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第2章 幼少期~現在と過去編~

22 婚約とユリウス

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「ユーリ殿下、今日はありがとうございました。またいらしてくださいね。」
「殿下、次はもう少し早く知らせをいただけると助かります。当日ではなく少なくとも前日に。では、道中お気をつけてください。」

 ルイビシス公爵邸をまるで自分の家かのように話すティファニアと当日に突然来た自分にきちんと最後まで嫌味を言ってくるシャルルに見送られながらユリウスは馬車に乗り込んだ。
 そして腰を落ち着けると、心地よい揺れを感じながらユリウスは先ほどまで会っていたティファニアのセリフを思い出してふっと笑った。今日やっとティファニアにユーリ、と愛称で呼ばれるようになったのが嬉しくてたまらなかったのだ。
 シャルルには最初から兄と父、そして父がつけてくれた騎士のマルセルしか呼ばない自分の愛称で呼ぶのを許可した。その為、人払いして会うときはシャルルはユーリと、それも殿下という敬称なしで呼んでくれる。しかし、ティファニアは違った。何度目か会った時に敬称で呼ぶ許可を与えたが、婚約者でもない殿方を、それも王族を気軽に愛称で呼ぶべきではないと断られてしまったのだ。確かに、愛称で呼ぶのは親しい証拠だ。婚約者がいないユリウスを愛称で呼ぶほど親しい子がいると知られたら、邪推する貴族も出てくるだろう。それはあの醜い、権力しか見ていない貴族を見てきたユリウスにもわかる。しかし、それでも、人払いした身内だけの時でもいいから、ユリウスはティファニアにユーリと呼んでほしかった。

 王宮はユリウスにとっては息が詰まる場所だ。母が亡くなり、本当の父である先王がつけてくれた乳母も亡くなり、王宮のメイドたちはユリウスの紅い瞳を気味悪がって遠巻きに見ているだけだ。義理の母親である王妃はあからさまにユリウスを避けている。遊んでくれるのも構ってるれるのも血縁上は異母兄である父と血縁上の甥である兄だけであり、二人に会えない日はいつも寂しい時間を過ごしていた。
 しかし、ユリウスに王族としての教育が始まると、急に貴族たちの態度が変わった。あるものはユリウスに媚びへつらうようになり、あるものは幼いうちからユリウスを自分の手ごまとなるように画策してきたり、あるものは兄を王にするためにはユリウスが邪魔であったために暗殺を企てた。ユリウスが機転を利かせて貴族たちを躱したり、マルセルのお陰で今のところはユリウスには直接的な被害はない。
 しかしある貴族一派が先王時代を含めた長い間王宮を牛耳っており、現王は排除を目論んでいるが一掃するのはまだ難しいのだ。その貴族一派はユリウスを次の王にと推薦している。ユリウスは王になる意思はないと表明しているが、それでも王位継承権第2位だ。王位継承権第1位の兄がいなくなれば自動的にユリウスが王位継承権第1位になる。それは何としてでも避けなければいけないことだ。
 王宮にいる間はユリウスはずっと自分の立場に追われてしまう。誰と会うのにも、何を話すにも、どのお茶会や食事会に参加すかも全て周りの貴族たちの様子を窺わなければならないのだ。それはまだ7歳であるユリウスには気の休める場所がほとんどないにも等しかった。父や兄は忙しくて会えないことが多いのだ。その為、ユリウスが肩の荷が下せるのは部屋で一人でいるときくらいだった。

