恋によく効く薬はない

猫屋ちゃき

文字の大きさ
1 / 20

第一話 戸惑いのキス

しおりを挟む
 腰と後頭部に手を添えられただけで簡単に身動きが取れなくなるということを、リリーは今初めて知った。

「んっ……」

 だめだと思うのに、必死に拳で胸を押し返すのに、ユーリの身体はびくともしなくて、唇はほしいまま彼に奪われてしまっている。
 しばらく唇を重ねていると、今度は舌を差し入れられた。歯を閉じて拒んでも、その歯列を丁寧になぞられる。
 ユーリの舌はまるで意思を持った生き物のように、リリーの口の中を動き回る。そして、ほんのわずか、息継ぎをしようとした隙に口内に入りこんで、リリーの舌に絡みついてきた。
(……どうして? こんなの、変よ……)
 口づけられながら、リリーの頭は混乱していた。
 ユーリの接吻が嫌なわけではない。むしろ、夢でも見ているのかと思うほど幸せだ。だからこそ、今起きていることが信じられない。
 触れ合う唇の柔らかさと温かさによって、夢ではなく現実なのだと思い知らされる。思い知らされるごとに、「どうして?」という疑問がわく。
 ユーリには想い人がいることがわかって、リリーは彼への恋心をあきらめなくてはと決意したばかりだったから。


 リリーは、出会ったその日にユーリを好きになった。
 彼の優れた容貌に惹かれたのではなく、うんと大きな優しさで包んでくれたのがきっかけだった。

 初めて会ったのは、リリーがまだ七歳のとき。
 王妃主催のお茶会に母が招かれ、リリーもそれに連れられて行ったのだ。
 リリーの母は魔女で、よく効く薬を作る薬術師として信頼されている。それと同時に類まれなる美貌の持ち主としても広く知られていた。
 そのため、お茶会に出席する人々はみな、その美しき魔女の娘であるリリーの容姿に関心があった。
 だが、リリーが母から受け継いだのは赤毛だけだった。不美人とは言わないまでも顔立ちは地味で、母に似ているところはひとつもない。だから、美しき魔女に手を引かれて歩く小さな少女を見て、人々は大いに落胆したのだ。
 その落胆の声は、リリーの耳にもしっかり届いた。七歳という、己の見た目を理解しつつある年齢だったからこそ、大人たちの反応に深く傷ついた。
 向けられる視線が痛くて、耳に届く声がすべて自分を悪く言っているように聞こえて、その場から逃げ出したくなったほどだ。
 リリーは泣きそうになりながら兄・ロベルトの姿を探した。
 ロベルトは、六歳上だからか、生まれたときからリリーにベタ甘だ。彼はリリーを世界一可愛いと言ってくれているし、いつも守ってくれる。
 彼の言葉が世界の基準に当てはまらないことはもう理解していたが、それでも大切にされるのが嬉しくて、彼のそばは数少ない安心できる場所だ。
 その兄のそばに行きたいと小さな背であたりを一生懸命見回していたとき、ユーリが声をかけてくれたのだ。

「わあ! 何てかわいいんだろう! こんなにきれいな髪の色も、目の色も、初めて見たよ!」

 そう声をかけられて、初めは意地悪を言われたのだと思った。だが、顔を上げてこちらを見ている人物の顔を目にして、悪意などないとすぐにわかった。

「君、ロベルトの妹君でしょ? 僕はユリアーヌス。君の名前は?」
「リリーです。……はじめまして、王子殿下」

 金茶色の豊かな髪と:榛(はしばみ)色の瞳という容姿、それからユリアーヌスという名前で、リリーはすぐに相手が第三王子だと気づいた。
 ロベルトがこの王子の遊び相手という名の世話役なのだ。だから彼の名前も、美しさも、出会う前からよく知っていた。……わがままでよくいなくなっては困らせられているとも、聞かされていた。

「そんなふうによそよそしくしないで。僕のことはユーリと呼んで、リリー」

 そう言って、ユーリはリリーの手を取って駆け出した。笑顔で、すごく楽しそうに。
 大人たちのいるテーブルから離れ、花々が咲き誇る花壇の近くまでたどり着いたときには、リリーもすっかり笑顔になっていた。

「笑ったらもっとかわいいだろうなって思ってたけど……やっぱり、すごくかわいい」

 笑ったリリーを見て、ユーリもそれはそれは嬉しそうに笑った。
 家族以外に可愛いと言われたのも、笑顔を見て嬉しそうにされたのも初めてで、リリーの胸は喜びに震えて熱くなった。
 この笑顔と言葉を一生覚えていようと、そのときリリーは心に決めた。大切に心にしまって、お守りにしようと思ったのだ。
 辛いときも悲しいときも、リリーはそのときのユーリに言われたことと笑顔を思い出しては、勇気づけられてきた。いつも眠る前にも、祈りと共に思い出していた。
 そうしてお守りのように抱えた思いはいつしか、恋に変わっていった。


 とはいっても、ユーリはリリーにとって高嶺の花だ。
 王子だし、何より彼は女の子にもてる。容姿が優れているのはもちろんだが、ユーリは女性に優しいのだ。だから、城に出入りする女性はみなユーリのことが好きだった。
 そう、ユーリが優しいのは何もリリーだけにではなかった。
 すべての女の子に優しく、あらゆる女の子に「可愛い」と言う。それがユーリだ。
 そのことがわかってからも、リリーはユーリが好きだった。呆れながらも、あまりの軽口の多さに怒りながらも、それでも嫌いになれない十年だった。
 だが、その長い片思いも終わりにしなくてはならない時が来た。
 ユーリが、本気で誰かを好きになったから。
 
 リリーの恋は、想い人から恋愛相談をされるという、よくある残酷な終わり方をしたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ

Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。 理由は決まって『従妹ライラ様との用事』 誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。 「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」 二人の想いは、重なり合えるのだろうか …… ※他のサイトにも公開しています。

政略結婚のはずでしたが、黒の公爵に「君を愛するつもりしかない」と言われました。

ちよこ
恋愛
没落寸前のエーデル伯爵家の令嬢ルイーズは、この国最大の権勢を誇る黒の公爵エルハルトと政略婚を結ぶことになった。 釣り合わない縁談に社交界はざわめいたが、ルイーズは「家同士の利害が一致した取引に過ぎない」と割り切っていた。 ところが初夜、公爵は開口一番こう言った。 「私は君を愛するつもりしかない」 政略婚のつもりでいた令嬢と、最初から決めていた公爵の、少し不器用な初夜の話。​​​​​​​​​​​​​​​​

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

「君と勝手に結婚させられたから愛する人に気持ちを告げることもできなかった」と旦那様がおっしゃったので「愛する方とご自由に」と言い返した

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
デュレー商会のマレクと結婚したキヴィ子爵令嬢のユリアであるが、彼との関係は冷めきっていた。初夜の日、彼はユリアを一瞥しただけで部屋を出ていき、それ以降も彼女を抱こうとはしなかった。 ある日、酒を飲んで酔っ払って帰宅したマレクは「君と勝手に結婚させられたから、愛する人に気持ちを告げることもできなかったんだ。この気持ちが君にはわかるか」とユリアに言い放つ。だからユリアも「私は身を引きますので、愛する方とご自由に」と言い返すのだが―― ※10000字前後の短いお話です。

処理中です...