恋によく効く薬はない

猫屋ちゃき

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第二話 恋の終わり

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 成長してからリリーは、母と同じ薬術師になった。
 といっても魔法を使えるようにはならなかったため、魔女ではなくただの薬術師だ。
 父は誉れ高い騎士であり伯爵だから、リリーは伯爵令嬢として生きる道もあった。だが、華やかな社交界より薬草畑のほうが落ち着くし、薬を作ってそれが誰かの役に立つのが嬉しい。だから、物心ついたときにはリリーの道は決まっていた。
 リリーが薬術師を目指したのは、ユーリに会いたかったからという理由も大きい。
 王室お抱えになると王城の離れの研究室に出入りできるし、優秀なら工房を持つことができる。
 だからユーリと会う機会を少しでも多くしたくて、ユーリに会いに来てほしくて、リリーは努力して工房を持つまでに至ったのだった。
 どうこうなりたいというわけではなく、ただ会って話せたら嬉しい――その思いだけで、リリーはただまっすぐ歩んできた。


「え? 今、惚れ薬って言った?」
「うん。欲しいんだ、惚れ薬」

 ユーリの口から出てくるとは思わなかった言葉に、リリーは思わず面食らった。
 その日も、いつものようにユーリはリリーの工房に遊びに来ていた。護衛騎士のロベルトをまいて、剣の稽古を抜け出して。
 いつもならそうしてやって来ては、リリーを口説いたりおしゃべりしたりして帰る。
 だが、その日は開口一番、「惚れ薬ってある?」だなんて言い出したのだ。
 惚れ薬といえば、飲ませた相手に恋心を起こさせる薬だ。話には聞いたことはあるが、その存在は疑わしい。それにあったとしても、ユーリにはもっとも必要ないものだろう。
 微笑みかければどんな女性でも頬を赤く染めるし、甘い声で囁けばだいたいの女性を恋に落とさせてしまう。
 少なくとも、ユーリのことを嫌いな女性をリリーは知らない。

「そんなものなくたって、たいていの女の子はユーリを好きになるでしょ?」

 かつてのユーリの恋の遍歴を思い出し、リリーは苦笑する。
 本当に、ユーリはこれまでたくさんの女性に好きになられてきた。そのせいで、リリーはしょっちゅう女性からやっかみを受けている。
 
「だめなんだ。ちっとも相手にされない。言葉が、届かないんだ」
「そう、なの……」

 リリーの苦笑いに、ユーリは切なそうに目を伏せた。てっきり軽口が返ってくると思っていたから、うまく相槌が打てない。それに、そんなふうに真剣な顔をしているのを見ると、胸がチクリと痛んだ。
 これまで、ユーリの口から他の女の子の話を聞いても平気だったのは、本気ではないと知っていたからだ。リリーにいつも言うように、他の子にも「大好き」とか「可愛いね」と言っているだけだとわかっているから。
 だが、そのときのユーリの表情はこれまでとはまるで違った。
 長い睫毛が頬に影を落とし、憂いを帯びている。思い悩んでいるのが、よくわかった。

「本気なのね。すごく好きなのが伝わってくる」

 遊び人のユーリを本気にさせたのは一体どんな人なのだろうと、そんな疑問がわいてくる。それが伝わったのか、ユーリははにかみながらリリーを見る。

「うん。すごく好きなんだ。他の人はあまり気づいていないみたいだけど、きれいでかわいくて。……薬草園にたたずんでる姿なんて、神秘的で美しくて、一枚の絵みたいなんだ」

 想い人の姿を思い出しているのか、うっとりしてユーリは言う。

「……薬草園ってことは、その人は魔女なの?」
「うん、魔女だね。僕のかわいい魔女さん」

 ユーリの返事を聞いて、よりいっそうリリーの胸は苦しくなる。
 きれいで可愛い上に、その人は魔女だというのだ。
 かないっこない、と思うと苦しい。なりたくてなれなかったものを好きだと言われたら、どうすることもできない。

「……そうなんだ。惚れ薬は、ちょっと作ってあげられないけど、うまくいくといいね」

 泣きそうになるのを何とかこらえて、リリーは言った。努めて笑顔でいるのは、せめてもの矜持だ。好きな人の前でみっともなく泣いたりしたくない。その思いだけで、やっとのことで踏ん張った。

「じゃあ、どうしたらいいのかな。どうしたら、その人に思いが届くのかな」

 リリーの苦しみにまるで気づかず、なおもユーリはリリーを見つめる。榛色の目は、切なげに細められている。
 その視線が、問いが、どんなにリリーの胸をえぐるのか、ユーリは知らないのだ。
 痛くて苦しくて、泣いてしまいたくなった。それでも、これからも友人としてユーリのそばにいたいのなら、質問に笑顔で答えなければならないのだ。

「それなら、今までみたいな軽口はやめて、その人にだけ『好き』って言うようにしてみたら? そしたら、信じてもらえるようになるかも」

 言いながら、またズキンと胸が痛む。
 もし本当にユーリが想い人にだけ「好き」と言うようになったら、リリーも言ってもらえなくなるということだ。もう甘い声で囁いてもらえなくなるということだ。
 そのことがわかって、目の前が暗くなる。

「そうか。……じゃあ、今後はそういう方向性で頑張ってみるよ」

 欲しい言葉ではなかったのか、困ったようにユーリは笑った。
 そんなふうにユーリを困らせる人がいるのだということに、リリーはいよいよ泣きたくなった。
 それでも、その日リリーは笑顔でユーリを見送った。
 そして、夜通しひとりで泣きぬれて、静かに恋の終わりを受け入れた。
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