肩を叩きながら、千堂桃香さんのことを思い出していた。
ーーー桃香さん、元気にしてるかな。お仕事、ずっと忙しいのかな……。会って聞いてみたいことがあるのに、会いたい時にはなかなか会えないものなのね。
わたしと桃香さんが出会ったのは、お店がオープンして半月ほど経った頃。ようやく春の陽射しが店内に射し込むようになった、風のない暖かい午後。ふらりとやって来た彼女は、何かを探しているようだった。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
まだ接客に不慣れなわたしは、さぞぎこちなかったことだろう。表情もかなり硬かったと思う。
彼女はストラップを探しにやってきたということだったけれど、店内にアクセントとして置いていた一対の猫のオブジェに目を留めていた。
売り物ではないので当然値札も付いていないそれをひとしきり眺めていたけれど。
「あ、えっとですね、携帯用のストラップで何か可愛いのないかなって探してて……」
「それだったらレジの横にありますよ、こちらです」
「あの、それとこれなんですけど、売り物です?」
「申し訳ありません、これは売り物じゃなくてディスプレイ用の置物なんです」
「ああ、そうなんですか。そう言えば値札、貼ってませんものね。すみません、可愛いから売り物なのかなって思っちゃって」
「ごめんなさい、紛らわしい置き方してしまって」
「いえいえ。よく見なかった私も悪いので。ストラップ、見せてもらいますね」
実はこの猫のオブジェは、少し前にも他のお客様から“売り物ではないのか”と聞かれていた。対で置いていると、まるでつがいのように見える二匹の猫は、確かに見ていると癒される気がする。これは開店祝いに、と叔母が送ってきてくれたもの。お譲りすることはできないのだ。
申し訳ない気持ちでいると、学校帰りの七海ちゃんがやってきた。
「あ、桃香ちゃんだ~。おひさ~!」
あら、七海ちゃんのお知り合いだったのね。
“桃香ちゃん”と呼ばれた彼女は、どうやらわたしと同じくらいの年の人らしい。七海ちゃんと仲良さそうにストラップを見ながら相談している。ローズクオーツなら、彼女に似合いそう。
すると、彼女がぽつりと呟いた。
「なんだかこういうの作るのって肩こりが凄そうだね……」
あ、この人、分かってくれてる……?
「そうなんですよ、肩こりが凄いんです!」
だから思わず、話しかけていた。
「目も疲れそう……」
「はい、かすみ目になるから目薬必須です!眼精疲労っていうんでしょうか。肩だけじゃなく頭も痛くなることがあるんですよ」
すると、七海ちゃんも加わってきた。
「桃香ちゃんも仕事のせいで肩こりが酷いっていつも言ってるもんね。良かったじゃん、肩こり仲間ができてさ」
「七海ちゃん、そんな仲間、嬉しくないよ?」
「でも、お兄さんは理解してくれないんでしょ?」
「それはそうなんだけど」
うん?どうやらこの方も肩が凝るようなお仕事をされている?話の端々で何となく聞こえてくるけれど。
「あの………桃香、さん?」
「はい?」
「私、ここに来たばかりで同世代の同性のお友達っていないんです。もしよろしかったら今度、黒猫さんで肩こり談義でもしませんか?」
あぁ、口が止まらない。いきなりこんなおかしな勧誘、絶対引くよね、って思うのに。
「はい?」
「えぇと、普通にお茶でも構わないんですけど、普段はお仕事でお忙しいでしょうし、お休みの前の夜に黒猫さんならどうかなって。あの、嫌なら別にかまわないんです!ちょっと同世代の方がみえたので嬉しくて、つい……。これから仲良くしてもらえたら嬉しいな、って」
「肩こり仲間だしね」
そうそう七海ちゃん、ナイス突っ込み。
「私、仕事が超不定期でなかなか都合がつかないかもしれないんですけど、そんなので良ければ肩こり談義しましょう。うちの旦那さん、まったく肩こりに理解が無くて困ってるんですよ。この辛さを分かってくれる人とゆっくりお話がしたいです」
あら、旦那さまがいらっしゃるんだ。………って、えぇ?!人妻?!ご結婚されてるようには見えないくらい可愛らしいよ……!ねえ、だってわたしより若くない?
