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Blue Moonのためいき
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時は今に戻り。
ふたりきりのお月見の翌日。わたしは店舗の作業スペースで、ぼんやりしながらアクアマリンのピアスのパーツを繋いでいた。
これから冬に向かうのにアクアマリンはないわよね。この透明感といい、何だか寒々しくない?
ほぼ作り終えた状態まできて自分の行動に笑ってしまう。
水色がかった透明な輝きは、わたしの気持ちを見透かしているかのよう。
素直になる、と決めた筈の昨夜から一夜明けたら、もう揺らぎそうになっているこの気持ちを。
わたしは明日、誕生日を迎える。二十九歳にもなるのにあまり喜ばしいことでもないから、もちろん商店街の誰にも知らせてはいない。
お祝いしてくれる家族もここにはいないし、このまま静かに過ごそう、と思っている。
これで多分ユキくんとも更に年が離れてしまう。それだけのことがわたしの気持ちを沈ませる。
自分の年齢を思ったら、いつまでもふわふわとしてなんていられない。
例えそれを“恋”と呼ばなくても、誰かを想えばそれだけで、どんなものにも優しくなれる。
目にしている景色の全てが鮮やかに眩しく映る。
その事を思い出せただけで幸せなのだ、と自分に言い聞かせ、何事もなかったように明日を過ごそう。
そうして迎えた誕生日。わたしはいつも通りにお店を開け、店舗前の歩道の掃除をしようと通りに出た。
同じく掃除をしようとしていたのか、お隣の下り階段の入り口に、ユキくんの姿を見つけた。
うん。ちゃんと笑えるよね、わたし。
「ユキくん、おはよう」
「璃青さん、おはようございます。一昨日はお守りをありがとうございました」
「ううん。突然あんなもの渡したりして逆にごめんなさい。素人の作ったものだから、石の配置とか、全然自信ないの………」
センスも何もなく、ただ彼を護りたくて作っただけのお守りに感謝をされたら無性に恥ずかしくなり、わたしは彼の笑顔に曖昧に微笑み返していた。
すると、ユキくんが何かを考えるようにわたしに訊ねる。
「どうしたの?」
「璃青さんは、今夜何か予定ありますか?」
その明後日な方向からの質問に一旦思考が停止したわたしを真っ直ぐに見下ろすユキくんに、次の瞬間うろたえてしまった。
「別に、何もないけど。どうして?」
「でしたら黒猫来られませんか?」
「え?」
それはもちろん予定なんてないけど。
今夜はひとりで静かに過ごそうと決めていたのに。
「新メニュー、試して頂きたくて」
更に明後日の方向からの言葉に、今度こそびっくりして固まった。そんなこと、今まで頼まれたこともなかったから。
味覚もいたって普通で、せいぜい味音痴ではないという程度。それなのにどうして。
「わたしなんかで良いの?」
「璃青さんだからこそ、お願いしたいんです。駄目ですか?」
だって、ひとつずつ丁寧に味わって感想を言ったりするんでしょう?わたしに的確な批評なんてできるのかな。
思わず地面に視線を落とし、しばし悩んだ。
でも、こんな風に面と向かってお願いされたら、断りきれないというか。
「分かったわ。わたしでお役にたてるかは謎だけど、お手伝いさせていただくわ」
わたしの答えに、ユキくんは「助かります」と笑った。
その夜。
うっかり“新作メニューの試食”という大役を仰せつかってしまったことにかなり緊張しながら【JazzBar黒猫】を訪れた。
迎え入れられたのは、奥まったボックス席。いつものカウンター席ではないのは、やっぱり試食という、お店の企業秘密に関わることだから?
