恋によく効く薬はない

猫屋ちゃき

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第十四話 通じ合った想い

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「――始め!」

 合図とともに、ふたりは剣と剣をぶつけあった。
 キンッ、キンッと金属のぶつかりあう音があたりに響く。ふたりの動きに合わせて、砂埃が舞う。
 ユーリもロベルトも激しく腕を振り、互いに攻撃を当てようとしていた。きっとユーリは防戦一方になると思っていたのに、なかなかいい動きをする。
 自分より体格の恵まれたロベルトに対して、身体の軽さを活かして応戦しているのだ。ロベルトが剣を上から振り下ろしても軽やかにかわし、その振り下ろした直後の空いた脇に斬りつけていく。ロベルトの剣は何度かユーリの身体を斬りつけたが、ユーリの剣もまたロベルトに当たっていた。
 ロベルトが振ればユーリがそれをかわし、ユーリが振り上げればロベルトがそれを剣の刀身で受け止める。
 その繰り返しの中で、互いに何度か斬り合っていた。
 このまま拮抗するかに見えたが、少しずつ状況が変わっていくのがわかった。ユーリの体力が尽きかけてきているのだ。
 ロベルトが片手で剣を振るうのに対し、ユーリは両手で握りしめている。よく見れば、最初からそれだけ腕力に差があったということだ。
 軽やかな足取りで攻撃をかわしていたユーリの動きが、少しずつ鈍っていく。離れた場所からでも、肩で息をしているのがわかる。
 やはり、日々鍛錬を積んでいるロベルトとそうでないユーリとでは、身体の造りが違うのだろう。

「……あっ!」

 ユーリの身体がゆらりとよろめいたところに、ロベルトの剣が容赦なく振り下ろされた。
 倒される!と思い、思わずリリーは叫びかけたが、ユーリは何とか踏みとどまった。うずくまってはいても、膝はついていない。
 とはいえ、形勢は圧倒的に不利だ。あと一回でも攻撃されれば、おそらくユーリはかわすことができない。
 最後の一撃を加えようと、ロベルトが剣を握り直した。だが、動いたのはユーリが早かった。
 しゃがみこんでいたユーリは砂を掴むと、それをロベルトの顔めがけて投げつけた。ロベルトの視界は、一瞬奪われる。その隙を見逃さず、ユーリはロベルトに足払いをかける。
 ロベルトが体勢を崩したところへ、とどめを刺すようにユーリは立ち上がって剣を振った。剣がロベルトの手首にぶつかるそのとき、何かが弾ける音をリリーは聞いた。その直後、ロベルトの手から剣が落ちた。

「あ……」

 歓声が、拍手がわき起こる。初めは小さかったそれらの音は、やがて大きな渦のようになって演習場を包んだ。
 人々がユーリとロベルトに駆け寄っていくそのとき、リリーは演習場の隅にオクタヴィアの姿を見つけた。彼女の視線は、ユーリに注がれているかに見えた。だが、よく見てみればロベルトに向けられているのがわかった。
 オクタヴィアは、熱心にロベルトを見ていた。ロベルトが無事なのがわかると、安堵したように、嬉しそうに笑った。それを見て、リリーはいろいろなことを悟った。

「ユーリ殿下! あなたの勝ちだ! さあ、あなたの望みはなんだ?」

 拍手と歓声に負けない声で、ロベルトが叫んだ。ざわめきが、それに応じるように静まった。

「僕の望みは…」

 人々に見守られる中、ユーリは口を開いた。じっと、ロベルトを見つめている。ロベルトもまた、ユーリを見ている。まるで他の人たちなど、目に入っていないかのようだ。

「僕は、リリーと結婚したい! ロベルト、君の大切な妹を、僕にください!」

 ユーリは、よく通る声で高らかに言った。
 まっすぐな言葉は、リリーの胸を射抜いた。最初は驚きが、次いで喜びがあふれていく。信じられなくて、思わず叫び出してしまいそうで、リリーは口を両手で押さえた。

「その望み、聞き届けました。私がこれまで守ってきた我が妹を、これからは殿下に託します。リリーを、幸せにしてやってください」

 ロベルトは膝を折ってひざまずき、騎士の礼をとった。今この瞬間、本当に心からユーリを認めたのだと、その場にいる誰もがわかった。
 再び、割れんばかりの拍手が起こる。誰も、異を唱える者はいない。その祝福する雰囲気に、リリーは戸惑いを隠せなかった。嬉しいが、「自分なんかでいいのだろうか」という迷いのほうが先に立つ。
 その迷いに気づいたのか、隣にいた上司がポンッとリリーの肩を叩いた。

「よかったよかった。派手なお膳立てじゃが、これで晴れて王子と結ばれるのお」

 上司は、楽しそうに笑っている。決闘など見たくないと言っていたのに。

「あの……いいんでしょうか?」
「何をためらう? 大丈夫。この幸せに水を差す者など、誰もおらんさ。そのための決闘だ。さあ、勝者のもとへ行って差し上げなさい」

 ホッホッホッと笑いながら、上司はリリーの背中を押した。

「リリー!」

 恐る恐る近づいていくと、たくさんの人に囲まれていたユーリが気がついた。満面の笑みを浮かべて手を振られ、リリーも嬉しくなって走り出していた。

「リリー、見てくれてたんだね?」
「ええ。最初から、ずっと見てたわ」
「勝ったよ。リリーとのこと、認めてもらいたくて。全然かっこよくなかったし、ずるい手を使っちゃったけど……」

 すぐ近くまで行くと、ユーリは何だか恥ずかしそうに笑った。スマートではない戦い方を恥じているのだとわかったが、汗だくになって髪を乱れさせている姿を見たら、リリーの胸には愛しいという気持ちしかわかない。いつもきれいでふわふわしているユーリがなりふり構わず戦ってくれたということが、とても嬉しかった。

「どんな戦い方でも構わない。勝ちは勝ちだもの。……すごくかっこよかったよ」
「リリー!」

 はにかみながら言うリリーに感激して、ユーリはギュッと抱きついてきた。その直後、また喝采が上がる。

「ユーリが私のことを好きだなんて、信じられない。他に好きな人がいるって思ってたから……」

 腕の中で、リリーはそう口にした。嬉しくてたまらないが、まだ信じきれていない。頭が追いついていないのだ。

「他に好きな人なんかいない。……ずっと好きだって言ってるのに、リリーってば、鈍いんだよ」

 抱きしめる腕によりいっそう力を込め、ユーリはリリーの耳元で囁く。その甘く、いつもより男っぽい声にリリーはどきりとした。
 普段とは違うユーリの様子に、少しずつ、リリーは彼の思いが本物なのだと実感し始めた。

「リリー。ずっと、ずっと大好きだよ。絶対に離さないから」
「私もよ、ユーリ。これからも、ずっとずっと大好きよ」

 想いが通じ合った喜びを噛みしめて、ふたりはそれから拍手の鳴り響く中でいつまでも抱き合っていた。
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