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時に吹く風は秋口のもので、これから更に冷たさを増しそうに思えた。
肩の露出した二人は摩っては寒さをしのいでいた。
救いは、ここが森の中で、木々のおかげで風があまり入ってこないことくらいか。
それともう一つ、月明かりも入りにくく、しおんの表情を読む術を失っていたこともあかさを助けていた。
中断させられて怒っているかと思いきや、怒られもせず、ただ笑顔を見せるだけのしおんは感情を見せなかった。
もちろん謝ったあかさだが、それでは済まされない気がしていてあかさの足を重くしていた。
先頭を行くフジに連れだって歩く二人に会話はない。
友人とは言え正体不明の猫と、どこまで踏み込んで良いかわからないしおんと、気まずい空気で、
「ごめんね」
「ううん、いいの」
と、そっけない。
しおんが口を開くのをただひたすらに待つだけだった。
出会ったときのあの距離感はもうない気がしているのに、これは…。
やはり怒っているのだろう、だがちかやと違い怒られないところにあかさは落胆した。
気まずくて何と無くこうして歩きながら会話しようと試みているが、糸口をどこにも見いだせない。
どうしてここにいるんだろう、私。
悲しさがこみ上げるが、泣くべきは私ではないはずだ。
そんな身勝手は許されないと、ぐっと涙をこらえた。
木々のざわめきが先ほどの喧噪を思い返させて、また途方に暮れるあかさだった。
何度目だろうか、もう一度謝ろうとした瞬間、
「ごめんね」
言われて戸惑うあかさ。
しおんが何を言ったのか、理解できずにいた。
いや、もちろん謝罪の言葉なのは理解している。
何に対してもののなのかがさっぱりわからない。
過去を紐解くようにパラパラと思い出もめくっても、ページが少なくてすぐにお終いに…、ならない。
何度かある。
でも、今ではないだろうし、とあかさの思考はパンク寸前で、
「私が化粧しない方がいいっていったから」
確かにそれは聞いたし、ズキンと心に刺さる。
「私の夢だからだよね、ごめん」
もうどうしようもなく混乱する。
何なの、この子。
あかさは、きっと薄暗い月明かりでもはっきりわかるほどに困惑顔をしていただろう、それに目もくれず早口でまくしたてるしおん。
「化粧しない方が良いとは思ってたけど、そんな綺麗なドレスに、それにその髪だって。せめて口紅くらいはしても良いと思う、その方がきっと綺麗」
謝るってそこ?
しおんの横顔を覗き込むあかさの目に嘘とは映らない、それどころか薄紅の頬に、ぎゅっと閉じた目に、本気にしか思えない熱を感じる。
「もちろん薄めが良いとは思うよ、やっぱり」
と、あかさを見上げるしおん。
謝るどころか、貶された気さえするあかさだが、どこから来るかわからないしおんの熱意にほだされて、
「うん、大丈夫。大丈夫だよ」
と言ったが、半分以上は自分に言い聞かせたようなもので、あかさは引きつった笑顔を見せた。
にもかかわらずそれが笑顔に見えたのか、しおんはようやく笑顔を見せた。
一応は一息つくあかさだが、しかし、と思う。
得体の知れないのは猫の方じゃなく、この子の方なのではと思うあかさだった。
ともかく、あの重苦しい場が和んだようで、月明かりを眩しく感じられるようになった。
そこで改めてフジをしおんに紹介し、ようやくフジの存在に気づいたようだった。
抱っこしたりなで回したり、好き放題のしおんはすこぶる楽しそうである。
それにしても黒いから闇に紛れて見えづらいのはわかるが、そこまで気づかないとは呆れる。
そんなことを思っていると、しおんが月を見上げながら、
「私ね」
「うん」
「月を見ていると居なくなるの」
「うん、ん?」
「じーっと見ているとね、視野がグンッと狭くなってね、吸い込まれた気になる」
あかさにもそう感じる時があって、月を見上げた。
「そしたら、向こう側に何か居るの」
「どういうこと?」
「私たちは凄い大きな箱庭に生きてて、それを誰かが観察しているの、ずーっとね」
指を前に突き出す仕草をするしおんは、
「障子に指で穴を空けるみたいにね」
なるほど、うなずくあかさは、
「それが月ってことね」
「そう。わたしたちってなんだろうって。そこから覗く神の前では唯の遺伝子なだけで、ただの脳みそなだけ」
月を見上げるしおんの顔はまるっきり女神のよう。
「私たちが生きて、恋して、誰かと一緒に生きていく。そんなことがすごく小さい。あの穴から見える私たちは蟻よりもっと小さい」
言いたいことはあかさにもわかった。
そうやって考えたことはないが、月を見ていて同じ感覚を得られる気になっていた。
月の輪郭が揺らいで、また怪しい。
どれくらい歩いたか、風が急に強く吹き続ける。
気に入っていた花飾りが風に舞って飛んでいった。
その行く先を見つめていると、道の先に何か建物のようなもの、人工物であることは確かな何かが見えた。
「行ってみよう」
あかさは走り出し、しおんとフジも続く。
まだこのトリップは終わっていない。
何かまだあるのだ、そう直感した。
本質と言える、このトリップした世界をなぞって進むだけでは得難い何かが。
すぐに人工物は大きくなる。
目前になり、あかさはその大きさに圧倒され、誤りに気づいた。
ただのじんこうぶつではない、あかさたちより遙かに背の高く巨大な柵が巡らせてあった。
その向こうは…。
何もない、月に照らされた雲以外は。
「雲?」
しおんの問いはもっともだった。
顔を見合わせる二人。
どうもこの森は…。
ここは小高くなっていて、今まで抜けてきた森が見通せる。
森の端は途中で切れていて、断崖絶壁の奈落の底がどこまでも深いと思わせた。
他方、森の方に目をやれば、彼方に風力発電を思わせる風車がいくつも見えた。
だが、風車にしては回転方向がおかしいし、その巨大さといったら現実では考えられないほどで半端でない。
風の強さと良い、眼下を流れる雲といい、竹とんぼよろしく回り続ける風車といい、これはもしかして飛んでいるのでは?
