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あかさの目は闇に一向に慣れなかった。
足場を確かめる。
平坦で何もない。
強いて言うなら、学校の廊下だろうか。
ひんやりとして無機質。
息をして、手を伸ばしてみるが、誰か居るような存在感はないし違和感も何もない。
つかみ所無くあかさは一人ぽつんと立っていた。
「フジ?」
だが、ここが夢の世界であり、トリップできたということだけは疑い様もない現実だ。
再び呼ぶ。
「フジ!」
目が慣れてきたのではなく、光が差し込んできたという感じで、それでもほの暗くて、ようやくそこに白い富士額を見つけた。
「ずっと居たんだよね、私の近くに」
フジの輪郭が見えてきたが、返事をした風な様子は見られない。
もっと間を取っても良かったが、あかさは待たずに次を問う。
尋ねたいことは相も変わらず山ほどあるのだ。
それらは整理しようと頑張れば頑張るほどにもつれ合いほどけないが、少しずつ手繰っていくしかあかさにできそうにない。
「ここはどこ?私の記憶?誰のイメージ?」
フジは耳をピクピクと猫らしく動かしてから、
「ここには何もない。あかさの心そのもの。だから何もない」
楽しさとは無縁だろう?
それにこれが私のイメージ?
答えになっているのかそうでないのか判断できずにいるが、頭の冴えた今の調子を崩されたくないので、ここはおあつらえ向きだ。
「二人はどこ?」
「すぐ近く。でも関われない、この場所とは」
「無事なの?」
「それは僕にはわからない」
フジには人間性の欠片すら感じない。
それこそ機械のよう。
だからこそ信じてみようと思えるのだが、
「あなたは何?」
また少し明るくなる世界。
かすかに満月が出てきたらしく丸く白いものが浮かぶが、その割に暗すぎだ。
ここは光を返す万物が唯の二つしかない。
互いのその距離はおそらく教壇と私の机ほどしかない、とあかさは感じた。
「僕は楽しさ。快楽の化身と言うのか。外見は…」
「私の生み出した夢」
「そう、君の想像の中に生きてる」
「どうして楽しませてくれるの?」
答えになっていないと問いただしたかったが、あかさは相手の言葉に乗ってみた。
「君が楽しめばそれだけ僕は自由になれる」
「何から自由に?」
フジはそれに答えなかった。
そうしたくないのか、あるいはできないのか。
やはり一方的に信じることはできない。
「どこから来たの?」
「君たちの足下、または頭の隅、心の中」
そんなはずはない、完全に私とは別の人格を持っている、そう違和感をあかさは感じた。
かつて見た夢であの猫は喋らなかった、対してこれは私の知らない存在だ。
「どこへ行くの?自由になって」
「どこへも。成長したい」
「成長?なにそれ」
「大きくなること」
あれが口から放つ言葉の意味はわかるのに、真意がわからない。
「私たちに危害を加え…」
「僕にそのつもりはない。全くない」
あかさの問いを遮って、フジは答えた。
そして確信した。
あれはやはり機械ではない、意識のある存在なのだ。
「ただ一緒にいて、世界を見つけたい」
ゆらりとフジが一歩前に出る。
呼応してあかさは一歩後ずさった。
「どうしてここに来たの?」
今度はフジがあかさに問いかけた。
「楽しさを求めるわけじゃなく、何をしに?」
問われるとは思いもよらず、あかさはどう答えようかとまどっていた。
「他の人たちは素直に喜んでいるようだけど、どうして君は…」
少し考え込む様子のフジ。
「拒絶もせず、受容もせず、ここにいる?」
私がここにいる理由は明快だ。
それより…。
「拒絶することができる?」
「受け入れてくれないなら、存在できない。話もできないし、姿も見えないはず」
「でも、そんな判断した覚えはない」
「最初に試すんだ。どんな反応をするか」
瞬間、あかさの頭に映像が流れた。
あの小舟に揺られ、虹に包まれたあの光景がよみがえる。
