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縁切鋏 弍
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その日の夜、夕食と風呂をすませた善之助は縁側に立っていた。今夜は雲が少なく、月も星もよく見える。だが、善之助に天体観測の趣味はないから、見えたところでなんの星座があるかなどわからない。ただボーッとしているだけだ。
空を見上げながら、夕方の出来事を思い出し、強く言い過ぎただろうかと反省していた。言わなくてはいけないことを言っただけだが、それにしてももう少し気を遣えばよかったと、自己嫌悪に陥っていた。
あれから小夏は善之助が渡した鋏を素直に受け取り、礼を言って帰っていった。その背中はあきらかにしょげており、そして怯えていた。
怖がらせたかったわけでも傷つけたかったわけでもないのだが、やはり自身が必要に迫られて来たわけではない小夏にはよく飲み込めないことだったのだろう。
自分の身が置かれた状況がわからないままあのようなことを言われれば、怖いし不愉快に違いない。
もしかしたら、もう二度とここへは来ないかもしれないーーそう思うと、善之助の気持ちは少し沈んだ。
二度ほど餌付けに成功した猫のことは、やはり気になるものだ。その猫がもしかしたらもう庭に顔を出さないかもしれないと思えば、やはり楽しい気持ちにはならない。
ただ、それだけのことだ。
そんなことよりも今は、数日後に近所の女子高生が死んだなんて知らせを聞くことがなければいいがと考えていた。
髪の毛は嫉妬の象徴だ。嫉妬というものは、とどまることを知らない。嫉妬されている側も無自覚とあれば、日常のささいなことからそれはどんどん肥大化していくだろう。
嫉妬にジリジリと締め上げられていき、息が止まった人間なんてものは世の中にゴロゴロいるものだ。そうとは知られていないだけで。
ここへ出入りする古書を扱う業者で、いつも肩に女の手を乗せている男がいる。手というのもわかりやすい恨みの念の象徴なのだが、男はそれをすべてわかった上で「いつもいつも肩が凝って仕方がない」と言っている。図太い男だ。そんな図太い人間なら、髪の毛が首に巻きついたくらいでは死なないだろう。むしろニヤニヤするに違いない。
だが、小夏は違う。そんなふうに割り切ることはできないだろう。なぜそんな目に遭うのかとか、どうしてそうなったのかとか、考えても詮無いことにばかり頭を悩ませるのだろう。それが普通の人間というものだ。
そうはいっても、割り切れなければ、殺されるだけだ。
恨みや嫉妬なんてものは、見ないふりをしている間は決してどうにかすることができない。認めた上で真正面から向き合ってはじめて、振り払うなりなんなりできるというものだ。
小夏の場合は簡単だ。あの髪の毛の持ち主ときっぱりすっぱり縁を切ればいい。
あの鋏を使えば、不思議なくらい繋がりが、関係がなくなってしまう。
あの動揺の仕方を見る限り、相手はきっと“お友達”なのだろう。だが、無意識とは言え自分を殺そうとしている相手など友達ではないと善之助は思う。
人と付き合うと多かれ少なかれ悪感情を抱いたり抱かれたりする。ニコニコ笑いながらも、腹の底では「死んでしまえ」と思っていることもあるだろう。人間なんて、そんなものだ。
そういうふうに考えているせいで、善之助は友人が少ない。ゼロではない、と思うが。
孤独は嫌いではないが、たまに人との交流が恋しくなる。
だから、小夏との出会いは善之助にとってなかなか良いものだったのだ。
だからこそ、どうか切り抜けてくれ、と空を見上げて祈るみたいに思っていた。
小夏は、夢を見ていた。
気がつくと、夕暮れの教室にいた。自分の席に座っている。
夕日が沈む前の、金色のようなオレンジが廊下の窓からじんじんと教室に入り込んできている。綺麗な光景のはずなのに、何だか少し不気味に思える。
ああ、これは夢だなと思ったのは、その差し込んでくる光がまるで水紋のようなのだ。足もとにあるのは、水中から空を見上げたときのような、ゆらめき。
誰もいない放課後の教室で、小夏は由里香とひとつの机を囲んで座っていた。
部室ではなく教室というのも、何だか妙だ。
由里香は、ちくちくと何かを縫っていた。手のひらに乗るほどの、青い四角。
(お守りの、袋……)
ああ、そういえばバドミントン部にお守りを作るのだったかと、小夏は思い出した。
思い出して、カチリと何かが噛み合った。
お守りと、それを一心不乱に縫う由里香を見て、彼女に対して感じた疑問が唐突に解決したのだ。
(そっか。由里香は村瀬のことが……)
だから、村瀬が自分に話しかけるたび由里香はあんなふうにピリピリしたのかと考えると、色々と腑に落ちた。
「ねぇ、由里香」
「……なに?」
「由里香って村瀬のことが」
「痛っ」
「大丈夫⁉︎ ……え?」
もしそうなら、はっきりと由里香の口から確かめたいーーそう思って小夏は声をかけたのに、一瞬のあいだに由里香の姿が霧散した。
針で指をついて、痛いと一声あげて。
そこで、ドボンと小夏の意識も水の中に飲まれてしまった。
教室の床に水紋があると思ってはいたが、やはり水の中にいたのだ。
水の中にある、とろりとした金色に染まる教室。撮影のセットのように動かない椅子や机と違って、小夏の体は翻弄されていた。
(こんなの、嫌!)