 しかし、シャルルやティファニアに会ってそれは変わった。
 シャルルと初めて会ったのは父の勧めだった。父の信頼しているアルベルトの息子だからと思ってユリウスは会うことにしたのだ。アルベルトには数回会ったことがあるが、自分が王子でありながら王宮で忌避されているにも関わらず親しく接してくれた。アルベルトは王宮での貴族からの逃げ方やどうやって勉強を回避するかなど自分が昔いかにして教師から逃げたかを面白おかしく語ってくれた。勉強は将来のために逃げる気はないが、貴族からの逃げ方は大いに役立っている。そんなアルベルトの息子だったら会ってもいいと思い、シャルルとの場が設けられたのだ。
 1つ下だと聞いていたが、少し話しただけでシャルルの賢さが分かった。むしろ、王宮では天才と囃し立てられた自分よりも頭がいいのではないかと思えるくらいだった。そして、シャルルの真面目さもわかった。芯が強く、ユリウスがどんな態度をとってもぶれない。そして、王子であるユリウスに注意できたのだ。「それは王族として相応しくない」その一言だけだったが、媚びを売る貴族と敬遠してくる貴族しか知らないユリウスには信頼できると思えるものだった。それから何度か会ったが、ユリウスにとってシャルルは初めての友達であり、兄と父、そしてマルセルにしか見せたことがなかった素の自分を見せられる存在になった。友達ができたのはユリウスが自分で思ってた以上に心を軽くしていった。
 そして、ユリウスはティファニアに会った。会いたかった理由は、シャルルが珍しく表情を崩しながらよく話す面白そうな女だったからという単純な理由だ。しかし、会ってみると想像していた以上に破天荒な女の子だった。自分も悪かったとはいえ、頭突きしてくるわ、心に思ってもないことを堂々と言うわ、何なんだこいつとため息しか出なかった。公の場であったら不敬罪もいいとこだ。しかし、ティファニアは最後には自分のこの瞳の色を褒めたのだ。優しく笑って、美しい、と。大好きな色だと言ったのだ。ユリウスが大嫌いで、気持ち悪いこの紅色の瞳を。最初は意味が分からず、理解してから恥ずかしくなってその時はすぐに帰ってしまった。
 しかし、その日からユリウスは自分の眼が嫌いではなくなった。

 そんなティファニアにユリウスはどうしても彼女の近しいものであるという証拠がほしかった。
 そもそもシャルルとティファニア、たまにティリアと会うようになって半年、どう考えてもシャルルとティファニアの距離が近すぎるのだ。話さなくても分かり合っていたり、ぎゅーっとしたり、膝枕したりと上げるときりがない。いくらよく会う親戚だとしてもこれはさすがにおかしいとユリウスは思った。だが、ティファニアに聞いても家族ってこんな距離ですよと言うだけなのだ。ユリウスの前では大っぴらにしたりはしないが、それでも二人だけその距離感なのはユリウスには悔しかった。
 しかし自分に膝枕してともぎゅーしてとももちろん恥ずかしくてユリウスには言えない。シャルルだけなのはずるいと思うが、そこはプライドが許さない。だから、せめて、ユーリと愛称で呼んでほしかった。ティファニアはシャルルもティリアも愛称で呼んでいるのだ。自分だけがそうでないのは非常に気に入らなかった。それにユリウスは半分無理やりだが、ティファニアをティファと呼ぶようになった。自分が親しみを込めて愛称で呼ぶのだからティファニアだって自分をユーリと呼ぶのはおかしくないだろう。そうやって何とか自分の中で理由づけてでも呼ばせたかったのだ。
 ユリウスはティファニアにユーリと呼ぶように言ったが、すぐに断られた。しかも、理にかなった理由で。しかし、それでも粘り強く呼ばせようと今日まで頑張ったのだ。ある日は新しい本を渡す代わりにと言ったが、既にティファニアが読んでいる本だった。ある日は父が分けてくれた外国のお菓子の代わりにと言ったが、ラティスのお土産でティファニアは食べたことあるものだった。ある日は王族の命令だと言ったが、シャルルにそんなことで王族の命令を使うものじゃないと一喝されて失敗に終わった。何度も失敗したが、今日、やっと呼ばせることができたのだ。
 ティリアに自分を頭突きしたことを暴露するぞと言ったのだ。半分脅しのようなことをだが、お陰でティファニアは渋々ながらやっと頷いた。ティファニアはティリアには頭突きが神聖なお仕置きであるとはいえ、暴力をふるったのを絶対に知られたくなかったのだ。いくら頭にきたからと言え、迂闊だったとその時のティファニアは項垂れていた。

 半分脅しとはいえ、最後には笑顔でユーリと呼んでくれたティファニアをユリウスはもう一度思い出すと自然に口角が上がってしまった。しかし、目の前のマルセルが温かい目で見ていたので見るなと怒鳴っておいた。そんなやり取りを何度かしていると、ユリウスを載せた馬車はいつの間にか王宮についていた。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 ユリウスが王宮につくと、直ぐに陛下が呼んでいますと言われたので、ユリウスはすぐに支度して父の執務室に向かった。
 最近は父は忙しいらしく、あまり会う機会がなかったので執務室に向かう廊下でユリウスは心を躍らせた。そして、早く、今日シャルルやティファニアとどんな話をして、何をしたか父に教えたかったのだ。
 ユリウスが速足で向かったお陰ですぐに執務室の重厚な扉の前についた。中に入ると、ユリウスの父であるイェレミアスと兄であるジュリアンは既に席について紅茶とお菓子をつまんでいた。ジュリアンがいたことにユリウスは一瞬驚いたが、まずは遅くなったことを詫びる。