堅いつぼみがハイスピードで花開くように、つい先日の、あの切実な顔の咲奈が思い浮かんだ。
そうか、咲奈は楽しさを求めなかったんだ。
おそらく拒絶したに違いない。
あの表情は恐怖におののく顔だ。
思念の存在はもとより、享楽のみの夢が心の中に存在することすら否定したのだ。
たぶん咲奈はもう「ただの夢」として処理している。
反対に受け入れているのがちかやとしおん。
だが、楽しさだけで知らない相手を信じられるはずがない。
そして、開いた花が閉じて枯れ落ち、一つの答えに驚愕した。
自分という媒介が彼女たちの本来持っていて然るべき障壁を取ってしまった、と。
先駆者の影の走者のごとく、彼女たちはあかさに身をゆだねているのだ。
盲目的に。
ことの重大さに冷や汗がどっとあふれ出る。
暑くも寒くもないのに、体全体から汗が噴き出るようだ。
いやな汗。
だが、汗はすぐに止まった。
それは彼女たちも私と同じ走者なのだと気づいたからだし、彼女たちを守るという決意は図らずも考え違いではなかったからだ。
私が今ここにいる理由。
好奇心。
何かを得るために前に進む気持ち。
後ろをひた走るちやかやしおんもやはり同じ方向へ向かっているのだ。
私の好奇心は、姉の心の強さにも負けない、他人に負けない強さを持っている。
だからここにいる。
逃げない。
知らないふりもしない。
もう何度も関わり合った友人であり、ただの機械ではないのだ。
ちかやの言葉が木霊のように響き渡る。
そう、見ないふりをすることもできる。
思いかけず美月の顔が、仕草が脳裏をよぎる。
人間とは言えない不可思議な存在。
だがしかし、私はうまく立ち回れるだろうか。
姉のような力量も目標も、何よりそれらの源泉たる情熱がそもそもあるだろうか。
ここにいる、確かに立っているのに、ぐにゃりと地面がたわむようで、あかさはひとりよろめく。
世界が闇に消え入りそうで、あかさの目から光が失われつつあった。
漆黒がフジとあかさを包もうとしているなか、フジがまた一歩前に出た、そんな気がした。
あかさは抜けかけた力を振り絞り、一歩、もう一歩と前へ出る。
ゆがむ視界にフジの姿だけが浮かんで映った。
ちかやとしおん、それに加織やひさきの笑顔が思い出された。
みんな輝いている、わたしもそうありたい。
「この目で確かめるんだ」
さらに一歩踏み出し、そこに居るであろうフジを、自分の夢を両手に抱えた。
「あなたと友達になれる?」
かすむ月が一人と一匹の目を光らせる。
風が巻き起こったかと思うと渦巻いて、噴き出したまばゆい光に目がくらむ。
あかさはその中心でぎゅっとフジを抱きしめた。
感じたことのない感覚、あれは温もりだろうか。
「にゃー」
世界は奇妙な猫の一鳴きで一変した。
足場を確かめる。
平坦で何もない。
強いて言うなら、学校の廊下だろうか。
ひんやりとして無機質。
息をして、手を伸ばしてみるが、誰か居るような存在感はないし違和感も何もない。
つかみ所無くあかさは一人ぽつんと立っていた。
「フジ?」
だが、ここが夢の世界であり、トリップできたということだけは疑い様もない現実だ。
再び呼ぶ。
「フジ!」
目が慣れてきたのではなく、光が差し込んできたという感じで、それでもほの暗くて、ようやくそこに白い富士額を見つけた。
「ずっと居たんだよね、私の近くに」
フジの輪郭が見えてきたが、返事をした風な様子は見られない。
もっと間を取っても良かったが、あかさは待たずに次を問う。
尋ねたいことは相も変わらず山ほどあるのだ。
それらは整理しようと頑張れば頑張るほどにもつれ合いほどけないが、少しずつ手繰っていくしかあかさにできそうにない。
「ここはどこ?私の記憶?誰のイメージ?」
フジは耳をピクピクと猫らしく動かしてから、
「ここには何もない。あかさの心そのもの。だから何もない」
楽しさとは無縁だろう?
それにこれが私のイメージ?