あっけにとられているあかさに、しおんが指を差す。
その先には櫓のような建物があって、そこに人影がある。
まさか。
「あれ?あかさ?しおん?」
これはどういうことだろう?
あかさとしおんが同じ夢にトリップするのは経験上あり得るとわかるのだが…。
ガシャリと重そうな金属音とともに振り返ったのはちかやだった。
コスプレなのか、鎧を身につけ剣とおぼしきものを腰に下げ、その下はかなりきわどい衣装を身につけているようだが、特段恥ずかしがる風でもない。
「ははぁ、しおんが黒魔術師で」
としおんを指さしてから、それをあかさへと向け、絶句する。
「…。踊り子、かな?」
コスプレなのはお互い様だが、こんな姿の女を見て踊り子とは、今度はあかさが絶句した。
「何で黒なのよ」
と、どこに怒りの矛先が向いているやら、焦点のおかしなしおんは指先をちかやに向けると、その指先から渦巻く風が現れた。
「やっぱ黒じゃんか」
と嬉しそうなちかやにあかさはそうじゃないでしょと言いたかった。
聞きたいことがあるのに、このパターンは…。
肩の露出した二人は摩っては寒さをしのいでいた。
救いは、ここが森の中で、木々のおかげで風があまり入ってこないことくらいか。
それともう一つ、月明かりも入りにくく、しおんの表情を読む術を失っていたこともあかさを助けていた。
中断させられて怒っているかと思いきや、怒られもせず、ただ笑顔を見せるだけのしおんは感情を見せなかった。
もちろん謝ったあかさだが、それでは済まされない気がしていてあかさの足を重くしていた。
先頭を行くフジに連れだって歩く二人に会話はない。
友人とは言え正体不明の猫と、どこまで踏み込んで良いかわからないしおんと、気まずい空気で、
「ごめんね」
「ううん、いいの」
と、そっけない。
しおんが口を開くのをただひたすらに待つだけだった。
出会ったときのあの距離感はもうない気がしているのに、これは…。
やはり怒っているのだろう、だがちかやと違い怒られないところにあかさは落胆した。
気まずくて何と無くこうして歩きながら会話しようと試みているが、糸口をどこにも見いだせない。
どうしてここにいるんだろう、私。
悲しさがこみ上げるが、泣くべきは私ではないはずだ。
そんな身勝手は許されないと、ぐっと涙をこらえた。
木々のざわめきが先ほどの喧噪を思い返させて、また途方に暮れるあかさだった。
何度目だろうか、もう一度謝ろうとした瞬間、
「ごめんね」
言われて戸惑うあかさ。
しおんが何を言ったのか、理解できずにいた。
いや、もちろん謝罪の言葉なのは理解している。
何に対してもののなのかがさっぱりわからない。
過去を紐解くようにパラパラと思い出もめくっても、ページが少なくてすぐにお終いに…、ならない。
何度かある。
でも、今ではないだろうし、とあかさの思考はパンク寸前で、
「私が化粧しない方がいいっていったから」
確かにそれは聞いたし、ズキンと心に刺さる。
「私の夢だからだよね、ごめん」
もうどうしようもなく混乱する。
何なの、この子。
あかさは、きっと薄暗い月明かりでもはっきりわかるほどに困惑顔をしていただろう、それに目もくれず早口でまくしたてるしおん。
「化粧しない方が良いとは思ってたけど、そんな綺麗なドレスに、それにその髪だって。せめて口紅くらいはしても良いと思う、その方がきっと綺麗」
謝るってそこ?