小夏はギュッと目を瞑ると、ぐーんと体が水面まで浮かぶイメージをした。体は、その通りに浮上していく。
(あがれ、あがれ。ここにいてはダメだ)
心のどこかが察知した危機感に従って、小夏は逃げるように浮上し、ザパリと水面から顔を出した。
そこで、目を覚ました。
枕の下のスマホを手にすると、時刻は二時半。よくわからない夢を見たせいで半端な時間に目覚めてしまったらしい。
だが、起きてよかったのだろう。あのまま夢の中にいるのは危険だった。よくわからないけれど、小夏はそう感じていた。
由里香の夢を見たのは、善之助に言われたことのせいに違いない。
善之助の家を辞してからも、小夏はずっと鋏を見つめながら彼に言われたことを考えていたのだ。
由里香と縁を切らなければ死ぬーーにわかには信じられないし、信じたくないことだ。
由里香は部活が一緒で、高校に入ってできた友達の中では一番気が合う子なのだ。見た目も趣味も似ているところはないが、不思議と気が合う子だ。由里香も、小夏のことを友達として好いてくれていると感じている。
だから、まさか由里香が自分に嫉妬しているだなんて、考えたくなかった。しかも、村瀬なんかを好きで、村瀬が小夏に話しかけてくるからという理由でなんて。
それなら、小夏にそうと言ってくれればいいのに……そんなふうに思うと、より一層わからなくなる。
善之助がおかしなことを言っている可能性もある。何せ、昨日出会ったばかりの男だ。ご近所さんではあるが、よく知りもしない。それに、言っていることは荒唐無稽だ。
鋏で縁を切るだとか、死ぬだとか、普通に聞けば冗談か妄言としか思えない。
だが、否定できない部分がある。
首に巻きついていた髪の毛だ。
あきらかに小夏自身の髪ではない。髪質が違うし、そもそも長さが足りない。そして、見覚えがある。
なぜ・どうやって小夏の首に巻きついたかはわからないが、あれは由里香の髪の毛と見て間違いないだろう。
(じゃあ、どうすればいいって言うの)
困惑と苛立ちを抱えたまま、小夏はもう一度目を閉じた。
「わぁ、いっぱいあるねー」
「でしょー。小学生の頃にハマってたくさん買ったのが残ってたの」
昼休み、由里香の机の上に広げられた色とりどりのフェルト生地を小夏は他の女の子たちと囲んで見ていた。昨日話したことを実行すべく、さっそく由里香は家に帰って材料を見繕ってきたらしい。使いかけのものも多いが、小さなお守りを作るには十分な量はありそうだ。
善之助の言葉や変な夢を見たせいで陰鬱な気持ちで登校した小夏だったが、由里香はいつも通りだった。
(普通、だよね)
ウキウキとした様子でフェルトを並べる由里香を見て、小夏はホッと息をついた。
いつもの由里香だ。ピリピリとした不穏なものはまとっていない。
「野球部とかサッカー部とかにあげるお守りはボールにすればいいけど、バドミントン部ってどうしようね」
「なんだっけ? あのハネみたいなの、縫う?」
「シャトルは微妙だね」
「だよねー」
いっそのことハートにしちゃえば、なんて言ってしまおうかと小夏はふと考えた。由里香はニコニコと楽しそうで、そんな軽口を叩いても大丈夫そうな感じだったのだ。
だが、ふいにまた由里香がピリッとした。小夏がそれに驚いて、何事かと考えているうちに、不穏な空気の原因が近づいてきていた。