最初に出されたのは、透明なオレンジ色のカクテル。
「ノンアルコールカクテルの『サマー・ディライト』です」
「ありがとうございます」
ユキくんの柔らかな物腰は、本当にこのお仕事に向いていると思う。鮮やかな手つきにしばし見惚れる。思わずこちらも敬語になってしまって、クスリと笑われた気がした。
仄かな炭酸の泡が綺麗なカクテルをひとくち飲んでみると、ライムの他に感じられるのは何だろう?素人には分からないけれど酸味があってサッパリしている。その味に、今年の鮮やかな夏が思い出された。
経験したことのない、様々な出来事。それはずっと記憶の中でこのカクテルのようにきらきらとしている。
前菜のサラダが運ばれてくると、思わずはしゃいだ。
「か、可愛い!食べるのがもったいないくらい!」
猫の形に型どられたポテトサラダにはウズラの卵の仔猫が寄り添っている。
どうしよう、どこからつついたらいいのかしら。
フォークで耳からごめんなさい、と心の中で謝りながら食べてみれば、黒猫お馴染みの優しいお味のポテトサラダ。
「ハロウィンの時は、カボチャサラダにして、トラ猫っぽくしても良いかなと思っているんですよ」
「いいと思う!!そうね、このサラダで黒猫は難しいものね。でもカボチャ色の猫さんでもハロウィンぽくていいかも」
ユキくんに見られているという緊張感の中で、なるべく冷静に言葉を選びながらコメントしつつ、少しずつ味わっていると、ちょうどサラダの終わるタイミングで、これまたユキくんによってメインディシュが運ばれてきた。
え、ちょっと。
まさか全部ユキくんのおもてなしなの?
心臓がもたないよ……!
ワンプレートには、ハートの形のキッシュ。薔薇の形に盛り付けられたスモークサーモンには、グリーンのムースで出来た葉っぱも添えられている。
シェルパスタはクリームソースで和えてあり、人参などのお野菜が型抜きされて散っていた。
これは女の子に好評だろう。特に、カップルの記念日にいいかもしれない。
「どれも美味しいのはいつものことなんだけど、盛り付けが女性好みなのね。目でも楽しめて、とてもいいと思うわ」
あぁ、ありきたりなことしか言えない自分に落ち込んでしまいそう。
けれどユキくんは、わたしが何を言ってもニコニコと笑っているだけ。
程よくお腹が満たされた頃、デザートプレートを目の前に置かれて一瞬何が起こっているのか理解ができなかった。
デザートプレートには、猫の形のチョコレートムース。アイスクリームを添えたお皿の上に、チョコレートで書かれたメッセージは、
『Happy Birthday 』
何も言うことが出来ず、わたしはその文字をぼんやりと眺め、続いて彼を見上げた。
どうして。
「誕生日、おめでとうございます」
「………え」
「そしてこちらもどうぞ!このカクテル、ブルームーンと言って九月の誕生月カクテルなんですよ」
そっと置かれた、月の名前を持つ薄紫のカクテル。それと同時にお月見の夜に時間が巻き戻されてしまう。
とうとう観念して認めた、けれどそのあとすぐに封印したはずの、あの痛みの正体。
何故、今それを思い出させるの。
ユキくんは、一体どんな気持ちでこれを?
「………ありがとう。びっくりしたけどすごく嬉しい。でも、どうして今日がわたしの誕生日だって……」
「璃青さんのお母さんが澄さんにその話をしていたので。それで騙して来て貰っちゃいました。ごめんなさい」
ユキくんを責めた訳ではないけれど、涙目のわたしを見て、慌てて謝ってくれている。
「これは、俺からのプレゼントです。受け取ってください」
渡された紙の手提げ袋と花束に、今度こそ涙が零れそうになる。
わたしは俯いて、花束をそっと抱きしめた。
石言葉ばかり覚えているわたしにはピンクや紫の花々に込められた言葉はわからない。でも、この花束を贈ってくれたその気持ちが嬉しい。
「本当にありがとう。でも、もう祝ってもらうような年齢じゃないのよ?」
「そんな事ないです!貴方が生まれた日をどうしてもお祝いしたかった」
この人は、どうしていつもそう誤解を招くような言い方をするんだろう。
思えばわたしはいつもこの人の言葉に一喜一憂している気がする。
「澄さんも杜さんも、同じ気持ちですよ!商店街の仲間である貴方のお祝いをしたくて……」
うん、まぁそういうことよね。それなら最初からそう言えばいいのに。
慌てて付け加えられた言葉に、ほんの少しだけまたあの痛みを感じる。
「後で杜さんと澄さんにもお礼を言わなくちゃね。お蔭で最高の誕生日になったわ。ユキくん、ありがとう………」
単なる試食のつもりだったから、普段着のまま。お洒落なんて何もしていない誕生日だけれど。
涙目でお礼を言えば、ユキくんは照れ臭そうに笑いながら、「いえ」と視線を逸らした。
その後、“ご馳走様でした”と席を立ち、花束とプレゼントを持ってカウンターに向かった。
「今夜はありがとうございました。びっくりしたけど、嬉しかったです」
わたしの言葉に澄さんがにっこりと笑った。
「誕生日おめでとう。貴方が誕生日だと聞いたら、ユキくんお祝いしようって張り切っちゃって。ユキくん貴方の事それだけ大事に思っているのね」
“大事に”?それは、商店街の人間として、だよね?
