無垢の美少女とぬいぐるみのオオカミ

エール

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「ぎゅってしていいですか?」

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 翌朝。
 優奈は、小鳥のさえずりと、窓から差し込む日の光で目を覚ました。
 そして枕元に置いてあった「めざまし時計」の時刻を見て、慌てて飛び起きた。

「いけない、遅刻っ! どうして鳴らなかったの……」

 そこまで呟いて、もうこれを設定する必要が無くなっていたことを思い出した。
 急に脱力感に襲われ、次に悲しみで涙が次々とこぼれた。
 自分は今日、この養成所を出て行かなければならない。
 同期のメンバーが訓練に出ており、彼女達が帰ってくる前に姿を消していなければならないのだ。

 荷物はもう、ほとんどまとめてあった。
 あとは、支給されていた巫女服を返して、書きかけの日記帳を仕舞い、簡易ベッドの脇に並べてあった、枕ほどの大きさの「ぬいぐるみ」達を処分すればもうなにも残らない。

「ぬいぐるみ」は、最後の願望でもあった。
 契約してくれる「精霊」は、ぬいぐるみとよく似た、可愛らしい姿をしていると言われている。
 しかしそれは、「精霊巫女」か、過去に「精霊巫女になったことのある」女性にしか見えないらしい。
「ぬいぐるみ」は、もともとこの世界にはなかった物だという。それを、遙か昔、別の世界から転生してきた「精霊」が作り方を指南したと伝えられている。
 今では、普通に庶民の子供でも買ってもらえるぐらいには安価に売られている。

 七体のぬいぐるみのうち、二体は同僚の精霊巫女から、「こんなかんじの精霊が来てくれればいいのにね」と、お祈りの意味も込めて送られたイヌとネコだった。
 残りの五体は、少ない「お手当て」から材料を買ってきて、自分で作った。
 タヌキ、イタチ、アナグマ、スズメ、リス。
 自分が見たことのある小動物……どんな精霊でもかまわないから来て欲しいという願望があった。
 しかしもう、それは叶わぬ願いだ。
 自分はもう、いつの間にか眠っていた間に十六歳の誕生日を迎えてしまった。
 もう、永久に「精霊巫女」になる機会を失ってしまったのだ……。

 優奈は、涙目でぬいぐるみ達を見た。
 もらったイヌとネコのぬいぐるみは、同僚に手紙を添えて返そうと思っていた。
 残りの五体は、廃棄してしまうつもりだった。

 ……不意に、見慣れないぬいぐるみが一体、増えていることに気づいた。
 しかも、それだけふわふわと空中に浮いている。
 イヌに似ているが、そうではない。
 こんなぬいぐるみ、あったっけ――優奈は不思議に思い、首をかしげた。

「あの……おはよう、優奈。二日も寝てなかったみたいだけど……あの後は、よく眠れたみたいだな」

 そのぬいぐるみは、しゃべった。
 優奈は目を見開き、両手を口に当てて驚いた。

「えっ……精霊……様?……どうして……」

「……覚えていないのかい? 昨日の夜、契約したじゃないか」

 ぬいぐるみが、また優奈に語りかけた。
 それを聞いて、優奈もおぼろげながら、昨晩の事を思い出した。

「……精霊……タク……様?」

「良かった、覚えててくれたか。ああ、そうだよ。俺の名前はタク。君は俺と契約して、精霊巫女になったんだ」

「えっ……その……私、間に合ったんですか? 本当に……精霊巫女になれたのですか?」

「ああ、時間ギリギリで危なかったけど」

 タクにそう言われても、優奈はまだ、実感が無いようだった。

「……あの、では、その……ちょっと、試して良いですか?」

「うん? 何か分からないけど、それで君が信じられるなら構わないよ」

 まだ優奈が混乱していることを悟ったタクが、安心させるようにそう答えた。
 彼女は一度頷くと、少し震えながら左拳を胸の前に当てて、

「羅無陀(ラムダ)!」

 と、小さく呪文を唱えた。
 その瞬間、彼女の全身が虹色の光に包まれた。
 そしてそれが消えたときには、優奈は白銀を基調にし、美しく輝き、神々しくさえある甲冑を身に纏っていた。
 その凜々しく、彼女の体にピッタリとフィットし、格好の良い鎧姿にいきなり変身したことに、タクは「おおっ!」と感嘆した。
 優奈はその姿を、部屋の片隅にあった全身が映る鏡で確認し、そして顔を両手で覆って泣き出した。

「優奈……えっと、その……気に入らなかったのか?」

 タクが気遣う。

「いいえ、そうじゃありません……気に入らないなんて、とんでもない……本当に、精霊巫女になれたことが嬉しくて……もう、九分九厘諦めていたから、嬉しすぎて泣いてしまったんです……この鎧も、本当に凄く素敵です……それに……」

 彼女はそう言って、顔を上げてタクの方を見た。

「……こんなに素敵な精霊様に来ていただけるなんて……えっと、ひょっとして、タク様は、オオカミ……ですか?」

「ああ、どうもそうらしい」

「……それも、素敵です。格好良くて、強そうで、それでいてかわいい精霊様……私の……私だけの、契約精霊様……」

 優奈はずっと涙をあふれさせている。
 そしてタクの体に、両手でそっと触れた。

「精霊様……その……ぎゅってしていいですか?」

「ぎゅって? ……ああ、そういえば、昨日の夜も抱きしめられたな……」

「えっ……私、ことわりも無く、そんなことをしてしまったんですか?」

 優奈がちょっと怯えてそう尋ねた。

「あ、いや、むしろそれが嬉しかったから」

「そうですか? よかった……同僚の二人からも、聞いていたんです。精霊様は、そうすると喜んでくださるって。私、ずっとうらやましく思っていましたので……」

 この世界の精霊は、そういうものなのか、と、タクは思った。
 そしてそれは自分にも当てはまる。
 なにしろ目の前にいるのは、前世の基準でもまれに見るほどの美少女なのだから。

「でも、鎧のまま抱きしめられると痛そうだな……」

「あ、はい、もちろん解除しますっ!」

 優奈はそう言って、何か呪文を唱えて鎧を素早く消し去った。
 そして巫女服姿のまま、精霊のタクを抱きしめた。

「……本当に、ありがとうございます……凄く、凄く嬉しいです……」

 タクも、優奈に抱きしめられて心が満たされる気分だった。
 しかし、彼には少し気になることがあった。

「……そういえば、さっき『遅刻』とか言ってたけど、大丈夫なのかい?」

 それを聞いた優奈は、顔色が変わった。

「大変っ! そういえば遅刻してたんでしたっ! 精霊巫女になった以上、訓練には参加し続けないと!」

 彼女はそう言うと、慌てて支度をして、部屋から飛び出した。
 その顔は焦りもあったが、

「みんな、驚いてくれるかな……」

 という本音もこぼしており、彼女に憑いて空中を駆けるタクも、契約して良かったな、と、嬉しさを感じていたのだった。
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