しおんの横顔を覗き込むあかさの目に嘘とは映らない、それどころか薄紅の頬に、ぎゅっと閉じた目に、本気にしか思えない熱を感じる。
「もちろん薄めが良いとは思うよ、やっぱり」
と、あかさを見上げるしおん。
謝るどころか、貶された気さえするあかさだが、どこから来るかわからないしおんの熱意にほだされて、
「うん、大丈夫。大丈夫だよ」
と言ったが、半分以上は自分に言い聞かせたようなもので、あかさは引きつった笑顔を見せた。
にもかかわらずそれが笑顔に見えたのか、しおんはようやく笑顔を見せた。
一応は一息つくあかさだが、しかし、と思う。
得体の知れないのは猫の方じゃなく、この子の方なのではと思うあかさだった。
ともかく、あの重苦しい場が和んだようで、月明かりを眩しく感じられるようになった。
そこで改めてフジをしおんに紹介し、ようやくフジの存在に気づいたようだった。
抱っこしたりなで回したり、好き放題のしおんはすこぶる楽しそうである。
それにしても黒いから闇に紛れて見えづらいのはわかるが、そこまで気づかないとは呆れる。
そんなことを思っていると、しおんが月を見上げながら、
「私ね」
「うん」
「月を見ていると居なくなるの」
「うん、ん?」
「じーっと見ているとね、視野がグンッと狭くなってね、吸い込まれた気になる」
あかさにもそう感じる時があって、月を見上げた。
「そしたら、向こう側に何か居るの」
「どういうこと?」
「私たちは凄い大きな箱庭に生きてて、それを誰かが観察しているの、ずーっとね」
指を前に突き出す仕草をするしおんは、
「障子に指で穴を空けるみたいにね」
なるほど、うなずくあかさは、
「それが月ってことね」
「そう。わたしたちってなんだろうって。そこから覗く神の前では唯の遺伝子なだけで、ただの脳みそなだけ」
月を見上げるしおんの顔はまるっきり女神のよう。
「私たちが生きて、恋して、誰かと一緒に生きていく。そんなことがすごく小さい。あの穴から見える私たちは蟻よりもっと小さい」
言いたいことはあかさにもわかった。
そうやって考えたことはないが、月を見ていて同じ感覚を得られる気になっていた。
月の輪郭が揺らいで、また怪しい。
どれくらい歩いたか、風が急に強く吹き続ける。
気に入っていた花飾りが風に舞って飛んでいった。
その行く先を見つめていると、道の先に何か建物のようなもの、人工物であることは確かな何かが見えた。
「行ってみよう」
あかさは走り出し、しおんとフジも続く。
まだこのトリップは終わっていない。
何かまだあるのだ、そう直感した。
本質と言える、このトリップした世界をなぞって進むだけでは得難い何かが。
すぐに人工物は大きくなる。
目前になり、あかさはその大きさに圧倒され、誤りに気づいた。
ただのじんこうぶつではない、あかさたちより遙かに背の高く巨大な柵が巡らせてあった。
その向こうは…。
何もない、月に照らされた雲以外は。
「雲?」
しおんの問いはもっともだった。
顔を見合わせる二人。
どうもこの森は…。
ここは小高くなっていて、今まで抜けてきた森が見通せる。
森の端は途中で切れていて、断崖絶壁の奈落の底がどこまでも深いと思わせた。
他方、森の方に目をやれば、彼方に風力発電を思わせる風車がいくつも見えた。
だが、風車にしては回転方向がおかしいし、その巨大さといったら現実では考えられないほどで半端でない。
風の強さと良い、眼下を流れる雲といい、竹とんぼよろしく回り続ける風車といい、これはもしかして飛んでいるのでは?
あっけにとられているあかさに、しおんが指を差す。
その先には櫓のような建物があって、そこに人影がある。
まさか。
「あれ?あかさ?しおん?」
これはどういうことだろう?
あかさとしおんが同じ夢にトリップするのは経験上あり得るとわかるのだが…。
ガシャリと重そうな金属音とともに振り返ったのはちかやだった。
コスプレなのか、鎧を身につけ剣とおぼしきものを腰に下げ、その下はかなりきわどい衣装を身につけているようだが、特段恥ずかしがる風でもない。
「ははぁ、しおんが黒魔術師で」
としおんを指さしてから、それをあかさへと向け、絶句する。
「…。踊り子、かな?」
コスプレなのはお互い様だが、こんな姿の女を見て踊り子とは、今度はあかさが絶句した。
「何で黒なのよ」
と、どこに怒りの矛先が向いているやら、焦点のおかしなしおんは指先をちかやに向けると、その指先から渦巻く風が現れた。
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