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第一話 戸惑いのキス
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腰と後頭部に手を添えられただけで簡単に身動きが取れなくなるということを、リリーは今初めて知った。
「んっ……」
だめだと思うのに、必死に拳で胸を押し返すのに、ユーリの身体はびくともしなくて、唇はほしいまま彼に奪われてしまっている。
しばらく唇を重ねていると、今度は舌を差し入れられた。歯を閉じて拒んでも、その歯列を丁寧になぞられる。
ユーリの舌はまるで意思を持った生き物のように、リリーの口の中を動き回る。そして、ほんのわずか、息継ぎをしようとした隙に口内に入りこんで、リリーの舌に絡みついてきた。
(……どうして? こんなの、変よ……)
口づけられながら、リリーの頭は混乱していた。
ユーリの接吻が嫌なわけではない。むしろ、夢でも見ているのかと思うほど幸せだ。だからこそ、今起きていることが信じられない。
触れ合う唇の柔らかさと温かさによって、夢ではなく現実なのだと思い知らされる。思い知らされるごとに、「どうして?」という疑問がわく。
ユーリには想い人がいることがわかって、リリーは彼への恋心をあきらめなくてはと決意したばかりだったから。
リリーは、出会ったその日にユーリを好きになった。
彼の優れた容貌に惹かれたのではなく、うんと大きな優しさで包んでくれたのがきっかけだった。
初めて会ったのは、リリーがまだ七歳のとき。
王妃主催のお茶会に母が招かれ、リリーもそれに連れられて行ったのだ。
リリーの母は魔女で、よく効く薬を作る薬術師として信頼されている。それと同時に類まれなる美貌の持ち主としても広く知られていた。
そのため、お茶会に出席する人々はみな、その美しき魔女の娘であるリリーの容姿に関心があった。
だが、リリーが母から受け継いだのは赤毛だけだった。不美人とは言わないまでも顔立ちは地味で、母に似ているところはひとつもない。だから、美しき魔女に手を引かれて歩く小さな少女を見て、人々は大いに落胆したのだ。
その落胆の声は、リリーの耳にもしっかり届いた。七歳という、己の見た目を理解しつつある年齢だったからこそ、大人たちの反応に深く傷ついた。
向けられる視線が痛くて、耳に届く声がすべて自分を悪く言っているように聞こえて、その場から逃げ出したくなったほどだ。
リリーは泣きそうになりながら兄・ロベルトの姿を探した。
ロベルトは、六歳上だからか、生まれたときからリリーにベタ甘だ。彼はリリーを世界一可愛いと言ってくれているし、いつも守ってくれる。
彼の言葉が世界の基準に当てはまらないことはもう理解していたが、それでも大切にされるのが嬉しくて、彼のそばは数少ない安心できる場所だ。
その兄のそばに行きたいと小さな背であたりを一生懸命見回していたとき、ユーリが声をかけてくれたのだ。
「わあ! 何てかわいいんだろう! こんなにきれいな髪の色も、目の色も、初めて見たよ!」
そう声をかけられて、初めは意地悪を言われたのだと思った。だが、顔を上げてこちらを見ている人物の顔を目にして、悪意などないとすぐにわかった。
「君、ロベルトの妹君でしょ? 僕はユリアーヌス。君の名前は?」
「リリーです。……はじめまして、王子殿下」
金茶色の豊かな髪と:榛(はしばみ)色の瞳という容姿、それからユリアーヌスという名前で、リリーはすぐに相手が第三王子だと気づいた。
ロベルトがこの王子の遊び相手という名の世話役なのだ。だから彼の名前も、美しさも、出会う前からよく知っていた。……わがままでよくいなくなっては困らせられているとも、聞かされていた。
「そんなふうによそよそしくしないで。僕のことはユーリと呼んで、リリー」
そう言って、ユーリはリリーの手を取って駆け出した。笑顔で、すごく楽しそうに。
大人たちのいるテーブルから離れ、花々が咲き誇る花壇の近くまでたどり着いたときには、リリーもすっかり笑顔になっていた。
「笑ったらもっとかわいいだろうなって思ってたけど……やっぱり、すごくかわいい」
笑ったリリーを見て、ユーリもそれはそれは嬉しそうに笑った。
家族以外に可愛いと言われたのも、笑顔を見て嬉しそうにされたのも初めてで、リリーの胸は喜びに震えて熱くなった。
この笑顔と言葉を一生覚えていようと、そのときリリーは心に決めた。大切に心にしまって、お守りにしようと思ったのだ。
辛いときも悲しいときも、リリーはそのときのユーリに言われたことと笑顔を思い出しては、勇気づけられてきた。いつも眠る前にも、祈りと共に思い出していた。
そうしてお守りのように抱えた思いはいつしか、恋に変わっていった。
とはいっても、ユーリはリリーにとって高嶺の花だ。
王子だし、何より彼は女の子にもてる。容姿が優れているのはもちろんだが、ユーリは女性に優しいのだ。だから、城に出入りする女性はみなユーリのことが好きだった。
そう、ユーリが優しいのは何もリリーだけにではなかった。
すべての女の子に優しく、あらゆる女の子に「可愛い」と言う。それがユーリだ。
そのことがわかってからも、リリーはユーリが好きだった。呆れながらも、あまりの軽口の多さに怒りながらも、それでも嫌いになれない十年だった。
だが、その長い片思いも終わりにしなくてはならない時が来た。
