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第五話
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エイジが星奈と暮らし始めて、初めてのメンテナンスの日がやってきた。
といってもやってきてからまだ一週間は経っていないから、予定になかったメンテナンスだ。
エイジと暮らし始めたばかりで慣れないことが多く、気になることもあったのだ。ということで、真野たちが気を利かせて来てくれることになった。
これからのことを考えると、いろいろ聞いておくべきだろう。
真野と長谷川は星奈の家に着いて勧められるままお茶を飲んですぐ、作業に取りかかった。
「……エイジって、ロボットなんですね」
長谷川が医者が診察するみたいにエイジのシャツをめくってお腹を見て何かすると、エイジの目は虚ろになり、動かなくなった。
「忘れてましたか?」
星奈の隣に腰を下ろしている真野は、面白がるように聞いてきた。つい正座してしまっていた星奈は、足の位置を変えながら首を傾げた。
「忘れていたというより、あんまり考えたことがなかったんです。エイジのこと、ロボットだなんて」
「それはエイジが人間っぽいということですか?」
「そういうことじゃなくて、エイジはエイジっていうか。でも……」
力なくうなだれ、長谷川に手や脚をぷらぷらとさせられている姿を見ると、ロボットなのだと実感させられる。ロボットというより、人形だ。
動いて話していた存在が、そうして力をなくして動かなくなっているのは、見ていて何だか妙な気分がする。怖いのとは違う、でも決して快いとは言えない感情がわいてくるのに、星奈は目をそらせずにいた。
「身体に異常はないみたいだね! 関節に変な音もないし。まあ、研究所を出て数日しか経ってないからね」
ひとしきりエイジの身体を確認すると、長谷川が元気よく言う。
「んじゃ、お前の仕事だけか」
「そうそう。これから、中身の確認だ。ガワ担当の真野の出番はないな」
「中身も何もないといいな」
「どうかな。何もないのも考えもんだ」
真野と軽く会話すると、長谷川は再び作業に戻った。胴部分に触れ何やらブツブツ言うと、エイジの四肢に力が戻り、目に光が宿った。
「真野さんがボディ担当で、長谷川さんが中身……人工知能の部分の担当ということですか?」
黙って見守っているのが落ち着かなくなって、星奈は尋ねた。口にしてから、中身のない質問だと自分自身で思ったけれど、真野は特に気にした様子はない。
「そうそう。元々畑違いの我々が、力を合わせてやっているというわけです。私は人形を作る人、彼がそれに中身を入れて安定させる人なんですよ」
「そうなんですね」
真野も長谷川も、どうやら“人工知能”という言葉は使わないらしい。それはまるで、彼らがエイジの中身をただの作り物だと思ってはいないようで、星奈は感心する。
「エイジ、起きてるか?」
「起きてる」
「それなら、我々との約束を覚えているか?」
意識が戻った様子のエイジに、長谷川が呼びかけている。顔を近づけ、目を覗き込むようにして声をかけているし、エイジの目がまだ虚ろだから、何だか催眠術でもかけているかのように見える。
「やく、そく……約束。覚えてる、大丈夫だ」
「そうか、忘れるな。忘れたら、モニターは終了するからな」
「わかってる」
いつもは大きな声で話す長谷川が、小声で問いかけている。それが儀式っぽさを増していて、星奈は不思議な気持ちになった。
「約束って、ロボット三原則みたいなものですか?」
星奈は、エイジが忘れてはならない約束とは何だろうかと考える。忘れたらモニターを終了するという不穏な言葉が気にかかったのだ。
「あー、うん。そんな感じかな。ロボットが人と暮らしていくには、忘れてはならないことがありますからね」
「たとえばどんなことですか?」
「自分は人間ではないこと、ですね。これを忘れたら、即刻回収です」
真野がさらりと言うだけに、星奈は怖くなった。そして、たった数日一緒にいただけで、エイジを手放すのが嫌になっているのだと気づかされる。
期間限定なのはわかっている。それでも、“回収”という形で別れなければならないのは嫌だ。
「そんな心配そうな顔しなくても、大丈夫ですよ。本人も気をつけるでしょうし、我々としても期間いっぱい見届けたいと思ってますから。我々も、彼とした約束があるんですよ」
星奈はきっと、不安そうな顔をしていたのだろう。真野がなだめるように言った。
「約束……」
不思議な響きのするその言葉を、星奈も噛みしめてみた。
契約でも規則でも、ましてやプログラムでもない。人間ではないことを忘れてはいけないというのに、彼らとエイジをつないでいるのは、人間と人間との間でしか成立しないように感じられるものだ。
「よし。終わりましたよ! 異常なし!」
小声でいくつか質問をしただけで、長谷川のメンテナンスとやらも終わってしまった。すっかり目が覚めたらしいエイジは、固まった身体をほぐすかのように首や肩を回している。
「モノレールに乗ったときのエイジの発言ですが……あー、うん。おそらくは知識と経験を履き違えたのでしょう! 人間も、知っているだけのことと実際にやったことがあることを、たまに頭の中でごちゃまぜにするでしょ? あんな感じです、たぶん」
