恋によく効く薬はない

猫屋ちゃき

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第五話 後朝の異変

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 小さな明り取り窓から射し込む光で、リリーは目覚めた。
 ぱっちりと目を開けて、部屋の中がいつもより明るいことに気づいてあわてて跳ね起きる。普段は、もっと薄暗いうちからリリーの朝ははじまるのだ。

「あ……」

 上体を起こすと、身体にかけていた毛布がはらりと落ちて、何もまとっていない肌があらわになる。それを見て、リリーは昨夜の出来事を思い出した。

「私、ユーリと……」

 途中で意識を失ってしまったが、身体に怠さは残っている。明るい場所で見ると、白い肌の上に赤く小さな斑点がいくつも残されているのがわかる。それに、シーツには隠すことのできない情事のあとがしっかりある。
 幼い頃から大好きだったユーリと、一夜を共にした――その事実は、リリーの胸を甘く切なく締めつける。
 ずっと欲しかったが、同時に手に入らないともわかっていた。
 ユーリに想い人が現れなかったとしても、王子を相手にいつまでも片想いは続けていられないのだから。
 第三王子と伯爵令嬢という取り合わせも、世の中にはあるだろう。だが、そんなのはよほどその令嬢が美しい容姿をしていたり、何か秀でたものを持っていたりする場合だけだ。そうでなければ、周りが黙っていない。
 リリーは、己が何も持っていないことをきちんとわかっている。
 だから、昨夜のことは一時の夢だとわきまえているつもりだ。
 どうか、もう少しだけこの夢が続きますようにと、リリーは祈るようにユーリの頬にそっと口づけた。
 目が覚めれば、“勇気が出る薬”とやらのおかしな効果はなくなっているはずだ。

「……捕まえた!」
「キャッ!」

 ユーリの腕に抱きすくめられ、リリーは目を白黒させた。
(……どうして? 薬の効果はまだ続いてるっていうの?)
 信じられない思いでじっとうかがっていると、ユーリは人懐っこい猫のようにリリーに頬ずりを繰り返している。どうやら、昨夜のおかしな様子を引きずっているようだ。
 正気に戻れば、気まずそうにしたり申し訳なさそうにしたりするだろうと思っていたのに。どんな態度を取られても笑顔で受け流す覚悟を決めていただけに、リリーは混乱していた。

「あー、幸せだなあ。かわいいリリーが僕のもの……今からもう一回味わってもいい?」

 甘い甘い声で囁いて、ユーリはリリーを見つめてくる。朝の光の中で見るユーリの榛色の瞳は、一段ときれいだ。そのあまりのきれいさに胸がキュンとして、リリーは何だか泣きたくなった。
 さっきまで、もう少しこの夢が続きますようにと願っていたのに、いざそれが叶うと苦しい。まるで処刑宣告を待つような気分だ。

「……だめよ。もう一日の仕事をはじめなくちゃ」
「まだいいだろ? もう少しだけ」
「だめなの。この時間でも十分、寝坊しちゃってるんだから」

 強い意志でユーリの腕から逃れ、リリーは手早く下着と服を身に着けた。国に認定された薬術師に支給される若草色のローブを羽織れば、リリーはすっかり仕事をする格好になる。

「生まれたままの姿のリリーもかわいいけど、薬術師の格好もかわいいね。こっちへ来て。もっとかわいくしてあげる」

 着替えの一部始終を見られていたのかと思って顔を赤くしながらも、リリーは手招きされるままユーリのそばへ行った。
 寝台に腰を下ろすと、ユーリの手が伸びてきて優しく髪を梳かれる。スルスルと指が滑っていく感触が気持ちいい。それをたっぷり味わおうと、リリーはそっと目を閉じた。

「ふふ。かわいくできた。見ておいでよ」

 目を閉じている間にもユーリの指は動いていて、何やら髪を整えていてくれたらしい。
 促され鏡の前に立って、リリーは感激に目を見開いた。

「……素敵」

 鏡の中のリリーは、編み込んだ髪をぐるりと結い上げられていた。無造作に一本に束ねていたのとは、まったく印象が違う。地味な顔立ちが、ほんの少し華やかに見える。

「気に入ってくれたみたいでよかった」
「ありがとう」

 リリーが鏡に見入っている間に、ユーリは衣服を身に着けていた。得意げに笑うその顔を見て、リリーの胸はまたチクリと痛む。
(ユーリは、こういうことに慣れてるのね……)
 女の子の髪を結うことも、素早く身支度を整えることにも、慣れているという事実を改めて感じるとつらい。……肌を重ねる前には、そんなことを感じたこともなかったのに。
 欲張りになっていることに気づいて、自分で自分に呆れてしまう。

「リリーはこれから朝食? それとも、もう仕事?」
「えっと、朝一で届けなきゃいけない薬があるから、そのあとで早めの昼食にするの」

 気持ちが沈みそうになったのを悟られたのかと、リリーはあわてて笑顔を浮かべて取りつくろった。

「そっか。じゃあ、途中まで一緒に行くよ。……本当はもっと一緒にいたいけど、リリーの仕事を邪魔したくないし」

 無理やりな笑顔には触れず、ユーリはリリーの頭をそっと抱き寄せて前髪越しに接吻した。
 何とも言えぬ、甘い行為だ。そのあまりの甘さに、リリーは勘違いしてしまいそうになる。自分がユーリの恋人か何かなのだと。

「さあ、行きましょう。これ以上遅くなると、きっとユーリも叱られてしまうわ」

 平静を装って、リリーは先に歩きだした。ユーリはまるで子犬のように無邪気にあとをついてくる。
 自分の工房を一歩出たときから、リリーは全身をこわばらせていた。
 裏庭を抜け城内に入れば、様々な人目がある。ユーリと並んで歩くと、視線にさらされるから緊張するのだ。特に、女性たちの視線は痛いほど鋭い。

「おはようございます。ユーリ様」
「ごきげんよう、ユーリ様」

 リリーの目的地は、侍女頭の部屋。必然的に使用人たちがよくいる廊下を通らねばならず、さっそくふたりの女性に呼び止められた。たしか、王妃つきの侍女たちだ。
 リリーはたまたま近くを歩いていたふりをしようと、そのまま歩き続けた。ユーリはきっと、彼女たちと立ち話をはじめてしまうだろうから。
 だが、ユーリはそのままついてきた。
 たった一言、「おはよう」と返して、まるでそれで最低限の礼儀は果たしたと言わんばかりに。

「……あのっ、ユーリ様、お待ちください」

 素通りされるとは思わなかったのだろう。女性のひとりが追いすがるように駆け寄ってきた。声にも表情にも、焦りが現れていた。
 これまでのユーリといえば、こうして女性に声をかけられれば笑顔で応じ、「今日もすっごく可愛いね」とか「これから僕と遊びに行かない?」などとナンパをはじめるのだから。
 そうした声かけをしないどころか、冷たく素通りされて女性がひどく傷ついているのがわかる。
 だが、ユーリはそんな相手をさらに冷たくあしらった。

「急いでるから、いいかな? 君も自分の仕事に戻ったら?」
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