「あ、お守り作ってくれる気になったんだ!」
女子は女子、男子は男子の島でお昼を食べるのが当たり前なのに、こいつにはそういう不文律が通じないよなと、小夏はため息をついた。
由里香の机の上に広がるフェルトを目ざとく見つけた村瀬がやってきたのだ。
「どうせなら部をあげて作って、バド部の人たちにドドンと押し付けちゃおうかと思って」
邪険にするわけにもいかず、小夏はとりあえず答えた。
「マジか! やった」
そう言って村瀬は、白い歯をむき出しにして屈託なく笑った。
「ほらほら、できてからのお楽しみだからあっち行って」
由里香の顔色を見て、小夏はとりあえず村瀬を追い払ってしまおうと考えた。そんなことなど知らない、空気を読むこともしない村瀬は、ニヤニヤと嬉しそうにしている。
「でもさ、俺の分は上田が作ってくれよ」
去り際、村瀬はそんなとんでもないことを言い放った。そしてそのまま仲の良い男子たちがたむろする島へと、大股で軽やかに帰っていってしまった。
小夏が「そんな約束はできない」と言い返す間もなかった。
ピキリ、と空気が軋んだ気がした。ピリピリなどという可愛らしいものではなく、ピキピキとひびが入りそうなほど張りつめたオーラを由里香は放っていた。
笑っているし、表情も普通だ。だから小夏以外の子たちはまるで何も気がつかないらしく、談笑を続けている。
だが、小夏は違った。小夏だけは、由里香から発せられる張りつめたものに気がついていた。気がついて、息が、胸が詰まるような気持ちになっていた。
「……ケホっ……コホッ……」
気持ちになっただけではなくて、喉に違和感を覚え、実際に息を吸うのもやっとになってしまった。
(首を落とされるか息が止まるかするぞ、か……)
咳の合間に何とか呼吸しながら、小夏は善之助の言葉を思い出していた。
空を見上げながら、夕方の出来事を思い出し、強く言い過ぎただろうかと反省していた。言わなくてはいけないことを言っただけだが、それにしてももう少し気を遣えばよかったと、自己嫌悪に陥っていた。
あれから小夏は善之助が渡した鋏を素直に受け取り、礼を言って帰っていった。その背中はあきらかにしょげており、そして怯えていた。
怖がらせたかったわけでも傷つけたかったわけでもないのだが、やはり自身が必要に迫られて来たわけではない小夏にはよく飲み込めないことだったのだろう。
自分の身が置かれた状況がわからないままあのようなことを言われれば、怖いし不愉快に違いない。
もしかしたら、もう二度とここへは来ないかもしれないーーそう思うと、善之助の気持ちは少し沈んだ。
二度ほど餌付けに成功した猫のことは、やはり気になるものだ。その猫がもしかしたらもう庭に顔を出さないかもしれないと思えば、やはり楽しい気持ちにはならない。
ただ、それだけのことだ。
そんなことよりも今は、数日後に近所の女子高生が死んだなんて知らせを聞くことがなければいいがと考えていた。
髪の毛は嫉妬の象徴だ。嫉妬というものは、とどまることを知らない。嫉妬されている側も無自覚とあれば、日常のささいなことからそれはどんどん肥大化していくだろう。
嫉妬にジリジリと締め上げられていき、息が止まった人間なんてものは世の中にゴロゴロいるものだ。そうとは知られていないだけで。
