彼女がいだく月の影

内山恭一

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もうあと一週間。
高校生活を満喫していると言えばその通り。
勉強に恋愛に、夜の電話で長話。
おとなしいのは、まだしおんがテスト期間中なのでトリップしていないことくらいだ。
ちかやに加織、佐村と、裏で何か話でもしているのではないかと勘繰ってしまうタイミングで電話がかかってくる。
話すことといえば当然ひさきのことなのだが、すぐに他の話題で盛り上がってしまうのは、目新しい情報を誰も持っていないせいだった。
しかし、あかさは何かひさきのことが引っかかって、ただの病気に思えない。
理由はない、勘だけ。
どんな病気なのか、会ったり話せたりできてない分悪い考えの方ばかりが頭をよぎっては払しょくするのに忙しい。
外れてほしい。
いや、きっと当たらない
ひさきの話題が出たあと、必ずそう願わずにおれないあかさだった。
無性に眠たいのは別にして、ぼーっとしてしまうのは不安のもたらす感情が時折やってきてはそれを知らん顔で無視するのに必死だからだろう。
おかげで、ホームルームの最中だというのに、
「霧村さんはどう?」
と、突如名前を呼ばれたように思ってビクッとしてしまう。
担任と目が合う。
あ、本当に呼ばれてたんだ、私。
頬杖を解いて作り笑いを浮かべると、
「あ、なんでしたっけ?話」
軽い笑いが教室を包んでは、クラスメイトがさまざまに茶々を入れてきて、あかさは苦笑してしまう。
雰囲気はとても軽い。
「文化祭の話で、歌はどうかってさ」
佐村が教えてくれたが、話が見えずにあかさはどういう展開だったのかわからない。
「歌でいいんじゃないですか?」
と担任に返答はしたが、佐村にこっそりと、
「何の歌?」
と聞いてみたが、その質問すらそぐわないことに気づいてあかさは自分にあきれた。
「お前、目を開けて寝てたのか?」
そんなわけないじゃん、と言いかけて、
「じゃぁ、霧村さんはOKということね」
美月があかさを見ながらそういって、ますます話が見えてこない。
「え?」
うろたえるあかさに、
「大丈夫なのか?お前がメインだぞ」
と笑顔ながら心配そうに言う佐村。
漠然とであるが話が見えかけてきたところで、
「良くない」
と小声で佐村に返した。
「あいつの提案だぜ」
親指で指す先は美月の方向。
まさかと思ったが、あり得る話だとも思えてきた。
クラスごとに決める催事の出し物、それを合唱だかバンドだか知らないが、それにあかさを担ぎ出す腹積もりなのだ。
美月はまだあかさを何かしら妬んでいるのだろう。
純然たる勘違いをし続けているのだ。
だからといってそんなことをして何が楽しいの?
あかさは聞こうとしないで一方的に決めつける美月に少なからず怒りを覚えた。
話せばわかることじゃない。
聞かれたら言ってやる、あなたの彼氏とは一切関係ないと。
「それでも一人だけってわけにはいかないからね。グループごととか、全員でとか」
担任の提案にあかさはぎょっとした。
美月はあかさ一人を何の折衝もなく彼女の独断で歌わせようと考えたのだ。
教室を見回して他の提案を訪ねる担任の言葉はすでにあかさの耳に届かなかった。
ますます腹が立つあかさは、同時に美月に呆れもした。
一体何がしたいの、と美月を見るあかさ。
涼しい風が窓から入って、美月のくるんとしたミディアムヘアの髪を揺らす。
いつも教室の隅まで通る声で話す美月はいかにも元気いっぱいという印象で、所作や顔立ちからも一目瞭然。
入学当初はあかさに対して何か特別なものは感じることはなく、ごく普通に話したりもしていた。
元気で体が弾けそう、そんな印象であかさは好意的に感じていたくらいだ。
それだけに今のようなやることなすことが対照的で、美月をまっすぐに見つめられない。
恋愛だから、と理由を付ければ、もちろんあかさにもわからなくはない。
だが、そしりを甘んじて受けることなどできない。
だいたいが無関係なのに、当事者にさせられてしまっているのだから。
何で彼氏の相手が私だと思うわけ?
絡み合った感情がこみあげて、あかさの顔を曇らせた。
「私がやります」
聞いた声に我に返ると、場が静まっているようすに戸惑う。
隣のクラスだろうか、ホームルーム中の和やかな教師と生徒のやり取りがはっきり聞こえるほどだ。
佐村がぼうっとした顔つきで、
「あいつ、どうしたんだ?話の途中で」
視線を追って、キッと前を見据えた加織に至った。
多分、加織が美月の提案を自分が代わりに引き受けようというのだ。
加織の気持ちは嬉しかった。
大体自分の歌に自信があるわけではない。
加織の足元にも及ばないだろう。
それに、彼女なりの責任の取り方なのかもしれないとも思えた。
ところが、それはあかさの望むことと違うところが狂おしくて、もぞもぞと何度も椅子に座りなおした。
「何のこと?」
担任の質問はきっと正しい。
「あかさの代わりに、私がやります」
おそらくこの教室であかさただ一人がその意味を理解しているのであって、その他大勢は加織の真意を測りかねているに違いない。
「歌の話?もしかして。それなら、そういうことでもいいわよ」
担任の仲立ちの中、見つめ合う加織と美月。
その視線は壁の時計の針のように、交わっては離れていく。
「他はどう?意見ない」
担任の言葉がストップウォッチの解除ボタンよろしくまたぺちゃくちゃとざわつき始めるが、平静が戻ることはないように思えた。
女子の間では、特に。
数の少ない男子でピンとくる人は居ないようだったが、
「何があったんだ?」
佐村がこそっとあかさに話しかけてきて、
「男の子には難しい話」
と突き放す。
もちろんそんなセリフは答えになっているわけもなく、
「何なんだよ、教えてくれよ」
としつこく聞いてきて心が揺れる。
加織との夢の件で佐村は無関係な間柄とは言えないが、傍観者必至の立場であり、万が一にも当事者になるなんてことがあれば、やはり言えない。
「あとでね」
「絶対だな?」
「うーん、それは…」
「ウソかよ」
「違うって」
「じゃ、何?」
彼には知ってほしくないこともあるし、共に知っていてほしいこともある。
あかさは正直に、煙に巻くことも話を逸らすこともできずにいて、二人が親しそうにしゃべるそんな光景は少し離れた席でじっとりとあかさを見ていた羽仁(はに)舞綺亜(まきあ)の目にも届いていた。
舞綺亜は束ねた髪の片方を指でまさぐり、少しだけニタリと薄笑いを浮かべると、指に巻きつけた髪をねじってはこすり合わせた。
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