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「ねぇ、加織?」
一人で帰ろうとする加織を引き留め、あかさは人気のない校舎の一角へ無理やり連れて行った。
あかさたちがまるで居ないかのようにするりと教室を出ていこうとするものだから、あかさは慌てていた。
「そんなに引っ張らないで。行くから」
「あ、ごめん」
照明が途切れて暗がりが広がっているここは何だか別世界のよう。
生徒たちの声は遠く、むしろ静かすぎて話しづらい雰囲気だったが、雨の音がしつこくまとわりついてくるようであかさにはありがたかった。
「今週、ずっと、何かおかしいよ」
加織はうつむいて、口を閉ざしたまま何も言おうとしない。
見当はついていても、話してくれるかどうか、そのことの方が大事なのだが、それがあかさの独りよがりであることにすら気づけていないほど焦燥していた。
あかさには待つという方法以外に良さそうな行動が思いつかなかったのだから仕方ないと言えばその通りである。
「悩んでるんでしょ?」
微動だにせず、やはり返事はない。
加織は人付き合いが良く、人当たりも抜群で、それだけに大事な友達はクラス外にもたくさん居そうである。
その中でも一緒にいる時間の長いあかさたちにさえ言わないのだから、重大さは推し量るまでもない。
こんなに近くにいるのに、腕を伸ばせば抱きしめることだって容易な距離で、加織は一人で重苦しい何かを抱えていた。
持つその手を離してみたら?
一緒に抱えることもできるかもよ?
口にしたくてたまらないが、あかさは堪えてじっと加織の言葉を待つ。
BGMに雨の音はこの状況では少々辛い。
言わない理由は察することさえ難しく、逃げるわけでなく葛藤した故の沈黙なのであり、これ以上加織との距離を縮めることは自分の方からはできないと悟る。
「言えないこと?」
「ごめん。言えない」
思いもよらずストレートな返答に心が負けそうになるが、あかさは力のこもった加織の拳を握り、
「例の彼氏のことでしょ?」
ピクリ、とした。
極々小さな挙動、もしかしたらそう見えただけかもしれない。
だが、それにしてはあまりにタイミングが良すぎた。
半歩踏み出し、息がかかりそうなほどに顔を近づける。
加織は怯んだり後ずさりせず、目が合い、
「そう、彼のこと」
と感情の絡み合った複雑な表情を加織に見た。
複雑か、それとも無表情か、それすらもわからなかった。
別の世界に住む異星人とは過言だろうが、知らない顔つきの加織がそこに存在感もなく立っていた。
そのせいで、あかさは続けるはずの言葉を失ってしまっていた。
視線が絡んでいる、今が機会なのに…。
加織と同じく、あかさも加織に面と向かって葛藤していて、二人を泡が包むように静寂が訪れる。
そして、加織の視線は再び落ちていった。
息苦しくて喘ぐように、
「うまくいってないんだよね?」
と、言うはずでは無かった言葉が喉から絞り出されてしまう。
しかしそれを柔らかく言い換えることなど可能だろうか?
どんな表現をしようが、加織の眼前にある事実が彼女に襲い掛からんと迫ってきているのだから、不可能だろう。
加織は眉をひそめてあかさと少し間を取った。
触れていた手が離れる。
その手を窓枠にかけ、低く流れていく雨雲を眺めているようだった。
雨が水を打つ波紋が無数に広がり滲んで流れる。
お互いにたくさんのことを知ったつもりだったが、今思えば彼女の口から雨降りをどう思っているのか訊ねたことがないことに気づいた。
今までの彼女の反応を見れば到底好きだとは思えなかったが、はっきりと彼女の言葉を耳にしなければ信じることなどできない。
「話してみて」
すぐに首を振る加織の決意は揺るがないことを示していた。
「話せない」
「私じゃ…」
「違う。そうじゃなくて」
加織はあかさに背を向けて、僅か横顔が見えそうな程度振り向いて、
「私が解決しないといけないことだから」
と、走って消えていく。
かける言葉が見つからない。
追いかける意味も見いだせない。
余計なお世話だったろうか?
あんな加織の姿は見たことない。
他人では解決できない彼女の問題と理解しているからこそ、私を巻き込まないようにしている、そうあかさは感じた。
人が一人ではないのならば必ず直面すること、それは心は一つにはならないという事実。
あかさの恥ずかしくなるような過去の恋愛でも、やはり自分で決断し、それを受け入れないと何も解決しなかったと痛感したことを思い出さずにはいられない。
でも、友達として助けとなるなら何でもしたい。
自己満足のため、友達だからということに囚われず、素直に惑う姿が心配でたまらない。しかし一方で、友達なのに話してもくれないなんて、と苛ついている自分にも気づいていた。
結局は誰もが自分が大事であり、つまりエゴなのだ。
悲しい気分に落ち込んでいく姿を窓ガラスに見たような気がして、ハッとする。
嫌な感覚に陥っていたと、あかさはようやく握っていた拳を解いて汗ばんでいるのを感じた。
手も体も冷たい。
それに心も。
胸の中を風が吹き込むようで、あかさは胸に手をやり穴をふさごうとした。
廊下を辿り、教室へ戻る足は重い。
ひさきにも話しておくべきだろう。
バランスを欠いた心の天秤を揺り戻したい。
ところが、いつものようにクラスメイトと談笑しつつもあかさを待っていてくれている姿を想像したあかさの目は、ひさきの姿をどこにも見つけられなかった。
鞄もない。
あの笑顔に癒されたいと思ったのは身勝手が過ぎたかと、久しぶりの一人ぼっちの家路を思い、止みそうにない雨は今の心境におあつらえ向きだとあかさはグミを口にすることを思いつかないまま教室を後にした。
一人で帰ろうとする加織を引き留め、あかさは人気のない校舎の一角へ無理やり連れて行った。
あかさたちがまるで居ないかのようにするりと教室を出ていこうとするものだから、あかさは慌てていた。
「そんなに引っ張らないで。行くから」
「あ、ごめん」
照明が途切れて暗がりが広がっているここは何だか別世界のよう。
生徒たちの声は遠く、むしろ静かすぎて話しづらい雰囲気だったが、雨の音がしつこくまとわりついてくるようであかさにはありがたかった。
「今週、ずっと、何かおかしいよ」
加織はうつむいて、口を閉ざしたまま何も言おうとしない。
見当はついていても、話してくれるかどうか、そのことの方が大事なのだが、それがあかさの独りよがりであることにすら気づけていないほど焦燥していた。
あかさには待つという方法以外に良さそうな行動が思いつかなかったのだから仕方ないと言えばその通りである。
「悩んでるんでしょ?」
微動だにせず、やはり返事はない。
加織は人付き合いが良く、人当たりも抜群で、それだけに大事な友達はクラス外にもたくさん居そうである。
その中でも一緒にいる時間の長いあかさたちにさえ言わないのだから、重大さは推し量るまでもない。
こんなに近くにいるのに、腕を伸ばせば抱きしめることだって容易な距離で、加織は一人で重苦しい何かを抱えていた。
持つその手を離してみたら?
