彼女がのぞむ月の向こう

内山恭一

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通話終了の文字が画面に浮かんでいる。
その下には通話時間が表示されていたのだが、あかさは不思議に思ってしおんに声を掛けた。
「この時間、合ってるよね?」
「ちかや!」
あかさの立ち位置にちかやの姿を見ていたしおんが凄んでくるのは仕方ないとして、それでもしおんの形相は恐ろしくてあかさの顔は引きつった。
また知らないしおんの一面を図らずも見せられたわけだが、しおんはすぐに状況を飲み込んだらしく何事もなかったようにとっさに笑顔に戻った。
「あ、ごめん。また私がやっちゃったのか」
と、しおんは突然の幕引きのきっかけを作ってしまったことを詫びた。
「謝らないんだもん、あいつ」
間違いとはいえ脅したことにはノータッチなのね、あかさは引きつりながら無理矢理にこりとして見せた。
「ねぇ、時間…」
「え?何の話」
「通話時間、十分って本当かな?」
今は暗くなって見えないが、消える前は確かに十分かそこらの時間が画面に表示されていた。
そう言えば今の今まで、トリップ中はそれなりの時間経過があると思っていた、というかそれだけの時間を肌に感じていたのだが、これだと数分くらいの時間しか過ぎていないことになる。
それに今ここにいないちかやまでトリップ先で出会うとは、新たな発見である。
もちろん夢の中なのだ、ちかやの偽物という可能性は拭いきれないが、ちょうど通話していたのだ。
それにあの行動、とてもちかやらしい。
携帯が鳴り響く。
時間からすればついさっき聞いたばかりなのに、随分以前に聞いたような錯覚があった。
表示はちかやからの着信を告げていた。
しおんに携帯を渡して、耳を近づけそばだてる。
「ごめん、切っちゃったみたい」
「あ、うん。そうね」
しどろもどろな返答をするしおん。
「もうちょっと続いてたら、飛行機の免許とれるかも知れなかったのに、残念」
「え、意味わかんないんだけど、何?」
「わからなかった?あの島を操縦していたの、私だもん」
「島?操縦?何のこと?」
「今、あの夢見てたでしょ?」
あまりに断片的な情報で、あかさとしおんは目を合わせた。
だが、やはり夢に出たちかやは当人なのだと信じることはできた。
「ほら、中学の時に話したじゃん。凄いはまったあのゲームのこと」
鼻息荒いちかやに、ぱっとしおんは顔を上げ、どうやら何かに気づいた様子。
「受験の時にはまってた、あれ?」
「あのゲーム。女剣士の絵がもうすごい格好良くて、気に入ってたもん」
どうやらちかやの夢の世界はゲームのそれのようだが、ゲームをしないあかさにでももわかりやすい話だった。
その衣装があれなのか、と納得したあかさだった。
「飛行機って、何のこと?」
「そのゲーム、、移動手段が飛行船とかあるの。プロペラでヘリコプターみたいに浮かぶ帆船」
しおんの解説が小説の時のそれと打って変わってわかりやすく的確で、あかさは今度ばかりはありがたく思った。
「知ってるのかわからないけど、今目の前にその飛行船にぴったりなのがあるの」
何を言っているやら、しおんとあかさは目を合わせるしか他にしようがない。
「今ランニングで湖沿いを走ってるの。あの公園」
そう言えばと、頭に一枚の写真が思い浮かんだ。
しおんもその意味がわかって様子で、合点がいくという風に頷いた。
あかさは自信がなかったがどうやら正解の模様であり、一方で自分の推論に納得できずにいた。
また聞き耳を立てる。
「夢はね、彫刻に持つその人その人の印象によって世界観を持つらしいの」
さらりと言ってのけるちかやだが、
「らしいって何?」
「カピバラさんが教えてくれたから。喋るんだよ、カピバラ」
ちかやが鎧姿で振り向いたときに気になっていたこと、あのやけにもっこりして、まるでフジのような形の襟巻き、聞きたかったのはそれだった。
頭がすっきりと、霧が晴れるようにめまぐるしく考えをまとめる。
最初ねずみと言われてハムスターを思いついたが、結局はカピバラだと後で知ったし、あの時見た大きさはハムスターのそれとは明らかに違っていた。
彫刻とそのイメージと友達とその姿。
「しおん、何か話しかけてくる動物…」
言いかけて、あかさはハッとした。
形にこだわりはないのだ。
彼らには名前が無く、姿も共通のかたちがあるわけでもないのだ。
「それか物とかない?」
「聞いてたの?私が話してるとこ」
やはり何か知っていそう。
「見てないけど。何だったの?それ」
「杖が喋るの、魔法の杖。何でもできる魔法の杖」
しおんは得意げに指を振る仕草を見せる。
あかさはしおんやちかやに聞こえるように大きく問いかけた。
「友達になりたいって言ってなかった?」
「友人になりたいと言ってたよ」
ちかやに続いてうなずくしおんは、きょとんとしてあかさを見た。
共有しないと例え同じ夢にトリップしたとしても見えないし、喋ることもできない。
おそらく一人一人に一つずつ思念が存在し、彼らがあの世界に誘うのだ。
「何て答えた?」
二人はまるで息を合わせたがごとく、
「いいよって」
目的はわからない。
唯本当に友達になりたいだけなのか、違う何かがあるのか。
あかさはフジの顔を思い出して、つぶやいた。
「あなたは何をしたいの?」
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