恋によく効く薬はない

猫屋ちゃき

文字の大きさ
14 / 20

第十四話 通じ合った想い

しおりを挟む
「――始め!」

 合図とともに、ふたりは剣と剣をぶつけあった。
 キンッ、キンッと金属のぶつかりあう音があたりに響く。ふたりの動きに合わせて、砂埃が舞う。
 ユーリもロベルトも激しく腕を振り、互いに攻撃を当てようとしていた。きっとユーリは防戦一方になると思っていたのに、なかなかいい動きをする。
 自分より体格の恵まれたロベルトに対して、身体の軽さを活かして応戦しているのだ。ロベルトが剣を上から振り下ろしても軽やかにかわし、その振り下ろした直後の空いた脇に斬りつけていく。ロベルトの剣は何度かユーリの身体を斬りつけたが、ユーリの剣もまたロベルトに当たっていた。
 ロベルトが振ればユーリがそれをかわし、ユーリが振り上げればロベルトがそれを剣の刀身で受け止める。
 その繰り返しの中で、互いに何度か斬り合っていた。
 このまま拮抗するかに見えたが、少しずつ状況が変わっていくのがわかった。ユーリの体力が尽きかけてきているのだ。
 ロベルトが片手で剣を振るうのに対し、ユーリは両手で握りしめている。よく見れば、最初からそれだけ腕力に差があったということだ。
 軽やかな足取りで攻撃をかわしていたユーリの動きが、少しずつ鈍っていく。離れた場所からでも、肩で息をしているのがわかる。
 やはり、日々鍛錬を積んでいるロベルトとそうでないユーリとでは、身体の造りが違うのだろう。

「……あっ!」

 ユーリの身体がゆらりとよろめいたところに、ロベルトの剣が容赦なく振り下ろされた。
 倒される!と思い、思わずリリーは叫びかけたが、ユーリは何とか踏みとどまった。うずくまってはいても、膝はついていない。
 とはいえ、形勢は圧倒的に不利だ。あと一回でも攻撃されれば、おそらくユーリはかわすことができない。
 最後の一撃を加えようと、ロベルトが剣を握り直した。だが、動いたのはユーリが早かった。
 しゃがみこんでいたユーリは砂を掴むと、それをロベルトの顔めがけて投げつけた。ロベルトの視界は、一瞬奪われる。その隙を見逃さず、ユーリはロベルトに足払いをかける。
 ロベルトが体勢を崩したところへ、とどめを刺すようにユーリは立ち上がって剣を振った。剣がロベルトの手首にぶつかるそのとき、何かが弾ける音をリリーは聞いた。その直後、ロベルトの手から剣が落ちた。

「あ……」

 歓声が、拍手がわき起こる。初めは小さかったそれらの音は、やがて大きな渦のようになって演習場を包んだ。
 人々がユーリとロベルトに駆け寄っていくそのとき、リリーは演習場の隅にオクタヴィアの姿を見つけた。彼女の視線は、ユーリに注がれているかに見えた。だが、よく見てみればロベルトに向けられているのがわかった。
 オクタヴィアは、熱心にロベルトを見ていた。ロベルトが無事なのがわかると、安堵したように、嬉しそうに笑った。それを見て、リリーはいろいろなことを悟った。

「ユーリ殿下! あなたの勝ちだ! さあ、あなたの望みはなんだ?」

 拍手と歓声に負けない声で、ロベルトが叫んだ。ざわめきが、それに応じるように静まった。

「僕の望みは…」

 人々に見守られる中、ユーリは口を開いた。じっと、ロベルトを見つめている。ロベルトもまた、ユーリを見ている。まるで他の人たちなど、目に入っていないかのようだ。

「僕は、リリーと結婚したい! ロベルト、君の大切な妹を、僕にください!」

 ユーリは、よく通る声で高らかに言った。
 まっすぐな言葉は、リリーの胸を射抜いた。最初は驚きが、次いで喜びがあふれていく。信じられなくて、思わず叫び出してしまいそうで、リリーは口を両手で押さえた。