杜さんが続ける。
「いやいや、ほとんどユキくんがやったことだから。俺は少し手伝っただけ。そういえば知ってるか?」
「え……?」
それまでにこにこと人の良い笑みを浮かべていた杜さんは、真顔で目を細めると、わたしをじっと探るように見つめてきた。
「さっきユキくんが君に作ったブルームーンってカクテルの事」
「ええと、九月のカクテルって聞きました」
「九月の誕生月カクテルなんだけどね、なかなか面白いカクテルなんだ」
「え、そうなんですか?」
「二つの真逆の意味を持つ」
「真逆の意味?それってどういう……」
「これは、君のカクテルだ。君が見つけるべきだよ。その意味を」
一体どういうこと?
カクテルにも、石言葉や花言葉のようなものがある、というのはどこかで聞いたことはあるけれど。
帰宅して、店舗のパソコンを起動して『カクテル ブルームーン』と入力して検索した。すると。
『「青い月」という意味の他に、「完全なる愛」「叶わぬ恋」「出来ない相談」という意味もある。「完全なる愛」については材料とされているバイオレットリキュールの商品名がフランス語で《完全なる愛》であるため、そこから言われるようになったと思われるが、基本的には「出来ない相談」の方がよく使われている。例えば「あなたとお付き合いしたくありません」という意味を込めてこれを注文すれば、スマートな断りの方法となる』
ユキくん、あなたはどんな意味であのカクテルを作ったの?わたし自身があなたへの想いを認める前に、先回りして拒絶した?
それとも、『愛』?
……まさか、ね。それはないわよね。
杜さんからの宿題は、わたしの心に大きな波紋を投げかけた。
ふたりきりのお月見の翌日。わたしは店舗の作業スペースで、ぼんやりしながらアクアマリンのピアスのパーツを繋いでいた。
これから冬に向かうのにアクアマリンはないわよね。この透明感といい、何だか寒々しくない?
ほぼ作り終えた状態まできて自分の行動に笑ってしまう。
水色がかった透明な輝きは、わたしの気持ちを見透かしているかのよう。
素直になる、と決めた筈の昨夜から一夜明けたら、もう揺らぎそうになっているこの気持ちを。
わたしは明日、誕生日を迎える。二十九歳にもなるのにあまり喜ばしいことでもないから、もちろん商店街の誰にも知らせてはいない。
お祝いしてくれる家族もここにはいないし、このまま静かに過ごそう、と思っている。
これで多分ユキくんとも更に年が離れてしまう。それだけのことがわたしの気持ちを沈ませる。
自分の年齢を思ったら、いつまでもふわふわとしてなんていられない。
例えそれを“恋”と呼ばなくても、誰かを想えばそれだけで、どんなものにも優しくなれる。
目にしている景色の全てが鮮やかに眩しく映る。
その事を思い出せただけで幸せなのだ、と自分に言い聞かせ、何事もなかったように明日を過ごそう。
そうして迎えた誕生日。わたしはいつも通りにお店を開け、店舗前の歩道の掃除をしようと通りに出た。
同じく掃除をしようとしていたのか、お隣の下り階段の入り口に、ユキくんの姿を見つけた。
うん。ちゃんと笑えるよね、わたし。
「ユキくん、おはよう」
「璃青さん、おはようございます。一昨日はお守りをありがとうございました」
「ううん。突然あんなもの渡したりして逆にごめんなさい。素人の作ったものだから、石の配置とか、全然自信ないの………」
センスも何もなく、ただ彼を護りたくて作っただけのお守りに感謝をされたら無性に恥ずかしくなり、わたしは彼の笑顔に曖昧に微笑み返していた。
すると、ユキくんが何かを考えるようにわたしに訊ねる。
「どうしたの?」
「璃青さんは、今夜何か予定ありますか?」
その明後日な方向からの質問に一旦思考が停止したわたしを真っ直ぐに見下ろすユキくんに、次の瞬間うろたえてしまった。
「別に、何もないけど。どうして?」
「でしたら黒猫来られませんか?」
「え?」
それはもちろん予定なんてないけど。
今夜はひとりで静かに過ごそうと決めていたのに。
「新メニュー、試して頂きたくて」
更に明後日の方向からの言葉に、今度こそびっくりして固まった。そんなこと、今まで頼まれたこともなかったから。