答えになっているのかそうでないのか判断できずにいるが、頭の冴えた今の調子を崩されたくないので、ここはおあつらえ向きだ。
「二人はどこ?」
「すぐ近く。でも関われない、この場所とは」
「無事なの?」
「それは僕にはわからない」
フジには人間性の欠片すら感じない。
それこそ機械のよう。
だからこそ信じてみようと思えるのだが、
「あなたは何?」
また少し明るくなる世界。
かすかに満月が出てきたらしく丸く白いものが浮かぶが、その割に暗すぎだ。
ここは光を返す万物が唯の二つしかない。
互いのその距離はおそらく教壇と私の机ほどしかない、とあかさは感じた。
「僕は楽しさ。快楽の化身と言うのか。外見は…」
「私の生み出した夢」
「そう、君の想像の中に生きてる」
「どうして楽しませてくれるの?」
答えになっていないと問いただしたかったが、あかさは相手の言葉に乗ってみた。
「君が楽しめばそれだけ僕は自由になれる」
「何から自由に?」
フジはそれに答えなかった。
そうしたくないのか、あるいはできないのか。
やはり一方的に信じることはできない。
「どこから来たの?」
「君たちの足下、または頭の隅、心の中」
そんなはずはない、完全に私とは別の人格を持っている、そう違和感をあかさは感じた。
かつて見た夢であの猫は喋らなかった、対してこれは私の知らない存在だ。
「どこへ行くの?自由になって」
「どこへも。成長したい」
「成長?なにそれ」
「大きくなること」
あれが口から放つ言葉の意味はわかるのに、真意がわからない。
「私たちに危害を加え…」
「僕にそのつもりはない。全くない」
あかさの問いを遮って、フジは答えた。
そして確信した。
あれはやはり機械ではない、意識のある存在なのだ。
「ただ一緒にいて、世界を見つけたい」
ゆらりとフジが一歩前に出る。
呼応してあかさは一歩後ずさった。
「どうしてここに来たの?」
今度はフジがあかさに問いかけた。
「楽しさを求めるわけじゃなく、何をしに?」
問われるとは思いもよらず、あかさはどう答えようかとまどっていた。
「他の人たちは素直に喜んでいるようだけど、どうして君は…」
少し考え込む様子のフジ。
「拒絶もせず、受容もせず、ここにいる?」
私がここにいる理由は明快だ。
それより…。
「拒絶することができる?」
「受け入れてくれないなら、存在できない。話もできないし、姿も見えないはず」
「でも、そんな判断した覚えはない」
「最初に試すんだ。どんな反応をするか」
瞬間、あかさの頭に映像が流れた。
あの小舟に揺られ、虹に包まれたあの光景がよみがえる。
堅いつぼみがハイスピードで花開くように、つい先日の、あの切実な顔の咲奈が思い浮かんだ。
そうか、咲奈は楽しさを求めなかったんだ。
おそらく拒絶したに違いない。
あの表情は恐怖におののく顔だ。
思念の存在はもとより、享楽のみの夢が心の中に存在することすら否定したのだ。
たぶん咲奈はもう「ただの夢」として処理している。
反対に受け入れているのがちかやとしおん。
だが、楽しさだけで知らない相手を信じられるはずがない。
そして、開いた花が閉じて枯れ落ち、一つの答えに驚愕した。
自分という媒介が彼女たちの本来持っていて然るべき障壁を取ってしまった、と。
先駆者の影の走者のごとく、彼女たちはあかさに身をゆだねているのだ。
盲目的に。
ことの重大さに冷や汗がどっとあふれ出る。
暑くも寒くもないのに、体全体から汗が噴き出るようだ。
いやな汗。
だが、汗はすぐに止まった。
それは彼女たちも私と同じ走者なのだと気づいたからだし、彼女たちを守るという決意は図らずも考え違いではなかったからだ。
私が今ここにいる理由。
好奇心。
何かを得るために前に進む気持ち。
後ろをひた走るちやかやしおんもやはり同じ方向へ向かっているのだ。
私の好奇心は、姉の心の強さにも負けない、他人に負けない強さを持っている。
だからここにいる。
逃げない。
知らないふりもしない。
もう何度も関わり合った友人であり、ただの機械ではないのだ。
ちかやの言葉が木霊のように響き渡る。
そう、見ないふりをすることもできる。
思いかけず美月の顔が、仕草が脳裏をよぎる。
人間とは言えない不可思議な存在。
だがしかし、私はうまく立ち回れるだろうか。
姉のような力量も目標も、何よりそれらの源泉たる情熱がそもそもあるだろうか。
ここにいる、確かに立っているのに、ぐにゃりと地面がたわむようで、あかさはひとりよろめく。
世界が闇に消え入りそうで、あかさの目から光が失われつつあった。
漆黒がフジとあかさを包もうとしているなか、フジがまた一歩前に出た、そんな気がした。
あかさは抜けかけた力を振り絞り、一歩、もう一歩と前へ出る。
ゆがむ視界にフジの姿だけが浮かんで映った。
ちかやとしおん、それに加織やひさきの笑顔が思い出された。
みんな輝いている、わたしもそうありたい。
「この目で確かめるんだ」
さらに一歩踏み出し、そこに居るであろうフジを、自分の夢を両手に抱えた。
「あなたと友達になれる?」
かすむ月が一人と一匹の目を光らせる。
風が巻き起こったかと思うと渦巻いて、噴き出したまばゆい光に目がくらむ。
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