そんなこんなで、彼女が明日お休みだということで早速その晩、お隣で第一回めの会合?を開くことになったのだけれど。
口が滑ったとはいえ、黒猫さんといえば二ヶ月ほど前に、澄さんとユキくんの前で失態をお見せしたばかり。でも、いつまでもお隣さんと顔を合わせないでいられる訳がないんだから、これはリハビリだと思うことにしよう。
そうして黒猫さんでは、肩凝り同盟のふたりが、今後、不定期に会合を開くことになったのだけれど。
それから会合ではわたし達女子の悩みに気の毒そうな顔をしたユキくんが、それぞれの症状に合わせた、メニューにはない特別なスムージーを作ってくれるようになったりしたんだっけ。
桃香さんに、会いたいな。旦那さまとの馴れ初めとか、恋をどんな風に自覚したのか、とか。いつかそんな話もしてみたい。
今は、お隣に行くだけで何故かドキドキしてしまうけれど、桃香さんと一緒なら、カウンターに並んで座っちゃう、なんていうのも平気な気がする。肩凝りについてお話しながら、時々こっそり恋の話もしたりして。そうして目の前のユキくんには「ふたりだけの内緒の話!」なんて言ってみたりして、ね。
そうやって少しずつ、古い傷を癒していこう。こんな出会いの積み重ねが、わたしをきっと変えていくはず。
その頃のわたしはといえば、お祭り関連の行事に向けて、普段のお店の業務の合間を縫って手作業が増えていた。
天然石がそれほどブームになっているとも思えないけれど、道ゆく人は天然石のブレスレットを気軽に手にとっては眺めてくれるから。それなら、と花火大会や夏祭りの時に店頭で並べてみようかと思い立ったのはいいけれど。
手芸って、ホント、肩が凝るわ……。
わたしは、トントンと自分の肩を叩きながら、千堂桃香さんのことを思い出していた。
ーーー桃香さん、元気にしてるかな。お仕事、ずっと忙しいのかな……。会って聞いてみたいことがあるのに、会いたい時にはなかなか会えないものなのね。
わたしと桃香さんが出会ったのは、お店がオープンして半月ほど経った頃。ようやく春の陽射しが店内に射し込むようになった、風のない暖かい午後。ふらりとやって来た彼女は、何かを探しているようだった。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
まだ接客に不慣れなわたしは、さぞぎこちなかったことだろう。表情もかなり硬かったと思う。
彼女はストラップを探しにやってきたということだったけれど、店内にアクセントとして置いていた一対の猫のオブジェに目を留めていた。
売り物ではないので当然値札も付いていないそれをひとしきり眺めていたけれど。
「あ、えっとですね、携帯用のストラップで何か可愛いのないかなって探してて……」
「それだったらレジの横にありますよ、こちらです」
「あの、それとこれなんですけど、売り物です?」
「申し訳ありません、これは売り物じゃなくてディスプレイ用の置物なんです」
「ああ、そうなんですか。そう言えば値札、貼ってませんものね。すみません、可愛いから売り物なのかなって思っちゃって」
「ごめんなさい、紛らわしい置き方してしまって」
「いえいえ。よく見なかった私も悪いので。ストラップ、見せてもらいますね」
実はこの猫のオブジェは、少し前にも他のお客様から“売り物ではないのか”と聞かれていた。対で置いていると、まるでつがいのように見える二匹の猫は、確かに見ていると癒される気がする。これは開店祝いに、と叔母が送ってきてくれたもの。お譲りすることはできないのだ。
申し訳ない気持ちでいると、学校帰りの七海ちゃんがやってきた。
「あ、桃香ちゃんだ~。おひさ~!」
あら、七海ちゃんのお知り合いだったのね。
“桃香ちゃん”と呼ばれた彼女は、どうやらわたしと同じくらいの年の人らしい。七海ちゃんと仲良さそうにストラップを見ながら相談している。ローズクオーツなら、彼女に似合いそう。
すると、彼女がぽつりと呟いた。
「なんだかこういうの作るのって肩こりが凄そうだね……」
あ、この人、分かってくれてる……?
