彼女がのぞむ月の向こう

内山恭一

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あかさは窓越しに時折通り過ぎる人を何度も見送った。
たまに臨席の大人の女性たちの会話に聞き耳を立ててみたり。
凄く混んで居心地が悪かったり、誰もいなくなって寂しくなったりもした。
かれこれ二時間。
テーブルに置いた携帯を覗いてはため息をつくあかさだった。
しおんに会おうと家の前で待っていたが、全く出てくる気配がなく、そのままでは期待はできなかった。
気を静めてくれたらよいが、そんな期待をしていたが、予想通り変化はなかった。
仕方なくまた隣の店で落ち着くことにして、今に至る。
何時終わるとも知れない、この人待ちの時間。
待ち合わせているわけでもない。
時間をもてあましているあかさは再度、あの世界のことを思った。
今までと違う、断片的な夢ではなく、一つ筋道のはっきりした物語。
夢から覚めた直後のしおんの反応は、口にはしなかったものの共有したからこそのものであり、あかさとちかやだけでなく三人で見たのは疑いの余地はない。
それだけに、絶好の機会を失うがごとく、しおんがひとり帰ってしまったことが悔やまれた。
連絡先を聞くような間柄でもないし、仲良くなれる自信もないあかさにはもう手段がなかった。
後悔なら、本来ちかやが怒らせた張本人なのだから、ちかやがするべきなのだ。
「ちょっと静まるまで待たないと、絶対口を聞いてくれないから」
と気に留めるでもないちかやに、二人の関係はこうやってバランスが取れているのだと思った。
端から見ているとあれは激怒だった。
現実に戻り、ちかやが全体の物語をなぞりあかさに教え、間違いないかしおんに確かめる。
しおんは顔を赤らめ、ちかやを突き飛ばしていた。
嫌がるしおんにおかまいなしで進めるちかやに怒って、ついに踵を返して足早に、というよりも小走りに公園から去っていった。
もちろん、すぐ追いかけてちかやが何度も謝りはしたが、聞く耳持たず走って帰ってしまったのだ。
そんな状況なのに、その後、バスケ部の友達と約束があるそうで謝罪を早々に諦めたちかやはあかさを置いて消えていった。
また一人悶々とする日々に向き合わなければならないのはつらい。
大体状況からしてちかやが止めなかったのが悪かったのだし、性格上とばっちりを食らったのはあかさである。
やはり同じ夢を見ていたのだろう、夢でのしおんの行動や反応を思い返せば、当て推量だが、怒りは羞恥心からくるものだろう。
楽しんでいたであろうしおんやちかやと違って、よくよく考えればもったいない話である。
お姫様をもっと満喫しておけば良かったと、今更ながら、こんな今だからそう思える。
ちかやのストーリーが正しいとして、あかさはあの時点で死んでいるはずだが、生きていた。
しおんの魔法の攻撃でもやはり生きていたのだ。
死んでしまう役なんて、むしろ主役のようなあの宮殿での生活を楽しんでみれば良かった。
あかさの中ではいろいろな思いが交錯していたが、夢も含めて一本の光明は差し込んでいた。
ただ、それが正しいのか、確かめたい。
絶対話したい。
早く話したい。
窓際の席でしおんの家の玄関が見えるのはここだけで、変わらぬ風景がそこにあって、またため息を一つついた。
ともかく出てきて。
出てきてくれたら声を掛ける、そう心に決めて待っている。
カップを口に運ぶが、唇に伝わるカップの冷たさで中が空だったことに気づいて、再び置いた。
テーブルに並んた砂糖の瓶やティーカップ、湾曲したフォークが作り出す鮮やかな影は、変化しているはずだが変わらぬ風景のようだ。
待つ時間の長さはとりわけそれ以上に感じる。
しかし、だからといって携帯をいじっていてはしおんを見逃してしまうだろう。
聞きたいことがたくさんあるから、電話で済ませるのは無理だろう。
それよりあかさは齟齬を危惧していた。
電話では目、口調、視線、頬など表情がわからないし、会って話さねばならない。
地道だが他に選べる考えは浮かばないし、美月に通ずるしおんとの距離感、雰囲気がなおさら邪魔になると思えた。
だからちかやに連絡先を聞くという選択肢は一切考えていなかった。
メールなどもちょっと違うし、まどろっこしいし、コミュニケーションツールとしては信頼に足らない。
もしかしてそういう考えがあるからか、ひさきが昔ながらの通話機能しかない携帯を持ち続けている理由は、とはたと思う。
あれほどに顔が広いと、返信だけでも量が大変そうだし、もしかして機械音痴とか?
あかさは一人頷いた。
ひさきも加織も今頃何しているのだろう?
まさか私がこんなに長い間誰かを待っているとは想像もできないだろう。
自分が一番信じられないのだから。
普通ならとっくに諦めて家に帰っているところだ。
ここからなら学校に寄って帰るという手もあるか。
佐村はきっとバスケの試合の最中か、それとももう終わってるかも知れない。
昼から練習試合があるそうで、冗談めかして暇なら応援に来てくれと誘われていた。
行かないでしょ、とみんなで言い返しておいたが、それなのに行ったらきっと驚くよね、とあかさは佐村の反応を想像してみたりした。
緩急ついて事態は緊迫した。
目に入るしおんの姿、さっきまで服装が異なるので見違えそうになるが、たぶんあれはしおんだ。
支払いもそこそこに店を飛び出るあかさ。
「相嶋さん」
びくっと振り返るとラフな服に身を包んだしおんと目が合う。
瞬発的に家の方へむき直すしおんに、続けて、
「待って、話したいの」
と、あかさは声を掛けた。
半歩足を踏み出す形になったしおんはそのままで、
「霧村さん」
と、あかさのこの長い待ち時間が報われないような顔で答えた。
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