彼女がのぞむ月の向こう

内山恭一

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連休最終日の朝、湾岸道路から見える風景は相変わらずで、幾つもの煙突が煙をもくもくとたなびかせていた。
姉に会う前と違ってもう逃げ腰ではない、あかさの心は強かった。
これから戦うのだ、というのはあまりに大袈裟だが、ひるまずに話を通す覚悟を持ち合わせている。
「そろそろ着くぞ」
車は本来ならまっすぐ街の大通りを通って行くのだが、進入禁止の看板と数台のパトカーにより行けなくなっている。
大通りから一つ入った道に車は滑り込み、そこであかさは車を降りた。
「忘れもの、無いか?」
運転席から振り返る父に頷き返し、
「行ってくる」
「気をつけてね」
フジに危険な匂いはしないが、それが相手を信じる根拠にはならない。
相手を見極めた上で、今後どうするか決めようと誓っている。
「うん、大丈夫」
ドタンと後ろででドアを締めて、あかさは歩き出した。
誰が見ても祭りを楽しみに来たという風には見えなかったろう。
そんな硬い表情を両親に見せるわけにはいかないと、いつもどおりの自分を心がけていた。
車は去り、先ほどの大通りへ戻ったあかさは、多くの人混みがバラバラに、しかし整然と流れている様を眺めた。
まるで人を遮る堤防のような屋台が軒を連ねる。
低音の振動が絶え間なく鳴り響き、道路上のステージでは和装の男女が踊りを披露している。
携帯を取りだし、連絡を取る。
昨晩、祭りのピークである昼前後に、三人で集まろうと連絡しておいた。
何の集まりか、二人は事情を知らない。
雰囲気で心情を計れるほどに付き合いが長いわけではない。
きっといつものトリップを試してみるだけ、そう思っているだろう。
二人の前で彼らの目的を暴いてみせる。
彼女たちの享楽が自分から発せられたものとしても、やはり得体の知れない相手の手のひらの上であるのはおぞましい。
人混みに交わり、その中をゆっくり進む。
目的の場所はそう遠くないが、これだと少し遅れそうだ。
ぱっと切れた人混みからヒラリと身を逃し、裏通りを進む。
まるで夢の中を渡り歩くかのようだと、あかさは感じた。
そんなあかさにとって、最大の懸念。
夢の終わりがトリップの終わりと同義ではないということ。
現実世界での外的要因、例えば人や携帯などであるが、それらからの干渉により戻るパターン。
もう一つは、これはしおんが言っていたことだが、楽しさとは違う感情がそれ以上にこみ上げると戻るパターン。
あるいは、一番怖い選択肢もあるが…、。
今はやみくもに考えることではない。
ともかく、これだけの人がいれば、誰かが、何かしら私たちに現実感を与えてくれるだろうと、それを期待して人手の多い今日を選んだ。
日差しが強く、人の熱気も手伝ってかすかに汗ばんでくる。
胸元から風を入れ、体を冷ます。
人通りが少なくなってきて、道路の真ん中で立ち止まる。
この感じが現実なのだと、あかさは空を仰ぎ見、それから目を閉じ、耳を澄まし、大きく息をした。
空気を胸一杯に詰め込んで、深くはき出すと、目的の公園へまた歩き出した。
「やぁ」
ちかやが気づいて大きく手を振る。
傍らにしおんも一緒に見える。
ほんの数日前まで何の縁もなく無関係だったのに、今こうしていつもの顔ぶれに会って安心する自分が居て、あかさは目を細めた。
私が彼女たちを守らなきゃ。
「もう来てるとは思わなかったよ」
待ち合わせの時間より随分早いのに、彼女たちはきっともっと早くから来ているのだ。
「久しぶりだからね」
とわかるようなわからないような理由を述べるちかやに、静かに頷くしおん。
三人三様の理由があるはずで、おそらくシリアスなのは自分だけだろうと、決して表情に出さないように気をつけた。
「じゃぁ早速行こう」
話もそこそこに歩き出す三人は、人の流れと逆行して公園を進む。
どの彫刻でも良い、最初に出会うものにすると三人で話していた。
夢の中身は自分では選べないうえ、トリップできるのかすらわからない。
そして程なく、大きく丸い輪っかに出会い、三人はそれを仰ぎ見た。
二人には何か思いが湧いてくるのだろうか?
あかさには何もイメージが湧かない。
上から下へ、何かきっかけはないかと見回すが、巨大な鉄のオブジェがそこにあるのみだった。
あかさは持ってきたグミを味わうと、二人にも勧めた。
それを味わうのもほどほどに中途半端にかみ砕くと、ごくりを音を立てて飲み込んだ。
「来て」
あかさは小さくつぶやいた。
何故かトリップするだろう自信があった。
そして世界は暗転した。
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