味覚もいたって普通で、せいぜい味音痴ではないという程度。それなのにどうして。
「わたしなんかで良いの?」
「璃青さんだからこそ、お願いしたいんです。駄目ですか?」
だって、ひとつずつ丁寧に味わって感想を言ったりするんでしょう?わたしに的確な批評なんてできるのかな。
思わず地面に視線を落とし、しばし悩んだ。
でも、こんな風に面と向かってお願いされたら、断りきれないというか。
「分かったわ。わたしでお役にたてるかは謎だけど、お手伝いさせていただくわ」
わたしの答えに、ユキくんは「助かります」と笑った。
その夜。
うっかり“新作メニューの試食”という大役を仰せつかってしまったことにかなり緊張しながら【JazzBar黒猫】を訪れた。
迎え入れられたのは、奥まったボックス席。いつものカウンター席ではないのは、やっぱり試食という、お店の企業秘密に関わることだから?
最初に出されたのは、透明なオレンジ色のカクテル。
「ノンアルコールカクテルの『サマー・ディライト』です」
「ありがとうございます」
ユキくんの柔らかな物腰は、本当にこのお仕事に向いていると思う。鮮やかな手つきにしばし見惚れる。思わずこちらも敬語になってしまって、クスリと笑われた気がした。
仄かな炭酸の泡が綺麗なカクテルをひとくち飲んでみると、ライムの他に感じられるのは何だろう?素人には分からないけれど酸味があってサッパリしている。その味に、今年の鮮やかな夏が思い出された。
経験したことのない、様々な出来事。それはずっと記憶の中でこのカクテルのようにきらきらとしている。
前菜のサラダが運ばれてくると、思わずはしゃいだ。
「か、可愛い!食べるのがもったいないくらい!」
猫の形に型どられたポテトサラダにはウズラの卵の仔猫が寄り添っている。
どうしよう、どこからつついたらいいのかしら。
フォークで耳からごめんなさい、と心の中で謝りながら食べてみれば、黒猫お馴染みの優しいお味のポテトサラダ。
「ハロウィンの時は、カボチャサラダにして、トラ猫っぽくしても良いかなと思っているんですよ」
「いいと思う!!そうね、このサラダで黒猫は難しいものね。でもカボチャ色の猫さんでもハロウィンぽくていいかも」
ユキくんに見られているという緊張感の中で、なるべく冷静に言葉を選びながらコメントしつつ、少しずつ味わっていると、ちょうどサラダの終わるタイミングで、これまたユキくんによってメインディシュが運ばれてきた。
え、ちょっと。
まさか全部ユキくんのおもてなしなの?
心臓がもたないよ……!
ワンプレートには、ハートの形のキッシュ。薔薇の形に盛り付けられたスモークサーモンには、グリーンのムースで出来た葉っぱも添えられている。
シェルパスタはクリームソースで和えてあり、人参などのお野菜が型抜きされて散っていた。
これは女の子に好評だろう。特に、カップルの記念日にいいかもしれない。
「どれも美味しいのはいつものことなんだけど、盛り付けが女性好みなのね。目でも楽しめて、とてもいいと思うわ」
あぁ、ありきたりなことしか言えない自分に落ち込んでしまいそう。
けれどユキくんは、わたしが何を言ってもニコニコと笑っているだけ。
程よくお腹が満たされた頃、デザートプレートを目の前に置かれて一瞬何が起こっているのか理解ができなかった。
デザートプレートには、猫の形のチョコレートムース。アイスクリームを添えたお皿の上に、チョコレートで書かれたメッセージは、
『Happy Birthday 』
何も言うことが出来ず、わたしはその文字をぼんやりと眺め、続いて彼を見上げた。
どうして。
「誕生日、おめでとうございます」
「………え」
「そしてこちらもどうぞ!このカクテル、ブルームーンと言って九月の誕生月カクテルなんですよ」
そっと置かれた、月の名前を持つ薄紫のカクテル。それと同時にお月見の夜に時間が巻き戻されてしまう。
とうとう観念して認めた、けれどそのあとすぐに封印したはずの、あの痛みの正体。
何故、今それを思い出させるの。
ユキくんは、一体どんな気持ちでこれを?