ここへ出入りする古書を扱う業者で、いつも肩に女の手を乗せている男がいる。手というのもわかりやすい恨みの念の象徴なのだが、男はそれをすべてわかった上で「いつもいつも肩が凝って仕方がない」と言っている。図太い男だ。そんな図太い人間なら、髪の毛が首に巻きついたくらいでは死なないだろう。むしろニヤニヤするに違いない。
だが、小夏は違う。そんなふうに割り切ることはできないだろう。なぜそんな目に遭うのかとか、どうしてそうなったのかとか、考えても詮無いことにばかり頭を悩ませるのだろう。それが普通の人間というものだ。
そうはいっても、割り切れなければ、殺されるだけだ。
恨みや嫉妬なんてものは、見ないふりをしている間は決してどうにかすることができない。認めた上で真正面から向き合ってはじめて、振り払うなりなんなりできるというものだ。
小夏の場合は簡単だ。あの髪の毛の持ち主ときっぱりすっぱり縁を切ればいい。
あの鋏を使えば、不思議なくらい繋がりが、関係がなくなってしまう。
あの動揺の仕方を見る限り、相手はきっと“お友達”なのだろう。だが、無意識とは言え自分を殺そうとしている相手など友達ではないと善之助は思う。
人と付き合うと多かれ少なかれ悪感情を抱いたり抱かれたりする。ニコニコ笑いながらも、腹の底では「死んでしまえ」と思っていることもあるだろう。人間なんて、そんなものだ。
そういうふうに考えているせいで、善之助は友人が少ない。ゼロではない、と思うが。
孤独は嫌いではないが、たまに人との交流が恋しくなる。
だから、小夏との出会いは善之助にとってなかなか良いものだったのだ。
だからこそ、どうか切り抜けてくれ、と空を見上げて祈るみたいに思っていた。
小夏は、夢を見ていた。
気がつくと、夕暮れの教室にいた。自分の席に座っている。
夕日が沈む前の、金色のようなオレンジが廊下の窓からじんじんと教室に入り込んできている。綺麗な光景のはずなのに、何だか少し不気味に思える。
ああ、これは夢だなと思ったのは、その差し込んでくる光がまるで水紋のようなのだ。足もとにあるのは、水中から空を見上げたときのような、ゆらめき。
誰もいない放課後の教室で、小夏は由里香とひとつの机を囲んで座っていた。
部室ではなく教室というのも、何だか妙だ。
由里香は、ちくちくと何かを縫っていた。手のひらに乗るほどの、青い四角。
(お守りの、袋……)
ああ、そういえばバドミントン部にお守りを作るのだったかと、小夏は思い出した。
思い出して、カチリと何かが噛み合った。
お守りと、それを一心不乱に縫う由里香を見て、彼女に対して感じた疑問が唐突に解決したのだ。
(そっか。由里香は村瀬のことが……)
だから、村瀬が自分に話しかけるたび由里香はあんなふうにピリピリしたのかと考えると、色々と腑に落ちた。
「ねぇ、由里香」
「……なに?」
「由里香って村瀬のことが」
「痛っ」
「大丈夫⁉︎ ……え?」
もしそうなら、はっきりと由里香の口から確かめたいーーそう思って小夏は声をかけたのに、一瞬のあいだに由里香の姿が霧散した。
針で指をついて、痛いと一声あげて。
そこで、ドボンと小夏の意識も水の中に飲まれてしまった。
教室の床に水紋があると思ってはいたが、やはり水の中にいたのだ。
水の中にある、とろりとした金色に染まる教室。撮影のセットのように動かない椅子や机と違って、小夏の体は翻弄されていた。
(こんなの、嫌!)