「その望み、聞き届けました。私がこれまで守ってきた我が妹を、これからは殿下に託します。リリーを、幸せにしてやってください」

 ロベルトは膝を折ってひざまずき、騎士の礼をとった。今この瞬間、本当に心からユーリを認めたのだと、その場にいる誰もがわかった。
 再び、割れんばかりの拍手が起こる。誰も、異を唱える者はいない。その祝福する雰囲気に、リリーは戸惑いを隠せなかった。嬉しいが、「自分なんかでいいのだろうか」という迷いのほうが先に立つ。
 その迷いに気づいたのか、隣にいた上司がポンッとリリーの肩を叩いた。

「よかったよかった。派手なお膳立てじゃが、これで晴れて王子と結ばれるのお」

 上司は、楽しそうに笑っている。決闘など見たくないと言っていたのに。

「あの……いいんでしょうか?」
「何をためらう? 大丈夫。この幸せに水を差す者など、誰もおらんさ。そのための決闘だ。さあ、勝者のもとへ行って差し上げなさい」

 ホッホッホッと笑いながら、上司はリリーの背中を押した。

「リリー!」

 恐る恐る近づいていくと、たくさんの人に囲まれていたユーリが気がついた。満面の笑みを浮かべて手を振られ、リリーも嬉しくなって走り出していた。

「リリー、見てくれてたんだね?」
「ええ。最初から、ずっと見てたわ」
「勝ったよ。リリーとのこと、認めてもらいたくて。全然かっこよくなかったし、ずるい手を使っちゃったけど……」

 すぐ近くまで行くと、ユーリは何だか恥ずかしそうに笑った。スマートではない戦い方を恥じているのだとわかったが、汗だくになって髪を乱れさせている姿を見たら、リリーの胸には愛しいという気持ちしかわかない。いつもきれいでふわふわしているユーリがなりふり構わず戦ってくれたということが、とても嬉しかった。

「どんな戦い方でも構わない。勝ちは勝ちだもの。……すごくかっこよかったよ」
「リリー!」

 はにかみながら言うリリーに感激して、ユーリはギュッと抱きついてきた。その直後、また喝采が上がる。

「ユーリが私のことを好きだなんて、信じられない。他に好きな人がいるって思ってたから……」

 腕の中で、リリーはそう口にした。嬉しくてたまらないが、まだ信じきれていない。頭が追いついていないのだ。

「他に好きな人なんかいない。……ずっと好きだって言ってるのに、リリーってば、鈍いんだよ」

 抱きしめる腕によりいっそう力を込め、ユーリはリリーの耳元で囁く。その甘く、いつもより男っぽい声にリリーはどきりとした。
 普段とは違うユーリの様子に、少しずつ、リリーは彼の思いが本物なのだと実感し始めた。

「リリー。ずっと、ずっと大好きだよ。絶対に離さないから」
「私もよ、ユーリ。これからも、ずっとずっと大好きよ」

 想いが通じ合った喜びを噛みしめて、ふたりはそれから拍手の鳴り響く中でいつまでも抱き合っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ

Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。 理由は決まって『従妹ライラ様との用事』 誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。 「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」 二人の想いは、重なり合えるのだろうか …… ※他のサイトにも公開しています。

政略結婚のはずでしたが、黒の公爵に「君を愛するつもりしかない」と言われました。

ちよこ
恋愛
没落寸前のエーデル伯爵家の令嬢ルイーズは、この国最大の権勢を誇る黒の公爵エルハルトと政略婚を結ぶことになった。 釣り合わない縁談に社交界はざわめいたが、ルイーズは「家同士の利害が一致した取引に過ぎない」と割り切っていた。 ところが初夜、公爵は開口一番こう言った。 「私は君を愛するつもりしかない」 政略婚のつもりでいた令嬢と、最初から決めていた公爵の、少し不器用な初夜の話。​​​​​​​​​​​​​​​​

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

「君と勝手に結婚させられたから愛する人に気持ちを告げることもできなかった」と旦那様がおっしゃったので「愛する方とご自由に」と言い返した

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
デュレー商会のマレクと結婚したキヴィ子爵令嬢のユリアであるが、彼との関係は冷めきっていた。初夜の日、彼はユリアを一瞥しただけで部屋を出ていき、それ以降も彼女を抱こうとはしなかった。 ある日、酒を飲んで酔っ払って帰宅したマレクは「君と勝手に結婚させられたから、愛する人に気持ちを告げることもできなかったんだ。この気持ちが君にはわかるか」とユリアに言い放つ。だからユリアも「私は身を引きますので、愛する方とご自由に」と言い返すのだが―― ※10000字前後の短いお話です。

処理中です...