氷の伯爵(旦那様)が記憶を失くされたようです

千羊

文字の大きさ
4 / 18

お嬢様はお命じになるようです

しおりを挟む
 旦那様が目覚めなくなってから早半月、比較的北に位置するこの伯爵領に雪の季節がやってきた。
 伯爵領では初雪を『雪の乙女の吐息』と言って、秋終わりに花の精霊に恋をした雪の精霊が恋煩いのため息で雪を降らせているのだという。自分が目覚める冬になったはいいが、起き抜けに一目惚れした花の精霊は春を待つために蕾となって眠りについてしまっていた。相手に気持ちを伝えたいのにその機会はなく、想いだけは深く降り積もっていった。それが冬の間で、春が来て花の精霊が目を覚まし、想いを伝えて恋が実ると雪が止むのだそうだ。だから、雪の乙女の恋が早く成就して雪が止むようにと願う祭りが朝から晩まで行われている。別館からは見えなかったが、本館に移った今では部屋の窓からよく見える。
 この地域特有のアヒルの泣き声のような不思議な音を出す楽器と、太鼓の音が響き、外はとても賑やかだった。伯爵家の屋敷は愛人が来てから祭りの日だけは一部が解放され、窓の外で領民たちが出入りして玄関前の広場で大きな焚火を囲んで楽しそうに踊っているのが見える。

「初めて祭りを知ったときは、あそこに火矢を打ち込みたかったわ。そうすれば、少しは温かくなって雪も解けるだろうと思って」

 あの時は初めて迎える北国の厳しい寒さと、伯爵家の恩恵を受け、そして伯爵領の一員として伯爵家を支えている領民たちへの憎さで大きな火が見たくなったものだ。別館の窓から見える木の中でどれが一番弓を作るのに向いているのか調べたのは今では懐かしい。

「今もそう思われますか?」
「まさか!」

 もう流石にない。伯爵家に住んでいるという理由だけで領民に当たるのは良くないと分かっているし、ヴィヴィアナが火だるまになってほしいと思うの人たちは定まっている。強いて何か言うとしたら、雪の乙女に恋なんかに身を落とすのではないと注意しておきたいくらいだ。

「今年も参加されないのですか?」
「当然よ」

 参加するわけがない。彼らが待っているのは伯爵と、その愛人なのだから。行く分には構わないが、愛人と少しでも比べられでもしたら結局購入した弓で広場に人型蝋燭が量産されてしまうことは目に見えている。行かないことで彼らの寿命を延ばしてあげているのだ。――それに今日は祭りよりも大事なことがあるのだから、彼らに割く時間はない。

 半月前、家令に実家から人を呼んでもいいという許可をもらった。本来は許可など必要ないのだが、今後ヴィヴィアナが行動するにはそれが一番だと判断したからだ。そのためにはここの使用人は信用できないと家令に改めて分からせなければならなかった。だから、ヴィヴィアナをよく思っていない侍女ランキングトップ10にランクインする侍女から比較的頭の弱いものたちを選んで言伝を頼んだ。すると案の定彼女らは行動し、墓穴を掘ってくれたおかげで家令から欲しい言葉を引き出せたわけだ。そもそも馬車に置き去りにされることは想定内だったので、実は厚着していたし、顔には血色の悪いメイクを施していた。メイクは家令が退出中にショールで拭い、震えは全て演技だ。つまり、家令たちはヴィヴィアナの手のひらの上で転がされていたわけだ。真実を明かしてねぇねぇ今どんな気持ち? と聞きたくなるくらいには愉快である。
 家令を煽ってプライドをへし折るのはまた今度するとして、今は許可を得たことで呼んだ人たちが重要である。手紙は誰かしらに確認されている可能性もあったので、昔馴染みを数人お願いしますとしか書いていない。昨夜到着したらしいが、ユリィは会ってからのお楽しみと教えてくれなかった。そのせいで昨日はなかなか寝付けなかった。子爵領から馬車で六日もかかるのだ。着いた彼らも休息と荷ほどきが必要だ。だから約束は昼前にしてある。
 領民たちを眺めていれば過去の恨みを思い出して少しは落ち着くと思ったのだが、そうもいかなかった。