「そうなんですよ、肩こりが凄いんです!」
だから思わず、話しかけていた。
「目も疲れそう……」
「はい、かすみ目になるから目薬必須です!眼精疲労っていうんでしょうか。肩だけじゃなく頭も痛くなることがあるんですよ」
すると、七海ちゃんも加わってきた。
「桃香ちゃんも仕事のせいで肩こりが酷いっていつも言ってるもんね。良かったじゃん、肩こり仲間ができてさ」
「七海ちゃん、そんな仲間、嬉しくないよ?」
「でも、お兄さんは理解してくれないんでしょ?」
「それはそうなんだけど」
うん?どうやらこの方も肩が凝るようなお仕事をされている?話の端々で何となく聞こえてくるけれど。
「あの………桃香、さん?」
「はい?」
「私、ここに来たばかりで同世代の同性のお友達っていないんです。もしよろしかったら今度、黒猫さんで肩こり談義でもしませんか?」
あぁ、口が止まらない。いきなりこんなおかしな勧誘、絶対引くよね、って思うのに。
「はい?」
「えぇと、普通にお茶でも構わないんですけど、普段はお仕事でお忙しいでしょうし、お休みの前の夜に黒猫さんならどうかなって。あの、嫌なら別にかまわないんです!ちょっと同世代の方がみえたので嬉しくて、つい……。これから仲良くしてもらえたら嬉しいな、って」
「肩こり仲間だしね」
そうそう七海ちゃん、ナイス突っ込み。
「私、仕事が超不定期でなかなか都合がつかないかもしれないんですけど、そんなので良ければ肩こり談義しましょう。うちの旦那さん、まったく肩こりに理解が無くて困ってるんですよ。この辛さを分かってくれる人とゆっくりお話がしたいです」
あら、旦那さまがいらっしゃるんだ。………って、えぇ?!人妻?!ご結婚されてるようには見えないくらい可愛らしいよ……!ねえ、だってわたしより若くない?
そんなこんなで、彼女が明日お休みだということで早速その晩、お隣で第一回めの会合?を開くことになったのだけれど。
口が滑ったとはいえ、黒猫さんといえば二ヶ月ほど前に、澄さんとユキくんの前で失態をお見せしたばかり。でも、いつまでもお隣さんと顔を合わせないでいられる訳がないんだから、これはリハビリだと思うことにしよう。
そうして黒猫さんでは、肩凝り同盟のふたりが、今後、不定期に会合を開くことになったのだけれど。
それから会合ではわたし達女子の悩みに気の毒そうな顔をしたユキくんが、それぞれの症状に合わせた、メニューにはない特別なスムージーを作ってくれるようになったりしたんだっけ。
桃香さんに、会いたいな。旦那さまとの馴れ初めとか、恋をどんな風に自覚したのか、とか。いつかそんな話もしてみたい。
今は、お隣に行くだけで何故かドキドキしてしまうけれど、桃香さんと一緒なら、カウンターに並んで座っちゃう、なんていうのも平気な気がする。肩凝りについてお話しながら、時々こっそり恋の話もしたりして。そうして目の前のユキくんには「ふたりだけの内緒の話!」なんて言ってみたりして、ね。
そうやって少しずつ、古い傷を癒していこう。こんな出会いの積み重ねが、わたしをきっと変えていくはず。
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