「お父様、お兄様、遅くなってしまい申し訳ありませんでした。」
「いや、構わない。先ほどまで出ていたのだろう?まずは席に着きなさい。」

 イェレミアスに席を勧められ、ユリウスはジュリアンの隣に座ると、さり気なくジュリアンに距離を取られた。最近ユリウスはジュリアンに会ってもいつもこのような態度を取られる。お久しぶりですと言ってもああと小さく答えてもらっただけだ。しかし、理由を知りたくても怖くて聞けないのだ。嫌われてしまったのだろうかという不安を押し殺してユリウスは紅茶を口に運んだ。

「今日はどうなさったのですか?お父様は最近お忙しいと聞いていたので驚きました。」
「ん?ああ、最近は時間が取れてなかったな。すまない。」
「い、いえ、今日会えたのでそれでいいです。それに、お父様に話したいことが俺もあったので。」
「なんだ?最近よく行くルイビシスの子のことか?」
「はい。今日も行ってきたのですよ。」
「そうか。それはよかった。まあ、その話はあとで聞くことにしよう。私が話したかったのもそれに関する話だからな。」

 イェレミアスは紅茶をテーブルに置き、一度姿勢を正すと真っすぐユリウスを見つめた。

「ユリウス、ウルタリア侯爵令嬢はどんな子だ?」
「ティファニア嬢、のことですか?」
「ああ、そうだ。ルイビシスの子と一緒に仲良くしているんだろう?なかなか令嬢らしくない子だと聞いた。」

 令嬢らしくない、という言葉にユリウスは苦笑いした。確かにティファニアは他の年頃の貴族令嬢が好むメイクや服には割と無頓着で本ばかり読んで紙に難しい内容についてまとめているような子だ。令嬢らしくないと言えば確かにそうだなとユリウスは思った。そして、今までのティファニアの行動を思い出しながらユリウスは少し遠い目をして額をさする。

「確かに、とても、……とても個性的な令嬢ですよ。……しかし、容姿はウルタリア侯爵が月の妖精と例えるのもわかります。」
「ほう。お前が他人を、それも令嬢をほめるとはなぁ。」

 そういわれて、ユリウスは無意識にティファニアをほめてしまったと気付き、顔を真っ赤にした。目の前のイェレミアスが少しにやけているのが余計に顔を赤に染める。

「ち、違います!俺はそういうわけではありません!そ、それよりも彼女がどうかいたしましたか?」
「……まあ、追及はやめておこう。それで、まずお前たちはウルタリア侯爵領が大々的な改革を行っているのを知っているか?」

 それを聞いて、先ほどまで二人の話を横で聞くだけだったジュリアンが頷いた。

「はい。ずいぶんと革新的で変わった政策と聞いています。」
「そうだ。しかし、その革新的な政策のお陰か少しずつだか景気が良くなってきている。これからはもっと良くなるだろう。アーロンも嬉々として国としても取り入れたいところがあると言っていた。」

 イェレミアスの言葉を聞いて、ジュリアンとユリウスは驚いた。あのアーロンが評価し、そしてまさかそれを取り入れたいと言っただなんて信じられなかったからだ。
 アーロンはこの国の宰相であり、イェレミアスが最も信頼する臣下の一人だ。彼は冷静で思慮深い。そんな彼が国内では主要領地とはいえ、突然出された新しい、それも前例がないような法案を嬉々として取り入れたいと言ったのだ。ジュリアンとユリウスが驚くのは当然であろう。
 しかし、イェレミアスは目を白黒させている二人をよそに続けた。

「それで、だな。実はこの話にはとある噂があるのを知っているか?」

 噂?とジュリアンは眉を寄せた。

「いいえ。全く聞いておりません。」
「そうか。まあ、突拍子もない話だからなぁ。それに噂自体知っている者も少数だ。」
「それで、どのような?」

 気になってユリウスが問い詰めると、イェレミアスは面白そうにユリウスを見つめ、勿体ぶるようにそれはな、と前置きをした。

「ウルタリア侯爵領の改革案だが、これは侯爵であるラティスとその右腕ジークによって考案されたと言われている。しかし、実際は娘であるティファニア嬢が原案を作り上げたそうだ。」

 それを聞いて、ジュリアンもユリウスもみっともなく口を開けて唖然としてしまった。王族として感情を表に出さないように教育されている二人もこのことには動揺を隠せないようだ。

