恋によく効く薬はない

猫屋ちゃき

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第六話 リリーの決意

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 初めて聞くユーリの冷たい声に、そばで聞いていたリリーも驚いた。当然、その言葉を投げつけられた女性は衝撃を受けた顔をしている。
 それでも動こうとしない彼女に、ユーリは冷ややかな視線を向けた。

「君だけじゃないけど、自分の持ち場を離れて僕を待ち伏せしてる人が多くいるんだよね」

 うんざりというその声音に、女性はビクッと反応した。やましいことがあるということなのだろう。

「特に、裏庭から城に戻る道で張ってればいいと思ってるのか、明らかに場違いな人を見かけるんだよ。どうして王妃つきの侍女が中庭ではなく裏庭方面にいるんだ? 裏庭に用があるのは、医務官や薬術師たちだけだよね」

 ユーリの言葉に、女性は気まずそうに目を伏せた。リリーも、はっと気づかされる。
 工房に薬をもらいにくるならともかく、そういった用事があるわけではなさそうなのにうろうろしている女性があまりに多すぎた。言われてみれば、たしかにそれは不自然なことだ。

「そ、それは……ユーリ様にお会いしたかったからで……」
「そんな理由で仕事を疎かにされても困るよ。早く、自分のいるべき場所に戻って」

 淡々と言われ、女性はついに泣き崩れた。その姿に、リリーまで胸が痛んでくる。
 そんな女性を温度を感じさせない目で一瞥して、ユーリは歩きだす。そういった表情をすると彼の顔の美しさが際立って、畏怖の念さえ抱かせる。
 怖くなって、あわててリリーはあとを追った。

「ユーリ、どうしてしまったの……?」
「どうしてしまったって、何が?」

 隣を歩きながら、ユーリは柔らかな笑みを浮かべて小首をかしげる。先ほどの鋭い表情とはまったく違う。その落差に、リリーはまた驚いた。

「何がって、さっきのあの人にすごく冷たかったから……何だか変よ」
「変かな? ……わきまえのない者には、わからせる必要があるかなって思っただけなんだけど」

 ユーリは、本気でリリーの疑問がわからないという様子だった。それを見て、リリーは確信する。
(ユーリは、本当におかしくなってしまってるんだわ……!)
 いつも笑顔で、誰にでも優しい。特に女性には。――それが、ユーリだ。
 それなのに、今の彼はどうだろうか。
 日頃なら苦言を呈さねばならない場面でも、うんと言葉を選んだだろう。笑顔で、噛んで含めるように伝えて、決して女性を傷つけることはしなかったはずだ。
 本当におかしくなってしまったのだと実感して、昨日工房に来た女性に言われた言葉を思い出す。

『あなたのせいで、ユーリ様はおかしくなってしまったのよ』

 この言葉をぶつけられたときは、ひどい言いがかりだと思った。だが、今はその言葉が胸に刺さる。
 他の女性たちには恐ろしく冷たいのに、リリーにだけは優しいのだ。その上、愛を囁き、恋人のように扱われた。
 まるで、リリーが願った通りのことが起きている。
 もしかしたら気づかぬうちに何かしてしまったのではないかと、思わずにはいられなかった。

「……こんなのだめ!」

 頭の中を様々な思いが駆けめぐり、リリーはつい叫んでいた。めったに声を荒らげないリリーの大声に、ユーリは驚いて目を見開いた。

「私が、ユーリを元に戻して見せるから!」

 ユーリが驚き、何と言えないでいるうちにそう宣言すると、リリーは勢いよく走り去っていった。何とか立ち直り、ユーリが呼んだときには、その姿はすっかり見えなくなっていた。


 何とかユーリを元に戻さなくては――そのことで頭がいっぱいになったリリーは、薬を届けてから研究所に行き、休暇届を申請した。
 休養するために休暇を申請する者ももちろんいるが、薬術師の多くが薬の材料の採集や研究のためといった理由が多い。採集や研究をないがしろにするわけにはいかないため、リリーの申請もあっさり通った。……あまりの剣幕でやってきたせいで、一体何の研究だろうかと噂にはなったが。
 休暇をもぎ取ったリリーはその足で馬を借りに行き、ある人のところへ駆けていった。
 リリーがやらなくてはいけないのは、ユーリが服用した薬の特定と、その解毒薬を作ることだ。こんなときに頼れるのは、ひとりしかいない。

「特定の相手を好きだと思わせる薬ねえ……」
 
 リリーの話を聞いた赤毛の美女は、手に持つカップに口をつけて考え込んだ。話し終えて疲れたリリーも、カップの中身を一気にあおる。
 リリーが訪れたのは、郊外の森にある古ぼけた小屋。そこは、リリーの母が工房として使っている。リリーの母も国に認められた薬術師ではあるが、こうして森の奥に引っ込んでいるのだ。薬術師の多くが、年を取ると自分の研究に没頭したいと隠居してしまうことが多い。
 リリーの母の場合は毎日自宅からここへ通っているため、隠居とはまた違うのだが。

「そんな薬があれば、城とか社交界なんかでしょっちゅう使われてそうだけどね。みんな、いい相手やいい家と婚姻を結ぼうって躍起なんだもの。そんな薬を飲ませることがそもそも可能なら、毒殺とかもやり放題になってるだろうし。……リリーにはぴんとこないかしら」
「うーん。何となく、想像ならできるんだけど」

 母の口から聞かされた物騒な話に、リリーは困惑した。
 幼いときから令嬢としての教育よりも、母にくっついて薬草の知識ばかり身につけてきたリリーにとっては、いまいちわからない話題かもしれない。
 リリーは伯爵令嬢よりも、魔女になりたかったのだ。

「じゃあ、薬でないのなら……呪いとかは? その、あまりにも強く願ったために、その通りになってしまうこととか……」
 
 薬でないのならと、リリーはもうひとつの考えについて口にする。
 これは、正直あまり言いたいことではなかった。ひどく荒唐無稽だし、魔法や魔女というものを馬鹿にしていると思われても仕方がない。
 案の定、母は眉根を寄せてリリーを見つめた。

「リリーは、自分があまりにもユリアーヌス殿下のことが好きすぎて、そのせいで殿下がおかしくなったって考えてるのね?」
「……うん」
「それは、絶対にないとは言いきれないけど、考えにくいことだと思うわ。そんなことがもしあるなら、祈りがもっと世界をよくするはずだもの」
「そうだよね……」

 改めて言われて、自分で自分に呆れてしまった。たしかに、願うだけで誰かの心を変えられるのなら、それこそ大勢の人がもっと熱心に信心するだろう。
 妄想を否定されたことで安堵しつつも、振り出しに戻ってしまった。

「何か知っている可能性があるとしたら、殿下の想い人かもしれないその魔女とやらかもしれないわね。もし、いればだけど」

 どうしたものかと考えていると、母がふと呟いた。それを聞いて、リリーははっとした。
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