「………ありがとう。びっくりしたけどすごく嬉しい。でも、どうして今日がわたしの誕生日だって……」
「璃青さんのお母さんが澄さんにその話をしていたので。それで騙して来て貰っちゃいました。ごめんなさい」
ユキくんを責めた訳ではないけれど、涙目のわたしを見て、慌てて謝ってくれている。
「これは、俺からのプレゼントです。受け取ってください」
渡された紙の手提げ袋と花束に、今度こそ涙が零れそうになる。
わたしは俯いて、花束をそっと抱きしめた。
石言葉ばかり覚えているわたしにはピンクや紫の花々に込められた言葉はわからない。でも、この花束を贈ってくれたその気持ちが嬉しい。
「本当にありがとう。でも、もう祝ってもらうような年齢じゃないのよ?」
「そんな事ないです!貴方が生まれた日をどうしてもお祝いしたかった」
この人は、どうしていつもそう誤解を招くような言い方をするんだろう。
思えばわたしはいつもこの人の言葉に一喜一憂している気がする。
「澄さんも杜さんも、同じ気持ちですよ!商店街の仲間である貴方のお祝いをしたくて……」
うん、まぁそういうことよね。それなら最初からそう言えばいいのに。
慌てて付け加えられた言葉に、ほんの少しだけまたあの痛みを感じる。
「後で杜さんと澄さんにもお礼を言わなくちゃね。お蔭で最高の誕生日になったわ。ユキくん、ありがとう………」
単なる試食のつもりだったから、普段着のまま。お洒落なんて何もしていない誕生日だけれど。
涙目でお礼を言えば、ユキくんは照れ臭そうに笑いながら、「いえ」と視線を逸らした。
その後、“ご馳走様でした”と席を立ち、花束とプレゼントを持ってカウンターに向かった。
「今夜はありがとうございました。びっくりしたけど、嬉しかったです」
わたしの言葉に澄さんがにっこりと笑った。
「誕生日おめでとう。貴方が誕生日だと聞いたら、ユキくんお祝いしようって張り切っちゃって。ユキくん貴方の事それだけ大事に思っているのね」
“大事に”?それは、商店街の人間として、だよね?
杜さんが続ける。
「いやいや、ほとんどユキくんがやったことだから。俺は少し手伝っただけ。そういえば知ってるか?」
「え……?」
それまでにこにこと人の良い笑みを浮かべていた杜さんは、真顔で目を細めると、わたしをじっと探るように見つめてきた。
「さっきユキくんが君に作ったブルームーンってカクテルの事」
「ええと、九月のカクテルって聞きました」
「九月の誕生月カクテルなんだけどね、なかなか面白いカクテルなんだ」
「え、そうなんですか?」
「二つの真逆の意味を持つ」
「真逆の意味?それってどういう……」
「これは、君のカクテルだ。君が見つけるべきだよ。その意味を」
一体どういうこと?
カクテルにも、石言葉や花言葉のようなものがある、というのはどこかで聞いたことはあるけれど。
帰宅して、店舗のパソコンを起動して『カクテル ブルームーン』と入力して検索した。すると。
『「青い月」という意味の他に、「完全なる愛」「叶わぬ恋」「出来ない相談」という意味もある。「完全なる愛」については材料とされているバイオレットリキュールの商品名がフランス語で《完全なる愛》であるため、そこから言われるようになったと思われるが、基本的には「出来ない相談」の方がよく使われている。例えば「あなたとお付き合いしたくありません」という意味を込めてこれを注文すれば、スマートな断りの方法となる』
ユキくん、あなたはどんな意味であのカクテルを作ったの?わたし自身があなたへの想いを認める前に、先回りして拒絶した?
それとも、『愛』?
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