彼女をぬらす月の滴

内山恭一

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加織はしっかり最後のホームルームまで出ていた。
この数日が嘘だったかのように、むしろ以前よりニコニコしているようで、久しぶりの晴天と同調しているかのよう。
「何か元気になったね」
「どうしたの?」
「良いことあった、とか?」
「新しい彼氏ができたのかも」
「彼と仲直りしたんじゃない」
加織の笑顔の向こうに答えはなく、クラスメイトはあかさの元に来ては話を盛り上げるのだが、
「わからない」
としか言えなかった。
みんなにどう思われたか気になるものの、本当に分からないし知らないのだ。
今まで基本的には陽気なところしか見せなかったが故に、あの落胆ぶりが目に焼き付いているのはあかさも同じ。
昼食を一緒にとった時にそれを問いはしたが、
「もう大丈夫だから」
と、笑顔で話を終わらせる始末。
けんもほろろというと誤解があるが、加織の顔に引かれた笑顔のカーテンは厚く重く、人を寄せ付けない。
それにしても、あの空元気な姿がこれまでと対照的であるために心労の程を示しているのに、加織本人は気づいていないでいる。
おそらく本当に大丈夫なのだと信じられるほどだ。
もちろんそれは傍から見ればの話であり、あかさにとっては加織が別人になってしまったかのよう。
思い出される、あの言葉。
話せるようになったら…。
あかさと加織の過ごした時間の中で、加織が反故にすることなどなかった。
はぐらかすことはしても、裏切ることは絶対にしないだろうと盲信できた。
もし、彼女が昔のままを保っているのなら、それはつまり、話せるまでに至っていないという事だ。
それに目の下にクマがあるようにも見える。
きっとひさきならそれにすぐ気付いたに違いなく、彼女の確証が欲しかったのに、今日も学校を休んでいた。
近しいのが間柄だけでなく、席も前後と近いだけに物寂しい。
あかさは離れた席でぼんやりとしている加織の横顔に何かを見つけようと頑張ったが、熱い視線を向けたに過ぎなかった。
だが、こうして黙っている姿を見ると加織が復調しているのは確かであり、少し安堵するあかさだった。
朝からホームルームまで無事一度も携帯を触らずに居られたのだ、良い傾向なのだろう。
たぶん、きっと…。
「霧村」
佐村がチャイムが鳴るやすかさず話しかける。
「何?」
「あいつ、どうしたんだ?」
他の男子の間では加織のことが話に上がることは無かったようだが、佐村だけはちょこちょこと加織を観察している風だった。
「どう見える?」
佐村の見立てを真剣に聞いてみたくなった。
「元気そうだ」
聞くだけ無駄だったか…。
苦笑いを浮かべるあかさに、戸惑う表情の佐村。
まぁ、一般的にはあの姿は元気には違いない。
「心配?」
「あ?あぁ」
顔色を変えないように気を付けながら、しかし笑顔は作れない。
幸い佐村の目は加織を追ったままだ。
加織のこと、気にしてる?
見た目爽やかな佐村と加織が並ぶ姿を思い浮かべてみると、すぐにイメージできて、しかも良い雰囲気なのだ。
一方、自分はどうだろうと思い描くが、どうも自分の姿をイメージできない。
直接二人で話している光景は見たことないし、勝手な想像で嘆息を漏らすのももちろん勝手である。
そもそも私に話さないで本人と話せばいいのに、と思わなくもない。
しかし、それは怖くてあかさは言えそうにない。
あり得る光景だけに、あかさは床に視線を落とした。
私に話すのは距離的に近いから、なの?
加織がもし佐村のことを好きなら、それはそれで嬉しい気もするし、見守っていられる気がする。
でも…。
本当に?
今日の授業が全て終了したわけで、周りはガヤガヤと騒々しく、あかさがその中で一人浮いた存在に思えた。
思考がマイナスへ傾いていることに気づいて、ハッとして顔を上げるあかさに、
「霧村さん、ちょっと来て」
教室を後にしようとする際で担任から声を掛けられ、教室から追い出されたかのように飛び出した。
担任の後を追い、教員室へ向かう荻野の横に並ぶと、
「蒔本さんに頼もうと思ったんだけど…」
加織に頼み事とはなんだろう?
「もう帰っちゃったみたいだから、あなたに頼みたいの」
え?
あんな短時間で加織、帰っちゃったの?
ていうか、私を置いて行くってどういうこと?
それはもちろん気になったが、頼み事というのも気になって、あかさはいろいろと気が気でない。
「京恵さん、仲良いでしょ?電話したりしない?」
「えぇ、しますよ。最近は控えてますけど」
「テスト範囲とかいろいろ教えてあげてくれない?」
荻野の優しい言い回しに、あかさは素直に頷いた。
「ところで…」
荻野はそう言うとようやくあかさに目を合わせて、
「昨日ちゃんと聞いてた?範囲」
「え?もちろん、まぁ、それなりに…」
「最近は授業中ちゃんと目が開いてるみたいだけど」
ぎくりとするあかさは、視線が泳ぐ。
対して、あくまで冷静な担任の冷徹な瞳に、蛇の前のカエルのよう。
「念のため、プリント作っておいたから。あなたは知ってるだろうけど、再確認のため目を通しておいていいわよ」
教員室前、涼しさを感じさせるドアの前に立ち、渡された数枚の紙にはぎっしりと漢文のごとき密度で、まるで目がくらむ呪文でも隠されているのではないかと気が遠くなるあかさだが、それは暑さのせいかもしれないと思うことにした。
よく見れば、要所要所にはチェックがされていて、ひさきにはもちろん、あかさにも重みのあるものだとわかった。
「ありがとうございます」
これはきっと加織にも役立ちそうだ。
というか、一人で先に帰るなんて、やっぱり普通じゃない!
すぐに追いかけようと、一礼して向きを変えたところに、背後から荻野の声がかかった。
「明日明後日と休みだけど、しっかり勉強しなさいよ」
少し気になる言い方だったが、
「はーい」
と、返事はしておいた。
すでに教室にはクラスメイトのほとんどがおらず、確かに加織の姿は見当たらなかったし、もちろん佐村の姿もなかった。
談笑している美月のグループだけが残っていて、目を合わせることなくそそくさと教室を後にした。
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