一緒に抱えることもできるかもよ?
口にしたくてたまらないが、あかさは堪えてじっと加織の言葉を待つ。
BGMに雨の音はこの状況では少々辛い。
言わない理由は察することさえ難しく、逃げるわけでなく葛藤した故の沈黙なのであり、これ以上加織との距離を縮めることは自分の方からはできないと悟る。
「言えないこと?」
「ごめん。言えない」
思いもよらずストレートな返答に心が負けそうになるが、あかさは力のこもった加織の拳を握り、
「例の彼氏のことでしょ?」
ピクリ、とした。
極々小さな挙動、もしかしたらそう見えただけかもしれない。
だが、それにしてはあまりにタイミングが良すぎた。
半歩踏み出し、息がかかりそうなほどに顔を近づける。
加織は怯んだり後ずさりせず、目が合い、
「そう、彼のこと」
と感情の絡み合った複雑な表情を加織に見た。
複雑か、それとも無表情か、それすらもわからなかった。
別の世界に住む異星人とは過言だろうが、知らない顔つきの加織がそこに存在感もなく立っていた。
そのせいで、あかさは続けるはずの言葉を失ってしまっていた。
視線が絡んでいる、今が機会なのに…。
加織と同じく、あかさも加織に面と向かって葛藤していて、二人を泡が包むように静寂が訪れる。
そして、加織の視線は再び落ちていった。
息苦しくて喘ぐように、
「うまくいってないんだよね?」
と、言うはずでは無かった言葉が喉から絞り出されてしまう。
しかしそれを柔らかく言い換えることなど可能だろうか?
どんな表現をしようが、加織の眼前にある事実が彼女に襲い掛からんと迫ってきているのだから、不可能だろう。
加織は眉をひそめてあかさと少し間を取った。
触れていた手が離れる。
その手を窓枠にかけ、低く流れていく雨雲を眺めているようだった。
雨が水を打つ波紋が無数に広がり滲んで流れる。
お互いにたくさんのことを知ったつもりだったが、今思えば彼女の口から雨降りをどう思っているのか訊ねたことがないことに気づいた。
今までの彼女の反応を見れば到底好きだとは思えなかったが、はっきりと彼女の言葉を耳にしなければ信じることなどできない。
「話してみて」
すぐに首を振る加織の決意は揺るがないことを示していた。
「話せない」
「私じゃ…」
「違う。そうじゃなくて」
加織はあかさに背を向けて、僅か横顔が見えそうな程度振り向いて、
「私が解決しないといけないことだから」
と、走って消えていく。
かける言葉が見つからない。
追いかける意味も見いだせない。
余計なお世話だったろうか?
あんな加織の姿は見たことない。
他人では解決できない彼女の問題と理解しているからこそ、私を巻き込まないようにしている、そうあかさは感じた。
人が一人ではないのならば必ず直面すること、それは心は一つにはならないという事実。
あかさの恥ずかしくなるような過去の恋愛でも、やはり自分で決断し、それを受け入れないと何も解決しなかったと痛感したことを思い出さずにはいられない。
でも、友達として助けとなるなら何でもしたい。
自己満足のため、友達だからということに囚われず、素直に惑う姿が心配でたまらない。しかし一方で、友達なのに話してもくれないなんて、と苛ついている自分にも気づいていた。
結局は誰もが自分が大事であり、つまりエゴなのだ。
悲しい気分に落ち込んでいく姿を窓ガラスに見たような気がして、ハッとする。
嫌な感覚に陥っていたと、あかさはようやく握っていた拳を解いて汗ばんでいるのを感じた。
手も体も冷たい。
それに心も。
胸の中を風が吹き込むようで、あかさは胸に手をやり穴をふさごうとした。
廊下を辿り、教室へ戻る足は重い。
ひさきにも話しておくべきだろう。
バランスを欠いた心の天秤を揺り戻したい。
ところが、いつものようにクラスメイトと談笑しつつもあかさを待っていてくれている姿を想像したあかさの目は、ひさきの姿をどこにも見つけられなかった。
鞄もない。
あの笑顔に癒されたいと思ったのは身勝手が過ぎたかと、久しぶりの一人ぼっちの家路を思い、止みそうにない雨は今の心境におあつらえ向きだとあかさはグミを口にすることを思いつかないまま教室を後にした。
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