小夏はギュッと目を瞑ると、ぐーんと体が水面まで浮かぶイメージをした。体は、その通りに浮上していく。
(あがれ、あがれ。ここにいてはダメだ)
心のどこかが察知した危機感に従って、小夏は逃げるように浮上し、ザパリと水面から顔を出した。
そこで、目を覚ました。
枕の下のスマホを手にすると、時刻は二時半。よくわからない夢を見たせいで半端な時間に目覚めてしまったらしい。
だが、起きてよかったのだろう。あのまま夢の中にいるのは危険だった。よくわからないけれど、小夏はそう感じていた。
由里香の夢を見たのは、善之助に言われたことのせいに違いない。
善之助の家を辞してからも、小夏はずっと鋏を見つめながら彼に言われたことを考えていたのだ。
由里香と縁を切らなければ死ぬーーにわかには信じられないし、信じたくないことだ。
由里香は部活が一緒で、高校に入ってできた友達の中では一番気が合う子なのだ。見た目も趣味も似ているところはないが、不思議と気が合う子だ。由里香も、小夏のことを友達として好いてくれていると感じている。
だから、まさか由里香が自分に嫉妬しているだなんて、考えたくなかった。しかも、村瀬なんかを好きで、村瀬が小夏に話しかけてくるからという理由でなんて。
それなら、小夏にそうと言ってくれればいいのに……そんなふうに思うと、より一層わからなくなる。
善之助がおかしなことを言っている可能性もある。何せ、昨日出会ったばかりの男だ。ご近所さんではあるが、よく知りもしない。それに、言っていることは荒唐無稽だ。
鋏で縁を切るだとか、死ぬだとか、普通に聞けば冗談か妄言としか思えない。
だが、否定できない部分がある。
首に巻きついていた髪の毛だ。
あきらかに小夏自身の髪ではない。髪質が違うし、そもそも長さが足りない。そして、見覚えがある。
なぜ・どうやって小夏の首に巻きついたかはわからないが、あれは由里香の髪の毛と見て間違いないだろう。
(じゃあ、どうすればいいって言うの)
困惑と苛立ちを抱えたまま、小夏はもう一度目を閉じた。
「わぁ、いっぱいあるねー」
「でしょー。小学生の頃にハマってたくさん買ったのが残ってたの」
昼休み、由里香の机の上に広げられた色とりどりのフェルト生地を小夏は他の女の子たちと囲んで見ていた。昨日話したことを実行すべく、さっそく由里香は家に帰って材料を見繕ってきたらしい。使いかけのものも多いが、小さなお守りを作るには十分な量はありそうだ。
善之助の言葉や変な夢を見たせいで陰鬱な気持ちで登校した小夏だったが、由里香はいつも通りだった。
(普通、だよね)
ウキウキとした様子でフェルトを並べる由里香を見て、小夏はホッと息をついた。
いつもの由里香だ。ピリピリとした不穏なものはまとっていない。
「野球部とかサッカー部とかにあげるお守りはボールにすればいいけど、バドミントン部ってどうしようね」
「なんだっけ? あのハネみたいなの、縫う?」
「シャトルは微妙だね」
「だよねー」
いっそのことハートにしちゃえば、なんて言ってしまおうかと小夏はふと考えた。由里香はニコニコと楽しそうで、そんな軽口を叩いても大丈夫そうな感じだったのだ。
だが、ふいにまた由里香がピリッとした。小夏がそれに驚いて、何事かと考えているうちに、不穏な空気の原因が近づいてきていた。
「あ、お守り作ってくれる気になったんだ!」
女子は女子、男子は男子の島でお昼を食べるのが当たり前なのに、こいつにはそういう不文律が通じないよなと、小夏はため息をついた。
由里香の机の上に広がるフェルトを目ざとく見つけた村瀬がやってきたのだ。
「どうせなら部をあげて作って、バド部の人たちにドドンと押し付けちゃおうかと思って」
邪険にするわけにもいかず、小夏はとりあえず答えた。
「マジか! やった」
そう言って村瀬は、白い歯をむき出しにして屈託なく笑った。
「ほらほら、できてからのお楽しみだからあっち行って」
由里香の顔色を見て、小夏はとりあえず村瀬を追い払ってしまおうと考えた。そんなことなど知らない、空気を読むこともしない村瀬は、ニヤニヤと嬉しそうにしている。
「でもさ、俺の分は上田が作ってくれよ」
去り際、村瀬はそんなとんでもないことを言い放った。そしてそのまま仲の良い男子たちがたむろする島へと、大股で軽やかに帰っていってしまった。
小夏が「そんな約束はできない」と言い返す間もなかった。
ピキリ、と空気が軋んだ気がした。ピリピリなどという可愛らしいものではなく、ピキピキとひびが入りそうなほど張りつめたオーラを由里香は放っていた。
笑っているし、表情も普通だ。だから小夏以外の子たちはまるで何も気がつかないらしく、談笑を続けている。
だが、小夏は違った。小夏だけは、由里香から発せられる張りつめたものに気がついていた。気がついて、息が、胸が詰まるような気持ちになっていた。
「……ケホっ……コホッ……」
気持ちになっただけではなくて、喉に違和感を覚え、実際に息を吸うのもやっとになってしまった。
(首を落とされるか息が止まるかするぞ、か……)
咳の合間に何とか呼吸しながら、小夏は善之助の言葉を思い出していた。
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