ユーリが、本気で誰かを好きになったから。
リリーの恋は、想い人から恋愛相談をされるという、よくある残酷な終わり方をしたのだった。
「んっ……」
だめだと思うのに、必死に拳で胸を押し返すのに、ユーリの身体はびくともしなくて、唇はほしいまま彼に奪われてしまっている。
しばらく唇を重ねていると、今度は舌を差し入れられた。歯を閉じて拒んでも、その歯列を丁寧になぞられる。
ユーリの舌はまるで意思を持った生き物のように、リリーの口の中を動き回る。そして、ほんのわずか、息継ぎをしようとした隙に口内に入りこんで、リリーの舌に絡みついてきた。
(……どうして? こんなの、変よ……)
口づけられながら、リリーの頭は混乱していた。
ユーリの接吻が嫌なわけではない。むしろ、夢でも見ているのかと思うほど幸せだ。だからこそ、今起きていることが信じられない。
触れ合う唇の柔らかさと温かさによって、夢ではなく現実なのだと思い知らされる。思い知らされるごとに、「どうして?」という疑問がわく。
ユーリには想い人がいることがわかって、リリーは彼への恋心をあきらめなくてはと決意したばかりだったから。
リリーは、出会ったその日にユーリを好きになった。
彼の優れた容貌に惹かれたのではなく、うんと大きな優しさで包んでくれたのがきっかけだった。
初めて会ったのは、リリーがまだ七歳のとき。
王妃主催のお茶会に母が招かれ、リリーもそれに連れられて行ったのだ。
リリーの母は魔女で、よく効く薬を作る薬術師として信頼されている。それと同時に類まれなる美貌の持ち主としても広く知られていた。
そのため、お茶会に出席する人々はみな、その美しき魔女の娘であるリリーの容姿に関心があった。
だが、リリーが母から受け継いだのは赤毛だけだった。不美人とは言わないまでも顔立ちは地味で、母に似ているところはひとつもない。だから、美しき魔女に手を引かれて歩く小さな少女を見て、人々は大いに落胆したのだ。
その落胆の声は、リリーの耳にもしっかり届いた。七歳という、己の見た目を理解しつつある年齢だったからこそ、大人たちの反応に深く傷ついた。
向けられる視線が痛くて、耳に届く声がすべて自分を悪く言っているように聞こえて、その場から逃げ出したくなったほどだ。
リリーは泣きそうになりながら兄・ロベルトの姿を探した。
ロベルトは、六歳上だからか、生まれたときからリリーにベタ甘だ。彼はリリーを世界一可愛いと言ってくれているし、いつも守ってくれる。
彼の言葉が世界の基準に当てはまらないことはもう理解していたが、それでも大切にされるのが嬉しくて、彼のそばは数少ない安心できる場所だ。
その兄のそばに行きたいと小さな背であたりを一生懸命見回していたとき、ユーリが声をかけてくれたのだ。
「わあ! 何てかわいいんだろう! こんなにきれいな髪の色も、目の色も、初めて見たよ!」
そう声をかけられて、初めは意地悪を言われたのだと思った。だが、顔を上げてこちらを見ている人物の顔を目にして、悪意などないとすぐにわかった。
「君、ロベルトの妹君でしょ? 僕はユリアーヌス。君の名前は?」
「リリーです。……はじめまして、王子殿下」
金茶色の豊かな髪と:榛(はしばみ)色の瞳という容姿、それからユリアーヌスという名前で、リリーはすぐに相手が第三王子だと気づいた。
ロベルトがこの王子の遊び相手という名の世話役なのだ。だから彼の名前も、美しさも、出会う前からよく知っていた。……わがままでよくいなくなっては困らせられているとも、聞かされていた。
「そんなふうによそよそしくしないで。僕のことはユーリと呼んで、リリー」
そう言って、ユーリはリリーの手を取って駆け出した。笑顔で、すごく楽しそうに。
大人たちのいるテーブルから離れ、花々が咲き誇る花壇の近くまでたどり着いたときには、リリーもすっかり笑顔になっていた。
「笑ったらもっとかわいいだろうなって思ってたけど……やっぱり、すごくかわいい」
笑ったリリーを見て、ユーリもそれはそれは嬉しそうに笑った。
家族以外に可愛いと言われたのも、笑顔を見て嬉しそうにされたのも初めてで、リリーの胸は喜びに震えて熱くなった。
この笑顔と言葉を一生覚えていようと、そのときリリーは心に決めた。大切に心にしまって、お守りにしようと思ったのだ。
辛いときも悲しいときも、リリーはそのときのユーリに言われたことと笑顔を思い出しては、勇気づけられてきた。いつも眠る前にも、祈りと共に思い出していた。
そうしてお守りのように抱えた思いはいつしか、恋に変わっていった。
とはいっても、ユーリはリリーにとって高嶺の花だ。
王子だし、何より彼は女の子にもてる。容姿が優れているのはもちろんだが、ユーリは女性に優しいのだ。だから、城に出入りする女性はみなユーリのことが好きだった。
そう、ユーリが優しいのは何もリリーだけにではなかった。
すべての女の子に優しく、あらゆる女の子に「可愛い」と言う。それがユーリだ。
そのことがわかってからも、リリーはユーリが好きだった。呆れながらも、あまりの軽口の多さに怒りながらも、それでも嫌いになれない十年だった。
だが、その長い片思いも終わりにしなくてはならない時が来た。
ユーリが、本気で誰かを好きになったから。
リリーの恋は、想い人から恋愛相談をされるという、よくある残酷な終わり方をしたのだった。
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