「し、しかし、お父様、ティファニア嬢はユリウスより歳は1つ下で、それに4歳まで行方不明だったと聞いていますが……。」
「そうだ。だから突拍子もない話だと言っただろう?……しかし、ユリウスはどう思う?」
「………ありえる、と思います。確かに今までそれらしき資料を読んだり、難しい法案について紙に書いていたことがあります。今考えると、シャルルと話す内容にもそれらしきことが含まれていました。自分でも信じられませんが、でも、彼女ならそれをやってしまう気がします。」
「そうか。やはりな。……ならば、あの話は進めてもいいかもしれないな。」
「あの話、とは?」
「ああ。ティファニア嬢とジュリアンに婚約を結ばせる話だ。そこまで聡明なら王族としては確保しておきたい。ラティスにはすでに跡取りがいるだろう?ならば、ジュリアンと婚約させてゆくゆくは王妃にすることを考えている。」
「お、お父様!?それはどういうことですか!?」

 突然のことにユリウスは衝撃を受けた。
 王族の婚約の話はこの国では2パターンある。それは二、三人候補者として挙げ、王妃教育をすべての令嬢に施し、その中から一番ふさわしい令嬢を選ぶパターン。そして、一人を決めて婚約し、王妃教育を施すパターンだ。大抵は前者が採用される。しかし、王族が基本的に婚姻を結ぶのは公爵家か侯爵家なのだ。公爵家・侯爵家は国内に17家系しかない。そのため、同世代の令嬢が少ない場合は後者が採用されることがある。例外的に公爵家・侯爵家に血縁が近い伯爵家の令嬢が選ばれることがあったが、そんなことは歴史上でも数度しかない。そして、もう一つ後者のパターンが採用される場合がある。それは婚約を結ぶ令嬢が優秀であると言った理由で王族として確保しておきたい場合だ。今回のティファニアはそれに当てはまる。
 ユリウスはティファニアが優秀で将来のためにも王族に引き入れたいのは理解できる。そして、ティファニアと話していれば自分よりも、シャルルよりもあの小さな少女が頭がいいことはすでに分かっているのだ。しかし、何故か、なぜだかわからないが、ティファニアがジュリアンの婚約者になるかもしれないというのには納得できなかった。

「そのままの意味だ。今、お前たちの同世代の令嬢はあまり印象がよくないものばかりだというのもある。お前と婚約させるのもいいと思うが、私としてはユリウスではなく、ジュリアンと婚約させるのが一番だと思う。……ユリウス、お前にはすまないと思うが。」
「い、いえ、違います。違います。違うんです、お父様。……ただ、ただ、ティファが、あの子は、その、破天荒なところがあるので、お兄様の婚約者で大丈夫か、将来の王妃で大丈夫か、と思ったんです。」

 ユリウスは自分の揺れる心を落ち着けるように何度か否定する。そして、声が小さくなりながらも誤魔化すようになぜ動揺したかを言い訳した。
 それを見て、イェレミアスはもう一度ユリウスに済まないと謝った。本当の息子と思っているユリウスの初恋を散らしてしまうのは申し訳ないが、それでもジュリアンの婚約者にするのが今の最善だと思うのだ。この判断はあの・・貴族の動きも加味してのことだ。為政者としてのイェレミアスはこれは譲れない。

「ジュリアン、お前はそれで構わないか?」
「…私はそれでいいです。」

 ジュリアンが苦笑いしながら一瞬ユリウスに目をやって了承を出すとイェレミアスも苦笑していた。

「ユリウス、」
「ああ!お父様、俺、まだやっていない勉強があったんでした!今日はもう話が終わりですよね?」
「あ、ああ……。」
「では、部屋に戻りますね。お父様、お兄様、それではまた。」

 イェレミアスがユリウスに何か言おうとすると、ユリウスはそれを遮って取り繕った笑みで話を終わらせると速足で執務室から出た。

 来るときはあんなに心が躍ったから向かう足も軽かった。しかし、今は足が鉛のように重い。ずるずる引きずりたくなるような重さだ。それでもユリウスはもつれそうになる足を頑張って動かして自分の部屋へと向かった。

(お兄様の婚約が、ティファの婚約が決まってうれしいはずなのに、なんでこんなに悲しいんだろう……。)

 ユリウスは勝手に涙が滲み出てくるこの眼がまた少し嫌いになった。

*
仲の良すぎるシャルルとティファニア。
それに嫉妬するユリウス。
まだ幼いのに大変ですねw
作者なんて、恋人?なにそれ美味しいの?状態なのに…orz

ちなみにユリウスが婚約者にならなかったのもシナリオのずれです。
ティファニアが優秀過ぎたんですね。

次はラティスとティファニアの婚約話です。
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