「そろそろお昼ご飯かしら?」
「そう何度も確認されなくても、お昼はまだですよ」
「わ、わかっているわ! 少し確認しただけよ!」

 まったくユリィはすぐからかおうとするんだから! と口先を尖らせるヴィヴィアナは随分と嬉しそうだった。ユリィもついつい幼い頃を思い出して笑ってしまう。この屋敷に来た頃はずっと塞ぎ込んでいて、復讐を糧に少しは明るい顔をするようになったが、ころころとこんなに表情を変えるのを見るのは婚前以来だ。それだけ楽しみということだ。

「さて、こちらの準備は整っていると彼らを急かしに行ってきますわ」
「だだ、大丈夫よ! みんなだって休まないといけないのはわかるもの……」

 つい項垂れてしまう。時間がこんなに長く感じたのはいつぶりだろうか。仕方がないから本でも読んで時間を潰そう、と椅子に腰を掛けたところ、バーンといっそ小気味いいくらいの音を立てて扉が開かれた。

「お嬢様に会うためなら休息なんて必要ありません!」

 赤く燃える炎のような綺麗な髪をした女が無遠慮に部屋の中に入ってくる。

「お嬢様、お久しぶりです! ラトが参りました!」

 意気揚々と高らかに宣言し、ラトと名乗った女は手を広げた。ヴィヴィアナはその意図をすぐに理解して胸に飛び込んだ。

「会いたかったわ!」
「随分とお辛い目に遭ったと聞いています。ラトが来たからにはもう大丈夫ですよ」

 ぎゅっと抱き締められて、そのぬくもりに安心した。ラトは兄の乳兄妹で、ヴィヴィアナにとっては姉のような存在だ。主従分け隔てない家風もあって、昔からこうしてよく抱き締めてくれた。

「姉さんったらぁ、先走るなんてずるいですよぉ」
「約束の時間を守っていただかなければ」
「……ん」
「リト! ソイ! カーニャ!」

 扉の奥からぞろぞろと入ってきて、歓喜にヴィヴィアナはみんなの名前を呼んだ。三人とも子供のころから特別仲の良かったものたちだ。誰かしらが来てくれると思っていたが、まさか全員来てくれるとは思いもしなかった。彼らは実家で重要な仕事を担うものたちだからだ。

「みんな、よかったの? だって、ラトとリトは兄様たちの侍女だし、ソイは子爵領の内政補佐をしてるし、カーニャはお母様の護衛があるじゃない!」

 このままでは子爵領で支障があるだろう。それは望んでいない。だが、ソイと呼ばれた灰色の髪の男は穏やかに笑って首を振った。

「先日、僕たちがお嬢様のところに行くと辞表を出したところ、最後の命令だと伯爵夫人付きに任じられ、一斉にクビになったのです。なにもは問題ございません」

 問題ないわけがない。だが、実家に送った手紙でここまで精鋭を送ってくれるとは、家族も相当伯爵の仕打ちが頭にきているようだ。それが嬉しくて、なんだかくすぐったかった。彼らが来てくれれば計画の成功は間違いないだろう。ラトの腕の中で、ほくそ笑んだ。

「貴方たちが来てくれて嬉しいわ」

 ラトから離れると、四人は並び、ヴィヴィアナを片膝をついた。まるで舞台の一場面であるかのようだった。部屋は静まり返り、そこにユリィも加わり、ソイが代表して「我らにお命じ下さい」と恭しく首を垂れた。

「ええ、我がルトルカス子爵家の精鋭たる貴方たちに命じます。わたしを侮辱した彼らに――――報復を」
「仰せのままに」

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される

えとう蜜夏
恋愛
 リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。  お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。  少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。  22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん
恋愛
 ――仕事で疲れて会えない。  十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。  記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。  そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

二度目の初恋は、穏やかな伯爵と

柴田はつみ
恋愛
交通事故に遭い、気がつけば18歳のアランと出会う前の自分に戻っていた伯爵令嬢リーシャン。 冷酷で傲慢な伯爵アランとの不和な結婚生活を経験した彼女は、今度こそ彼とは関わらないと固く誓う。しかし運命のいたずらか、リーシャンは再びアランと出会ってしまう。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

処理中です...