かなり気になっていたことなのに、長谷川はそんなふうに軽く一蹴してしまった。そんな簡単に片づけていいのかと、星奈は不安になる。
といってもやってきてからまだ一週間は経っていないから、予定になかったメンテナンスだ。
エイジと暮らし始めたばかりで慣れないことが多く、気になることもあったのだ。ということで、真野たちが気を利かせて来てくれることになった。
これからのことを考えると、いろいろ聞いておくべきだろう。
真野と長谷川は星奈の家に着いて勧められるままお茶を飲んですぐ、作業に取りかかった。
「……エイジって、ロボットなんですね」
長谷川が医者が診察するみたいにエイジのシャツをめくってお腹を見て何かすると、エイジの目は虚ろになり、動かなくなった。
「忘れてましたか?」
星奈の隣に腰を下ろしている真野は、面白がるように聞いてきた。つい正座してしまっていた星奈は、足の位置を変えながら首を傾げた。
「忘れていたというより、あんまり考えたことがなかったんです。エイジのこと、ロボットだなんて」
「それはエイジが人間っぽいということですか?」
「そういうことじゃなくて、エイジはエイジっていうか。でも……」
力なくうなだれ、長谷川に手や脚をぷらぷらとさせられている姿を見ると、ロボットなのだと実感させられる。ロボットというより、人形だ。
動いて話していた存在が、そうして力をなくして動かなくなっているのは、見ていて何だか妙な気分がする。怖いのとは違う、でも決して快いとは言えない感情がわいてくるのに、星奈は目をそらせずにいた。
「身体に異常はないみたいだね! 関節に変な音もないし。まあ、研究所を出て数日しか経ってないからね」
ひとしきりエイジの身体を確認すると、長谷川が元気よく言う。
「んじゃ、お前の仕事だけか」
「そうそう。これから、中身の確認だ。ガワ担当の真野の出番はないな」
「中身も何もないといいな」
「どうかな。何もないのも考えもんだ」
真野と軽く会話すると、長谷川は再び作業に戻った。胴部分に触れ何やらブツブツ言うと、エイジの四肢に力が戻り、目に光が宿った。
「真野さんがボディ担当で、長谷川さんが中身……人工知能の部分の担当ということですか?」
黙って見守っているのが落ち着かなくなって、星奈は尋ねた。口にしてから、中身のない質問だと自分自身で思ったけれど、真野は特に気にした様子はない。
「そうそう。元々畑違いの我々が、力を合わせてやっているというわけです。私は人形を作る人、彼がそれに中身を入れて安定させる人なんですよ」
「そうなんですね」
真野も長谷川も、どうやら“人工知能”という言葉は使わないらしい。それはまるで、彼らがエイジの中身をただの作り物だと思ってはいないようで、星奈は感心する。
「エイジ、起きてるか?」
「起きてる」
「それなら、我々との約束を覚えているか?」
意識が戻った様子のエイジに、長谷川が呼びかけている。顔を近づけ、目を覗き込むようにして声をかけているし、エイジの目がまだ虚ろだから、何だか催眠術でもかけているかのように見える。
「やく、そく……約束。覚えてる、大丈夫だ」
「そうか、忘れるな。忘れたら、モニターは終了するからな」
「わかってる」
いつもは大きな声で話す長谷川が、小声で問いかけている。それが儀式っぽさを増していて、星奈は不思議な気持ちになった。
「約束って、ロボット三原則みたいなものですか?」
星奈は、エイジが忘れてはならない約束とは何だろうかと考える。忘れたらモニターを終了するという不穏な言葉が気にかかったのだ。
「あー、うん。そんな感じかな。ロボットが人と暮らしていくには、忘れてはならないことがありますからね」
「たとえばどんなことですか?」
「自分は人間ではないこと、ですね。これを忘れたら、即刻回収です」
真野がさらりと言うだけに、星奈は怖くなった。そして、たった数日一緒にいただけで、エイジを手放すのが嫌になっているのだと気づかされる。
期間限定なのはわかっている。それでも、“回収”という形で別れなければならないのは嫌だ。
「そんな心配そうな顔しなくても、大丈夫ですよ。本人も気をつけるでしょうし、我々としても期間いっぱい見届けたいと思ってますから。我々も、彼とした約束があるんですよ」
星奈はきっと、不安そうな顔をしていたのだろう。真野がなだめるように言った。
「約束……」
不思議な響きのするその言葉を、星奈も噛みしめてみた。
契約でも規則でも、ましてやプログラムでもない。人間ではないことを忘れてはいけないというのに、彼らとエイジをつないでいるのは、人間と人間との間でしか成立しないように感じられるものだ。
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「モノレールに乗ったときのエイジの発言ですが……あー、うん。おそらくは知識と経験を履き違えたのでしょう! 人間も、知っているだけのことと実際にやったことがあることを、たまに頭の中でごちゃまぜにするでしょ? あんな感じです、たぶん」
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