彼女をぬらす月の滴

内山恭一

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絶好の屋上日和である。
あかさは校舎屋上の出入り口の庇の下に立ち、リズムを刻む雨だれに耳を傾けていた。
晴れた日にはたくさんの生徒、多くは女子であり、また二、三年生にほとんど占拠されているこの場所は雨が多い最近はめっきり閑散として、あかさはそれに気づいてここ数日目をつけていた。
今日はより雨の匂いが強い。
すっかり梅雨入りしているのだから、当然である。
「濡れてそうじゃない?」
と、加織は心配そうにドアの窓から暗い外を見ている。
「ここなら大丈夫でしょ」
ひさきは淡々としている。
ドアを開け放って、あかさたち三人はドアに近いベンチに腰掛けた。
「今日もずっとこんな感じかな」
加織は歩いて通学なので雨天なのが憂鬱なのかもしれない。
あかさが携帯を見て、加織もそれを覗き込んだ。
「雨っぽいね。降水確率、百パーセントだもん」
「レインブーツ、買っとくんだったぁ」
加織がため息交じりにお弁当の包みを開く。
隣では雨に気を向ける様子のないひさきが同じようにしていて、
「最近、お弁当だね」
「いいって言うんだけど」
まだ春だったころはひさきの昼食はコンビニのパンが多かったが、梅雨入り前あたりからだったか、そのころから自家製の弁当を持参してくるようになった。
母の手作りらしく、しかし当のひさきは仕事に忙しい母を思い、手を煩わせないようにと気を回していた。
女手一つで娘二人を育ててきたのだ、その話を聞いたときにもし自分の家がそうだったらと感心したことを思い出さずにおれない。
「自分では作らないの?」
と、あさかも膝上にお弁当を広げた。
「作らない、かな」
「作れない、じゃなくて?」
「両方かも」
と返すが気を悪くするでもなく、そっけない。
何か最近ずっとこんな感じで、上の空なことが多い。
ひさきがボーっとするのは前からなので、おかしなことではないとは思うのだが…。
その隣では、手を付けられていないお弁当箱が寂しそうに加織に何か言いたそうに見えた。もちろん喋るわけもないし、食べ物を擬人化するもの変な話なわけで、あかさはそんなことでも話しかけようと試みたが、加織は携帯を懸命にいじってばかりいてためらわれた。
近頃のひさきはさらに天然ボケが際立ってきて、あかさの彼女に持つ印象はがらりと変わっていたが、それ以上に加織は表情をあまり顔に出さず、出したところですぐにころころと話をかわされて、クラスメイトや一番親しいあかさたちともあまり長話しをすることもなくなり、あかさは加織のその急速な変化を心配していた。
何かある、あかさはそれだけは確信していた。
「ねぇ、加織。食べないの?」
真剣な眼差しで携帯をいじくっていて、開けかけの箱からサンドイッチが顔を覗かせたままだ。
「加織?」
「え?何」
「食べないの?」
「ううん。これ終わったら、ね」
と消えがちな愛想笑いを見せて、ほんの少しあかさと目を合わせただけですぐにまた携帯に目を移した。
熱中し没頭しているのとは違う、憑りつかれているという方が正しいようなマイナスの思考状態を匂わせていて、しかも本人はそれに気づいていないほどに逼迫しているように思えた。
こんな状態のまま、今日も昼休み終了のチャイムまであのサンドイッチはほったらかしのままだろう。
気にならないわけがない。
かといって、幾度と尋ねてみても答えをはぐらかし、距離を取ろうとするのだから、それ以上は心配のしようがない。
そんなあかさの心配に気づくことなく、ひさきもまた加織に気を留めることなく昼食をとる手を動かし続けていた。
雨音があかさたちの僅かな間に染みこんでいくようだった。
こんなに触れ合いそうなほど近いのに、心の距離を感じてしまう。
仲が悪いことは無かった。
休憩時間もいつも一緒にいるし、授業中に何かのチーム分けがあるたびに同じグループを真っ先に形成していた。
さっきだって、加織は雨が好きではないようだったのにあかさの提案にすぐに賛同したほどだ。
他の誰よりも長い時間を共にしている、それなのに…。
雨がそうさせるのか、しかしあかさにはそれが当てはまるわけでなく、五月病という単語が浮かぶが即否定できた。
突風が風を押し込み、霧雨が膝を濡らした。
心にも霧雨が降っているように思えて困惑する。
話してくれたらいいけど…。
唯一の救いは、加織の携帯の向こう側にいるのはおそらくあの謎の彼氏だろうと察しが付くことだ。
だからと言って何の解決も見ないわけで、話せるようになるまで待つのが残された選択肢だと心を決める程度にしかならない。
もやもやが垂れ込める。
あかさは濡れてもいないのに、うらめしく灰色の雲をにらみつけた。
もし、私がふさぎ込んでいたとして、ちかややしおんならどうするだろう?
そう思って頭を振って、考えを打ち消した。
それは答えにはなってはいない。
私のことなのだ。
私ができることを、私が考えないといけない。
風が吹いてドアがガタガタと音を立てる。
また少し足元まで雨がやってきた。
加織はそれに気が向かうことなく、表情は暗い。
あかさは弁当箱を脇に避け、ドアを締めに向かう。
さぁっと軽く雨が吹き込んで、濡れて少し肌寒くなる。
ノブに手をかけ、あかさは加織の横顔を見つめた。
加織のことを思えば思うほどに、濃い霧に迷い込んでいく気分のあかさだった。
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